47 / 76
幸せになりたい
しおりを挟む
(……これでもう、安心していいのか?)
自分に問いかけても、もう一人の俺はどう答えていいか考えあぐねている。
誰がどう見ても、まだ楽観視できないのは明らかだ。
「春佳……」
俺はヘッドレストに頭を預け、声に出さずに妹の名前を呟く。
世間から見れば異常な想いかもしれないが、俺は春佳が何より大事だ。
生まれてこの方、他の女性に目を向けた事がないし、性的に見る事もできなかった。
俺にとっての〝特別〟は春佳だけで、彼女のためなら命を投げ出しても構わない。
父親が死んで春佳に害を為す存在がいなくなったあと、あとは彼女の幸せを祈るだけ……と思いたいが、ちょっとやそっとの相手に彼女を託したくない。
チャラついた男は論外だし、せめて難関大学と呼ばれる学校を卒業していなければ。
年収や職業にだってこだわりたいし、一番大切なのは性格だ。
春佳を大切にし、優しくしてくれる男でなければ絶対に許可できない。
――俺じゃ駄目なのか?
その時、心の奥底からポコンとあぶくが沸き起こり、疑問を投げかけてくる。
(春佳は俺を兄としてしか見ていない。それに世間が許さないだろう)
――愛しているんだろう?
その問いに、俺は目を閉じて考えた。
愛しては、いる。
妹としてこの上なく大切にし、周囲から自慢の兄と思われるよう接してきた。
兄の欲目かもしれないが、春佳はとても可愛い。
彼女の何もかもに庇護欲をかき立てられ、全身全霊で守りたくなる。
春佳以上の女性はいないし、一番つらい時に妹がいるから頑張ってこられた。
だから春佳より大切に思える女性が現れると思っていない。
だがこの想いを第三者が聞けば、こう言うだろう。
『虐待されて視野が狭くなり、側にいた妹に救いを求めた気持ちは分かる。でも家から出て独立し、父親の呪縛からも解き放たれたなら、そろそろ人生の次のステージに移ったらどうだ? 妹だっていつまでも兄に依存されていたら、本当の意味で幸せになれないだろう』
分かっている。そう言われたら何も言えなくなる。
それでも、俺には春佳しかいない。
春佳のために父親を殺す覚悟を持った。
妹のためなら何でもできる。
(この気持ちは、許されないものなんだろうか)
考えるとつらくなり、目の奥が熱くなって涙が滲んだ。
父親から解放されたと思った途端、長年張り詰めていた色んなものが緩み、脆く崩れてしまいそうだ。
当分は心理的に負担がかかるとしても、あいつがいないなら実家に戻れるかもしれない。
これから春佳は母親と二人で暮らさなければならなくなり、きっと今まで以上に大変な思いをするだろう。
――そこにスッと手を差し伸べ、救世主のように春佳を助けるんだ。
――今は妹と暮らしても狭くないマンションに住んでいるし、父親の死や母親の不安定さに耐えられなくなった時、春佳を迎えにいく。
極限状態に陥った俺は、自ら妹を絶望の谷に落として救おうとしている事に気づいていなかった。
(春佳と同居すれば、きっと今までより親密になれるはずだ)
淡い期待を持つと、胸の奥がウズウズして堪らなくなった。
飛び降り自殺を見てショックを受けた心が、妹との甘美な夢に癒しを求めている。
(大丈夫。きっとうまくいく)
興奮とショックとで正常な判断を下せなくなった頭は、「これからは自分の人生はきっと良くなる」と言い聞かせるしかできなかった。
「……幸せになりたい」
俺は窓に頭をつけ、ポソリと呟く。
誰だって幸せになりたいと思って生きているだろうが、俺は自分と春佳ほど〝普通〟の幸せを求めている者はいない。
六年前にあの家を出たあと、すぐに自由を満喫できた訳じゃない。
毎日トラウマに苦しめられ、夜もろくに眠れず、心療内科に通って薬を飲みながら、努めて〝普通〟のふりをし続けた。
まともに人を愛せず、両親を憎み、気に掛けるのは実の妹だけ。
こんなの、どこも〝普通〟じゃないし〝幸せ〟じゃない。
自分に問いかけても、もう一人の俺はどう答えていいか考えあぐねている。
誰がどう見ても、まだ楽観視できないのは明らかだ。
「春佳……」
俺はヘッドレストに頭を預け、声に出さずに妹の名前を呟く。
世間から見れば異常な想いかもしれないが、俺は春佳が何より大事だ。
生まれてこの方、他の女性に目を向けた事がないし、性的に見る事もできなかった。
俺にとっての〝特別〟は春佳だけで、彼女のためなら命を投げ出しても構わない。
父親が死んで春佳に害を為す存在がいなくなったあと、あとは彼女の幸せを祈るだけ……と思いたいが、ちょっとやそっとの相手に彼女を託したくない。
チャラついた男は論外だし、せめて難関大学と呼ばれる学校を卒業していなければ。
年収や職業にだってこだわりたいし、一番大切なのは性格だ。
春佳を大切にし、優しくしてくれる男でなければ絶対に許可できない。
――俺じゃ駄目なのか?
その時、心の奥底からポコンとあぶくが沸き起こり、疑問を投げかけてくる。
(春佳は俺を兄としてしか見ていない。それに世間が許さないだろう)
――愛しているんだろう?
その問いに、俺は目を閉じて考えた。
愛しては、いる。
妹としてこの上なく大切にし、周囲から自慢の兄と思われるよう接してきた。
兄の欲目かもしれないが、春佳はとても可愛い。
彼女の何もかもに庇護欲をかき立てられ、全身全霊で守りたくなる。
春佳以上の女性はいないし、一番つらい時に妹がいるから頑張ってこられた。
だから春佳より大切に思える女性が現れると思っていない。
だがこの想いを第三者が聞けば、こう言うだろう。
『虐待されて視野が狭くなり、側にいた妹に救いを求めた気持ちは分かる。でも家から出て独立し、父親の呪縛からも解き放たれたなら、そろそろ人生の次のステージに移ったらどうだ? 妹だっていつまでも兄に依存されていたら、本当の意味で幸せになれないだろう』
分かっている。そう言われたら何も言えなくなる。
それでも、俺には春佳しかいない。
春佳のために父親を殺す覚悟を持った。
妹のためなら何でもできる。
(この気持ちは、許されないものなんだろうか)
考えるとつらくなり、目の奥が熱くなって涙が滲んだ。
父親から解放されたと思った途端、長年張り詰めていた色んなものが緩み、脆く崩れてしまいそうだ。
当分は心理的に負担がかかるとしても、あいつがいないなら実家に戻れるかもしれない。
これから春佳は母親と二人で暮らさなければならなくなり、きっと今まで以上に大変な思いをするだろう。
――そこにスッと手を差し伸べ、救世主のように春佳を助けるんだ。
――今は妹と暮らしても狭くないマンションに住んでいるし、父親の死や母親の不安定さに耐えられなくなった時、春佳を迎えにいく。
極限状態に陥った俺は、自ら妹を絶望の谷に落として救おうとしている事に気づいていなかった。
(春佳と同居すれば、きっと今までより親密になれるはずだ)
淡い期待を持つと、胸の奥がウズウズして堪らなくなった。
飛び降り自殺を見てショックを受けた心が、妹との甘美な夢に癒しを求めている。
(大丈夫。きっとうまくいく)
興奮とショックとで正常な判断を下せなくなった頭は、「これからは自分の人生はきっと良くなる」と言い聞かせるしかできなかった。
「……幸せになりたい」
俺は窓に頭をつけ、ポソリと呟く。
誰だって幸せになりたいと思って生きているだろうが、俺は自分と春佳ほど〝普通〟の幸せを求めている者はいない。
六年前にあの家を出たあと、すぐに自由を満喫できた訳じゃない。
毎日トラウマに苦しめられ、夜もろくに眠れず、心療内科に通って薬を飲みながら、努めて〝普通〟のふりをし続けた。
まともに人を愛せず、両親を憎み、気に掛けるのは実の妹だけ。
こんなの、どこも〝普通〟じゃないし〝幸せ〟じゃない。
12
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話
mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。
クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。
友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる