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春佳の真実
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俺は春佳に知られないように、千絵にメッセージを送った。
【またお願いがあるんだけど、いいかな?】
【なんでしょうか? 冬夜さんのお願いはいつも春佳を想っての事なので、基本的には協力したいと思っていますが……】
【せっかく自由になって親を気にする必要はなくなったのに、春佳はいまだに両親を気にし続けている。父親の死は仕方ないが、母親が入院した事にも自己嫌悪を抱いて、目の前にある楽しい事に気付けていない】
【確かに。大学でもお母さんを心配してばかりで、私が気分転換に遊びに誘っても、いつも上の空です】
【それで、ショック療法を試そうと思っているんだけど……】
【ショック療法?】
俺はうっすら笑いながらスマホのキーボードをフリックしていく。
【俺に恋人がいるかもしれないと知ったら多少のショックを受けて、考え事ばかりの状態から脱するのではと思うんだ。〝外〟の世界には、家族以外の人との交流がある事を教えたい。世界は家族と友達だけでできているんじゃなくて、もっと沢山の人が春佳の大切な存在にもなり得ると気づいてほしいんだ】
それらしい言葉で誤魔化すと、千絵は自分の都合のいいように解釈してくれた。
【そうですね。春佳は添乗員になる夢を持っていますが、〝今〟どうやって過ごせばいいか分かっていないと思います。新しいバイトも楽しそうですが、やっぱりどこか上の空ですし、人とどうやって付き合えばいいか分からないみたいです。冬夜さんに彼女がいるかもしれないと知ったら、『自分もそういう人を作っていいんだ』って思うかもしれませんね】
――春佳が男を見つけてきたら、厳しく審査してやるけどな。
俺は薄ら笑いを浮かべ、スマホをタップする。
【概要はそんな感じだ。同じ日時に同じ店で遭遇するように仕向けられないかな。俺は会社の先輩を連れていく。勿論、ただの先輩だ。でも女性だから、春佳も何か思うんじゃないかな。このショック療法がいい方向に転べばいいけど】
【分かりました! 協力します!】
すぐに了承してくれた千絵の扱いやすさに感謝し、俺は詳細が決まったら連絡すると伝えた。
会社の先輩の小村沙由紀さんは、俺より二つ年上の女性で、面倒見のいい人だ。
年上の彼氏がいて、何年にもわたる交際は順調。
来年には結婚する予定だと言っている彼女を利用するのは忍びないが、小村さんは容姿が整っているし、春佳を嫉妬させるには丁度いい存在だ。
鉢合わせる予定の店は、代々木上原に決めた。
俺が務めている会社は新宿にあり、店に比較的近いので先輩を誘うのに丁度いい。
自宅マンションは佃で、春佳が通っている大学は白山。
春佳の生活圏から離れた店なので、のちに小村さんと遭遇する確率は、ほぼゼロに等しいと思っていた。
しかし春佳は予想外の事を言った。
『私、この家出ていく』
――おい、そこまで求めてない。
春佳は嫉妬する以上の反応を見せ、俺は慌てて妹を引き留める。
『そんな事はない。馬鹿な事を考えるな』
けれど春佳は本気で小村さんを彼女だと思い込んでいるようで、『家に恋人を呼べないのは申し訳ない、お邪魔虫は出ていく』と言い張る。
だから、つい小村さんを悪者にしてしまった。
俺は彼女に好かれ、付きまとわれていると――。
でも妹に小さな嘘をついたぐらいで、小村さん本人に知られるとは思わないし、今後なんの問題もないだろう。
**
(なにこれ……)
飛ばし飛ばしに兄の日記を読み終えた春佳は、呆然としてモニターを見つめる。
何かもがショックで、何か一つをじっくり考えようとしても思考が纏まらない。
しかし一つだけ分かる事がある。
(……お兄ちゃんが戻ってくる前に、ここを出ないと)
春佳はパソコンをシャットダウンし、回転椅子をもとの角度にしたあと、そっと書斎を出る。
(文面から、カメラがあるのはリビングダイニングと、私の部屋)
書斎にカメラがない可能性を信じたいが、冬夜が動画をチェックし、春佳がリビングにも部屋にもいないと知ったなら、長時間どこにいたのか、いぶかしがるだろう。
(そんな事より……)
考え事をしようと思っても、どこにも安らげる場所がない。
苦悩した挙げ句、春佳は服を着たまま自室のベッドに入って布団を被り、必死に思考を巡らせた。
(お父さんは本当に自殺だった。……でもお兄ちゃんはお父さんを殺すつもりだった。……理由は性的な虐待を受けていた恨みと、私を守るため……)
それだけでも、想像の許容量を遙かに超えた情報で頭が痛くなる。
(私はお父さんに性暴力なんて受けてない!)
【またお願いがあるんだけど、いいかな?】
【なんでしょうか? 冬夜さんのお願いはいつも春佳を想っての事なので、基本的には協力したいと思っていますが……】
【せっかく自由になって親を気にする必要はなくなったのに、春佳はいまだに両親を気にし続けている。父親の死は仕方ないが、母親が入院した事にも自己嫌悪を抱いて、目の前にある楽しい事に気付けていない】
【確かに。大学でもお母さんを心配してばかりで、私が気分転換に遊びに誘っても、いつも上の空です】
【それで、ショック療法を試そうと思っているんだけど……】
【ショック療法?】
俺はうっすら笑いながらスマホのキーボードをフリックしていく。
【俺に恋人がいるかもしれないと知ったら多少のショックを受けて、考え事ばかりの状態から脱するのではと思うんだ。〝外〟の世界には、家族以外の人との交流がある事を教えたい。世界は家族と友達だけでできているんじゃなくて、もっと沢山の人が春佳の大切な存在にもなり得ると気づいてほしいんだ】
それらしい言葉で誤魔化すと、千絵は自分の都合のいいように解釈してくれた。
【そうですね。春佳は添乗員になる夢を持っていますが、〝今〟どうやって過ごせばいいか分かっていないと思います。新しいバイトも楽しそうですが、やっぱりどこか上の空ですし、人とどうやって付き合えばいいか分からないみたいです。冬夜さんに彼女がいるかもしれないと知ったら、『自分もそういう人を作っていいんだ』って思うかもしれませんね】
――春佳が男を見つけてきたら、厳しく審査してやるけどな。
俺は薄ら笑いを浮かべ、スマホをタップする。
【概要はそんな感じだ。同じ日時に同じ店で遭遇するように仕向けられないかな。俺は会社の先輩を連れていく。勿論、ただの先輩だ。でも女性だから、春佳も何か思うんじゃないかな。このショック療法がいい方向に転べばいいけど】
【分かりました! 協力します!】
すぐに了承してくれた千絵の扱いやすさに感謝し、俺は詳細が決まったら連絡すると伝えた。
会社の先輩の小村沙由紀さんは、俺より二つ年上の女性で、面倒見のいい人だ。
年上の彼氏がいて、何年にもわたる交際は順調。
来年には結婚する予定だと言っている彼女を利用するのは忍びないが、小村さんは容姿が整っているし、春佳を嫉妬させるには丁度いい存在だ。
鉢合わせる予定の店は、代々木上原に決めた。
俺が務めている会社は新宿にあり、店に比較的近いので先輩を誘うのに丁度いい。
自宅マンションは佃で、春佳が通っている大学は白山。
春佳の生活圏から離れた店なので、のちに小村さんと遭遇する確率は、ほぼゼロに等しいと思っていた。
しかし春佳は予想外の事を言った。
『私、この家出ていく』
――おい、そこまで求めてない。
春佳は嫉妬する以上の反応を見せ、俺は慌てて妹を引き留める。
『そんな事はない。馬鹿な事を考えるな』
けれど春佳は本気で小村さんを彼女だと思い込んでいるようで、『家に恋人を呼べないのは申し訳ない、お邪魔虫は出ていく』と言い張る。
だから、つい小村さんを悪者にしてしまった。
俺は彼女に好かれ、付きまとわれていると――。
でも妹に小さな嘘をついたぐらいで、小村さん本人に知られるとは思わないし、今後なんの問題もないだろう。
**
(なにこれ……)
飛ばし飛ばしに兄の日記を読み終えた春佳は、呆然としてモニターを見つめる。
何かもがショックで、何か一つをじっくり考えようとしても思考が纏まらない。
しかし一つだけ分かる事がある。
(……お兄ちゃんが戻ってくる前に、ここを出ないと)
春佳はパソコンをシャットダウンし、回転椅子をもとの角度にしたあと、そっと書斎を出る。
(文面から、カメラがあるのはリビングダイニングと、私の部屋)
書斎にカメラがない可能性を信じたいが、冬夜が動画をチェックし、春佳がリビングにも部屋にもいないと知ったなら、長時間どこにいたのか、いぶかしがるだろう。
(そんな事より……)
考え事をしようと思っても、どこにも安らげる場所がない。
苦悩した挙げ句、春佳は服を着たまま自室のベッドに入って布団を被り、必死に思考を巡らせた。
(お父さんは本当に自殺だった。……でもお兄ちゃんはお父さんを殺すつもりだった。……理由は性的な虐待を受けていた恨みと、私を守るため……)
それだけでも、想像の許容量を遙かに超えた情報で頭が痛くなる。
(私はお父さんに性暴力なんて受けてない!)
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