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兄と、向き合う
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――お兄ちゃんは私の事が好きなんでしょう?
――このまま、大好きなお兄ちゃんと一緒に、どこまでも堕ちればいいじゃない。
あまりに昏く蠱惑的な囁きに、春佳は身を震わせる。
(そんなの、いけない)
そう思うと、バスルームから聞こえてくる水音がとても淫靡なものに思えた。
アコーディオンドアの向こうには、全裸の冬夜がいる。
芸能人顔負けの美貌を持つ彼の裸身は、どんなに美しいだろうか――。
そこまで考え、春佳は首を横に振り、よこしまな考えを必死に打ち消す。
(お兄ちゃんは性的な事に忌避感を抱いてるだろうから、いやらしい事を考えたら駄目だ)
春佳は自分に言い聞かせつつも、常軌を逸した家族の事情を知ってしまった今、どこまでが倫理的に許されるのか分からなくなり、良識の境界線がトロリと溶けた感覚に陥った。
父が兄にした事は犯罪だし、兄と妹が恋をするのは禁忌だ。
(でもその行為が世間に知られなかったお父さんは最期まで罰せられなかったし、私とお兄ちゃんだって、プラトニックの関係なら誰にも文句を言われないんじゃ……?)
春佳の中で、ドロドロとあらゆる常識、倫理が溶けていく。
彼女は興奮した頭で様々な事を考えていたが、やがて疲れを覚え、意識を眠りの闇に落とした。
**
デスマーチ中の冬夜は、春佳の不審な行動に気づいていただろうか。
彼が多忙にしている間はあまり顔を合わせる機会がなかったので、春佳は大人しく大学に通ってアルバイトに行っていた。
冬夜が抱えていた案件が落ち着いたのは、それから一週間後の木曜日だった。
冬夜は木、金曜日と休みをもらったらしく、水曜日に帰ったあと、ネジが切れたように爆睡していた。
春佳が木曜日に講義を終え、あえて何も予定を入れずに帰宅すると、冬夜は幾分さっぱりした顔でリビングのソファに座り、本を読んでいた。
「おかえり」
「……ただいま」
兄と顔を合わせるのが後ろめたくて堪らない。
(でももう終わりにしよう。すべて話して、本当の意味で自由になりたい)
部屋にバッグを置いた春佳は、手を洗ってキッチンでオレンジジュースをコップ一杯注ぎ、冬夜に「いる?」と尋ねる。
「いる。サンキュ」
春佳は兄の分もジュースを注ぎ、彼の隣に座った。
「……あのね、話があるの」
「……ん」
改めて言ったからか、冬夜の纏う空気が微かに緊張する。
「私、勇気を出して全部話すから、お兄ちゃんも答えてほしい」
冬夜は何も答えなかった。
「……時系列順に言うと、私、代々木上原のイタリアンバルで、お兄ちゃんが小村さんと一緒にいるのを見た」
「……ああ」
「そのあと、偶然、神保町で小村さんを見たの。だから私、思わず彼女に声を掛けてしまった。『お兄ちゃんに迫って困らせているなら、やめてください』って」
本当はもっと子供っぽい感情からだったが、その辺りはぼかした。
冬夜は自分が嘘をついたのがバレたと悟ったからか、溜め息をついて脚を伸ばした。
「小村さんにはお付き合いしている人がいて、お兄ちゃんとはそんな仲じゃないって言った。恋人の写真も見せてくれたし、嘘をついているようには見えなかった。……だから、考えたくなかったけど、『お兄ちゃんが私に嘘をついたかもしれない』と疑ってしまったの。最初はモテているように見せかけるためかと思ったけど、今さらお兄ちゃんがモテを意識する訳がない。……なら、どうして? と思った」
兄はジュースを一口飲んだあと、興味が失せたようにテーブルの上にコップを置く。
「……怒られても仕方がないけど、お兄ちゃんが何を考えているか知りたくて、色々捜してしまった。……本当にごめんなさい」
絞り出すような声で謝ると、冬夜は溜め息をついて腕を組んだ。
――このまま、大好きなお兄ちゃんと一緒に、どこまでも堕ちればいいじゃない。
あまりに昏く蠱惑的な囁きに、春佳は身を震わせる。
(そんなの、いけない)
そう思うと、バスルームから聞こえてくる水音がとても淫靡なものに思えた。
アコーディオンドアの向こうには、全裸の冬夜がいる。
芸能人顔負けの美貌を持つ彼の裸身は、どんなに美しいだろうか――。
そこまで考え、春佳は首を横に振り、よこしまな考えを必死に打ち消す。
(お兄ちゃんは性的な事に忌避感を抱いてるだろうから、いやらしい事を考えたら駄目だ)
春佳は自分に言い聞かせつつも、常軌を逸した家族の事情を知ってしまった今、どこまでが倫理的に許されるのか分からなくなり、良識の境界線がトロリと溶けた感覚に陥った。
父が兄にした事は犯罪だし、兄と妹が恋をするのは禁忌だ。
(でもその行為が世間に知られなかったお父さんは最期まで罰せられなかったし、私とお兄ちゃんだって、プラトニックの関係なら誰にも文句を言われないんじゃ……?)
春佳の中で、ドロドロとあらゆる常識、倫理が溶けていく。
彼女は興奮した頭で様々な事を考えていたが、やがて疲れを覚え、意識を眠りの闇に落とした。
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デスマーチ中の冬夜は、春佳の不審な行動に気づいていただろうか。
彼が多忙にしている間はあまり顔を合わせる機会がなかったので、春佳は大人しく大学に通ってアルバイトに行っていた。
冬夜が抱えていた案件が落ち着いたのは、それから一週間後の木曜日だった。
冬夜は木、金曜日と休みをもらったらしく、水曜日に帰ったあと、ネジが切れたように爆睡していた。
春佳が木曜日に講義を終え、あえて何も予定を入れずに帰宅すると、冬夜は幾分さっぱりした顔でリビングのソファに座り、本を読んでいた。
「おかえり」
「……ただいま」
兄と顔を合わせるのが後ろめたくて堪らない。
(でももう終わりにしよう。すべて話して、本当の意味で自由になりたい)
部屋にバッグを置いた春佳は、手を洗ってキッチンでオレンジジュースをコップ一杯注ぎ、冬夜に「いる?」と尋ねる。
「いる。サンキュ」
春佳は兄の分もジュースを注ぎ、彼の隣に座った。
「……あのね、話があるの」
「……ん」
改めて言ったからか、冬夜の纏う空気が微かに緊張する。
「私、勇気を出して全部話すから、お兄ちゃんも答えてほしい」
冬夜は何も答えなかった。
「……時系列順に言うと、私、代々木上原のイタリアンバルで、お兄ちゃんが小村さんと一緒にいるのを見た」
「……ああ」
「そのあと、偶然、神保町で小村さんを見たの。だから私、思わず彼女に声を掛けてしまった。『お兄ちゃんに迫って困らせているなら、やめてください』って」
本当はもっと子供っぽい感情からだったが、その辺りはぼかした。
冬夜は自分が嘘をついたのがバレたと悟ったからか、溜め息をついて脚を伸ばした。
「小村さんにはお付き合いしている人がいて、お兄ちゃんとはそんな仲じゃないって言った。恋人の写真も見せてくれたし、嘘をついているようには見えなかった。……だから、考えたくなかったけど、『お兄ちゃんが私に嘘をついたかもしれない』と疑ってしまったの。最初はモテているように見せかけるためかと思ったけど、今さらお兄ちゃんがモテを意識する訳がない。……なら、どうして? と思った」
兄はジュースを一口飲んだあと、興味が失せたようにテーブルの上にコップを置く。
「……怒られても仕方がないけど、お兄ちゃんが何を考えているか知りたくて、色々捜してしまった。……本当にごめんなさい」
絞り出すような声で謝ると、冬夜は溜め息をついて腕を組んだ。
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