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離れたはずなのに
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春佳が高校二年生になったある日、いきなり妹が家に来たかと思えば、泣きじゃくりながら抱きついてきた。
『汚れた』と尋常ではない言葉を聞いて詳細を尋ねれば……、怒りで我を失いそうになった。
淫行教師が春佳に迫り、その体を触ったと聞いて、俺は激しい怒りに身を燃やす。
だが傷付いた妹を慰めるために、努めて優しく言った。
『大丈夫だ。誰かに見られていた訳じゃないだろ? まず普通に過ごしてきちんと授業を受けるんだ。そういう奴は他の生徒にも似たような事をしているだろうから、いずれ罰を受ける。春佳はこれ以上関わらないようにして、二人きりになりそうだったらとにかく逃げろ』
『……分かった』
俺は頷きつつも涙を零している彼女の頭を、ポンポンと叩く。
『ちゃんと授業を受けてテストでいい点をとっていたら、悪い成績にならないよ。もしも教師の私情で成績が落ちたなら、俺が学校に訴えてやる』
春佳が安心して帰ったあと、俺はパソコンで多田という数学教師について調べ、匿名掲示板から奴に関する情報をサルベージしていった。
それを纏めたものをプリントアウトし、学校に送りつけるだけだからとても簡単な仕事だった。
その後、ネット上で多田の名前が出て炎上し、奴は破滅した。
後日春佳から【先生がいなくなった】と連絡があり、俺は何食わぬ顔で【良かったじゃないか。新しい先生からしっかり教えてもらうんだぞ】と励ましておいた。
そのまま、妹を気に掛けながら自由に生きる生活が、穏やかに続いていくものと思っていた。
春佳が大学に入ったあと、再度彼女に『一緒に住まないか』と誘ったが、以前とさほど変わらない返事をされた。
『一人暮らしして自立するのは大切かもしれないけど、大学は家から通える所にあるし、お兄ちゃんを頼る必要はないと思う。お父さんはご飯を作らないし、お母さんが何もしなかったらみんなコンビニ弁当で済ませちゃう。私がご飯を作れば節約できるし、家を出るつもりはないよ』
成長すれば春佳は自分が置かれている環境の異常さを知るかと思ったが、彼女はますます『両親を支えないと』と思うようになったようだった。
あまり執拗に言っても疑われてしまうので、それ以上しつこく誘う事はできなかった。
実家は一般家庭よりはやや経済的に余裕があるので、家政婦を雇えば春佳だって大変な思いをしなくて済む。
だが父親は自分の異常さを知られるのを怖れ、昔から他人を家に上げるのを嫌っていた。
だから俺が出ていったあとも家政婦を雇おうという発想にいたらず、春佳が奴隷のように働く結果となったのだ。
――それでも、さすがに大学を卒業したら一人暮らしするだろう。
あと数年の我慢だと、自分に言い聞かせていた二十四歳、三月の末――。
会社から自宅マンションに帰った時、外に一人の男が立っているのに気づいた。
六年会っていなくても分かる。あの体のシルエットは――。
条件反射のように顔から血の気を引かせた俺は、その場に立ち止まる。
着ているスーツはそこそこ上等なはずなのに、くたびれきった印象のある男――、父は、薄ら笑いを浮かべて俺に近づいてきた。
『久しぶりだな。大きくなったな』
その声を聞いただけで心臓が狂ったように鳴り、頭痛がし、吐き気がこみ上げる。
今自分がいるのは自宅マンション前だというのに、なぜだか実家の自室ベッドの上にいるような感覚に陥った。
ギシギシと軋むベッドに、シーツに押さえつけられる息苦しさ。
耳に掛かる生温かい吐息に、手首を掴む力強い手。
奴は目の前にいるのに、素肌の背中に触られたような気がしてブルッと震える。
『……何しに来たんだ。祖父さんに近づくなと言われなかったか?』
――今の俺がこいつに力で負ける訳がない。
――ずっと鍛え続けているし、身長も体格も何もかも勝っている。
――何かされかけたら、思いきりミドルキックを食らわせてやる。
第三者から見れば、ヒョロッとした五十歳手前の親父より、筋肉に恵まれた俺のほうが〝強者〟に見えるだろう。
なのに、いつまでも蛇に睨まれた蛙はこちらのほうなのだ。
『汚れた』と尋常ではない言葉を聞いて詳細を尋ねれば……、怒りで我を失いそうになった。
淫行教師が春佳に迫り、その体を触ったと聞いて、俺は激しい怒りに身を燃やす。
だが傷付いた妹を慰めるために、努めて優しく言った。
『大丈夫だ。誰かに見られていた訳じゃないだろ? まず普通に過ごしてきちんと授業を受けるんだ。そういう奴は他の生徒にも似たような事をしているだろうから、いずれ罰を受ける。春佳はこれ以上関わらないようにして、二人きりになりそうだったらとにかく逃げろ』
『……分かった』
俺は頷きつつも涙を零している彼女の頭を、ポンポンと叩く。
『ちゃんと授業を受けてテストでいい点をとっていたら、悪い成績にならないよ。もしも教師の私情で成績が落ちたなら、俺が学校に訴えてやる』
春佳が安心して帰ったあと、俺はパソコンで多田という数学教師について調べ、匿名掲示板から奴に関する情報をサルベージしていった。
それを纏めたものをプリントアウトし、学校に送りつけるだけだからとても簡単な仕事だった。
その後、ネット上で多田の名前が出て炎上し、奴は破滅した。
後日春佳から【先生がいなくなった】と連絡があり、俺は何食わぬ顔で【良かったじゃないか。新しい先生からしっかり教えてもらうんだぞ】と励ましておいた。
そのまま、妹を気に掛けながら自由に生きる生活が、穏やかに続いていくものと思っていた。
春佳が大学に入ったあと、再度彼女に『一緒に住まないか』と誘ったが、以前とさほど変わらない返事をされた。
『一人暮らしして自立するのは大切かもしれないけど、大学は家から通える所にあるし、お兄ちゃんを頼る必要はないと思う。お父さんはご飯を作らないし、お母さんが何もしなかったらみんなコンビニ弁当で済ませちゃう。私がご飯を作れば節約できるし、家を出るつもりはないよ』
成長すれば春佳は自分が置かれている環境の異常さを知るかと思ったが、彼女はますます『両親を支えないと』と思うようになったようだった。
あまり執拗に言っても疑われてしまうので、それ以上しつこく誘う事はできなかった。
実家は一般家庭よりはやや経済的に余裕があるので、家政婦を雇えば春佳だって大変な思いをしなくて済む。
だが父親は自分の異常さを知られるのを怖れ、昔から他人を家に上げるのを嫌っていた。
だから俺が出ていったあとも家政婦を雇おうという発想にいたらず、春佳が奴隷のように働く結果となったのだ。
――それでも、さすがに大学を卒業したら一人暮らしするだろう。
あと数年の我慢だと、自分に言い聞かせていた二十四歳、三月の末――。
会社から自宅マンションに帰った時、外に一人の男が立っているのに気づいた。
六年会っていなくても分かる。あの体のシルエットは――。
条件反射のように顔から血の気を引かせた俺は、その場に立ち止まる。
着ているスーツはそこそこ上等なはずなのに、くたびれきった印象のある男――、父は、薄ら笑いを浮かべて俺に近づいてきた。
『久しぶりだな。大きくなったな』
その声を聞いただけで心臓が狂ったように鳴り、頭痛がし、吐き気がこみ上げる。
今自分がいるのは自宅マンション前だというのに、なぜだか実家の自室ベッドの上にいるような感覚に陥った。
ギシギシと軋むベッドに、シーツに押さえつけられる息苦しさ。
耳に掛かる生温かい吐息に、手首を掴む力強い手。
奴は目の前にいるのに、素肌の背中に触られたような気がしてブルッと震える。
『……何しに来たんだ。祖父さんに近づくなと言われなかったか?』
――今の俺がこいつに力で負ける訳がない。
――ずっと鍛え続けているし、身長も体格も何もかも勝っている。
――何かされかけたら、思いきりミドルキックを食らわせてやる。
第三者から見れば、ヒョロッとした五十歳手前の親父より、筋肉に恵まれた俺のほうが〝強者〟に見えるだろう。
なのに、いつまでも蛇に睨まれた蛙はこちらのほうなのだ。
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