【R-18】有罪愛

臣桜

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兄の彼女

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 春佳は千絵に誘われて、美味しいと噂の代々木上原にあるイタリアンバルに向かった。

 冬夜には遅くなると伝え、のびのびと友達とお喋りするつもりだった。

 と言っても翌日には大学があるので、遅くなりすぎない程度にだが。

 入院している母には申し訳ないが、彼女に怯えて門限を気にしていた時に比べ、今は何をするにも気が楽だ。

 帰る時間を伝えずに遅くなると少し怒られるが、基本的に冬夜は連絡さえ入れれば何も言わない。

 兄も春佳なら連絡を入れた上で常識的な時間に帰ると信じているから、口うるさく言わないのだと思っている。

 逆を言えば母との間には信頼関係が築けていなかったと思い、少し落ち込んでしまった。

「まぁ、でも良かったよ。最近明るくなったように見えるし、友達として安心した。……申し訳ないけど、お母さんと一緒にいた時の春佳は価値観が歪んでいたと思う」

 スパゲッティを食べた千絵に言われ、リゾットを取り皿にとった春佳は曖昧に笑う。

「……かもしれない。自分ではあまり分からなかったけど、人から指摘されて気づく事ってあるね」

 最近になって今までの自分の世間知らずさを、周囲の友達はどう思っていたのだろうと思うようになった。

 とはいえ、考えても過ぎ去ってしまった事はどうにもならない。

 冬夜が言ったように、過去と他人は変えられない。

 昔付き合っていた友達は、何をアドバイスしても行動せず、考えを改めなかった自分に呆れ、何も期待しなくなった。

 今になって気づきを得て挽回しようと思っても、彼女たちとはもう人生の交点が過ぎ去ってしまった。

 これも冬夜が言っていた事だが、何事にもタイミングがあり、一度離れた人であっても、また巡り会って付き合うようになる事はあるという。

 その時がもしきたら、昔の事を謝った上で付き合っていけたらと思っていた。

「でも、これから変わっていけるならいいじゃん。春佳、お兄さんを自慢に思いながらも、微妙な感情を抱いてるっぽいけど、自分の環境を変えてくれた恩人だって事は忘れちゃいけないよ」

「そうだね」

 そこまで話した時、千絵が「あ」と声を漏らして出入り口のほうを見た。

 つられて彼女の視線の先を見ると、冬夜が知らない女性と入店したところだ。

 春佳は真顔になり、しばし言葉を失って兄を見ていた。

(お兄ちゃん、彼女いたんだ)

 今まで兄は兄であり、それ以外の何者でもなかった。

 誰だって内と外の顔があり、冬夜だって〝外〟へ行けば一人の男性になるだろう。

 だが知らない女性と一緒にいるだけで兄がまったく別の人物に見え、胸の奥にグルグルと黒い渦が巻く。

「……彼女かな」

 春佳が呟くと、千絵が「えっ?」とこちらを向いた。

「恋人いるか知らなかったの?」

「『彼女いる?』ってたまに聞いてはいたけど、ずっとはぐらかされていたし、最近は家庭の問題を抱えていたから……」

「そっか。でも二十四歳のイケメンだし、付き合った女性ひとの一人や二人いてもおかしくないんじゃない? 自慢のお兄さんなのは分かるけど、彼女がいたぐらいで驚いてたら駄目だって」

「うん、そうだね」

 千絵のもっともな意見を聞き、春佳はぼんやりと返事をする。

 まったくもって、彼女の言う通りだ。

 二十四歳の健全な男性なら、彼女がいたっておかしくない。むしろ冬夜のハイスペックさを思えば、今まで彼女の存在に気付けなかった事が不思議なぐらいだ。

 席に案内された冬夜と女性は、親しげに話しながらメニューを覗き込み、注文する物を決めていた。

 彼らと春佳たちの間には客席や観葉植物があり、よほど注意して見なければこちらには気づかないだろう。

 冬夜と一緒にいる女性は兄より少し年上で、洗練されたキャリアウーマンという雰囲気があり、目がぱっちりと大きい小顔の美女だ。

 グレーのパンツスーツを着ていて〝できる女〟感があり、学生の春佳にはないものをすべて持っている感じがした。

 加えて経済的に自立しているだろうし、自分の意見をハキハキ言いそうな雰囲気がある。

(ああいう人が好みなんだ)

 春佳には彼女に勝てそうな点は何一つない。

 強いて言うなら付き合いが長いから、兄の好き嫌いを知っているぐらいだ。

 けれど六年前に兄が一人暮らしを初めてから、自信を持って「瀧沢冬夜はこんな人」と言えなくなってきた。

 彼が家を出たあとも頻繁に連絡していたものの、話す内容は家族の様子と、春佳の学生生活を報告するぐらいだった。

 逆に冬夜の事を知ろうと『会社はどう?』と聞いても、『うまくやってる』と当たり障りのない事しか聞けなかった。

 だから家を出ていったあとの兄が、どのような人間関係を築き、どんな価値観でどう生活しているのか、正直分からない。

(高校生までのお兄ちゃんなら、誰より知っている自信があるのに)

 思い詰めた顔をしていたからか、テーブルの上の手を千絵がつついてきた。

「ねえ」

 ハッとして親友を見ると、彼女は気遣わしげな表情で言う。

「気持ちは分かるけど、マジで嫉妬してる?」
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