【R-18】有罪愛

臣桜

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父親の死

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 一度父親を責める言葉を口にすると、堰が切れたように次々に恨み辛みが溢れてくる。

 俺という人の形をした器から、ドロドロとした怨念が泥のように溢れるかのようだ。

 ――もう、駄目だ。

 六年間〝外〟でまともな人間のふりをし続けてきたのに、この家に帰ってきた瞬間、俺はまた壊れてしまう。

 昔は恐怖を押し殺して人形になる事を選び、自分が虐待されていると知ったあとは、獣のように暴れた。

 家を出たあとは人のふりをできていたのに、今は目の前の男への殺意を抑えきれず、再び獣に戻ろうとしている。

 父親は酒を飲んでドロッと濁った目で俺を見て、ニヤァ……と粘着質に笑う。

『世界で一番愛しいお前が言うなら、死んであげてもいいよ。父さんはお前を二十四歳まで立派に育て上げた。春に会いに行った時は、〝三月になったし、もういいかな〟って思ったんだ』

『何言ってんだか分かんねぇよ。俺が手を下さなくても済むなら、万々歳だ。さぁ、死ね。死んでくれよ』

 叫んだら隣家に聞こえる。

 だから俺は、低く押し殺した声で父親の死を望んだ。

『愛しいなんて言葉を使うな。子供を犯したお前が言っていい言葉じゃない。お前は……、愛を口にするだけの化け物だ』

 感情はとっくに凍り付いているはずなのに、声が震えて涙が零れた。

 父親はそんな俺を見てとろりと微笑み、ゆっくり立ちあがった。

 スポーツメーカーのグレーのスウェット上下という昔から変わらない服装を見ると、喉の奥から心臓を吐いてしまいそうなほど、激しい恐怖を思いだす。

 ドクッドクッドクッ……と心音が鳴るなか、父親はテレビを消してから俺に近づき、目の前で微笑んだ。

『大きくなったなぁ……。きっとお母さんも自慢に思ってる。お前はお母さんそっくりの、この世でたった一人の宝物だ』

『~~~~っ!』

 この期に及んで煽られ、俺は歯を食いしばる。

 そんな俺の姿を見て奴は笑い、『最期に抱き締めさせてくれ』と言って抱擁してきた。

 ――気持ち悪い。

 全身を耐えがたい悪寒が走り、ガチガチと歯が鳴り、身をよじらせて叫びたくなるほどの嫌悪と恐怖が襲ってくる。

 それが限界を迎える前、奴は体を離すと玄関に向かった。

(……こいつ、本当に死ぬつもりか?)

 目を瞠ってその場に立っていると、父親はこちらを振り向いて静かに言った。

『ちゃんと死んであげるから、お前は早くここから離れなさい。せっかくアリバイを作って変装してまでここに来たんだから、周りにバレたら駄目だろう』

『…………何を…………』

 奴の考えが分からず、喘ぐように言うと、父親は目を細めて笑った。

『最期ぐらい、父親らしい事をさせてくれ』

 そう言ったあと、父親は玄関のドアを開けて裸足のまま廊下に出た。

 俺は呆然としたまま、サンダルをつっかけてあとを追う。

 父親は廊下の窓を開け、外を見下ろしてから窓枠に手を掛けて体を引き上げる。

『じゃあな。今まで悪かったな』

 サラリと挨拶をしたあと、父親はなんのためらいもなく窓の外に身を躍らせた。

『…………は…………?』

 訳が分からなくて呆気にとられている俺の耳に、ドシャンッと水が詰まった革袋が叩きつけられるような音が届いた。

 俺は疑いようのない現実の音に肌を粟立たせたあと、静かに窓から外を覗いた。

 遙か下、暗い道路に紛れて、人の形をした何かが横たわっている。

 ――死んだ。

 ――あいつが、死んだ。

 しばし、俺は時間が止まったようにその場に立っていたが、不意に我に返ると手袋を外してバッグに押し込み、靴を履き替えると足音が立たないようにエレベーターに向かった。

(考えるのはあとだ。今はここから離れないと)

 頭の中は真っ白になり、何をどう理解すればいいのか分からない。

 ――犯罪者になる覚悟を持ってこの日を迎えたのに、父親が都合良く自ら死んでくれた?

 まったくもって訳が分からないが、あいつが死んだのは事実だ。

 頭の中をグチャグチャにさせたまま一階に着き、父親が落ちた所と反対方向に歩き始めた。

 大きな通りに出たあとに少し歩を緩め、何も考えないようにして駅に向かい、後楽園駅から丸ノ内線で東京駅に向かう。

 そのまま八重洲のバスターミナルから夜行バスに乗り、シートに身を沈めた。
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