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助けてくれたのは
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何が起こったのかよく分からないが、音だけ聞いていると、まるで地獄にいるようだと春佳は感じていた。
やがて騒がしい音が収まったあと、カシャッカシャッとしつこいぐらいに、シャッター音が連続して聞こえる。
「……あんたが警察に行くのは勝手だが、こっちもあんたの弱みを握っている事を忘れるなよ? 念のため名刺はもらっていくからな」
物凄い怒気を孕んだ、それでいて凍てついた声がした。
痛む体に鞭打ってノロノロと顔を上げると、息を荒げた冬夜が拳を赤く染めていた。
彼は岩淵の服をまさぐると名刺入れから名刺を一枚とり、自分のポケットに入れた。
冬夜はいまだ目に暴力の興奮を宿していたが、春佳の姿を見て眉間に皺を寄せ、今にも泣きそうな顔をする。
引き結んだ唇が震え、いつも何に対しても淡々としていた兄が、声を上げて嗚咽しそうに見えた。
「……春佳、大丈夫か?」
冬夜は手を伸ばし、彼女の腫れた顔を気遣うようにそっと撫でてくる。
そして顔にかかった乱れ髪をよけ、熱を持った彼女の頬に震える指先を添えた。
「……あり、……がと、……」
かすれた声で返事をすると、冬夜は大きく息を吸って細く長く吐き、脱がされた春佳の下着を手にし、穿かせる。
とてつもなく恥ずかしい事をされていたが、その時は何も考える事ができず、されるがままになっていた。
「起きれるか?」
冬夜は春佳を抱き締めるようにして優しく起こし、壁にもたれかけさせる。
それからクローゼットからTシャツとハーフパンツを出すと、春佳に着せた。
「乗って」
春佳に服を着せたあと、冬夜はベッドの脇にしゃがんで彼女に背中を向ける。
彼の意図する事を察した春佳は、大人しく兄に背負われた。
――お兄ちゃんの匂いがする。
逞しい背中に身を預けた瞬間、そう思った。
ずっと岩淵の悪臭ばかり嗅いでいたので、兄がつけている香水の残り香が鼻腔をかすっただけで、鼻が浄化された気になった。
冬夜は春佳をおんぶして部屋を出ると、そのまま玄関で靴を履き家を出る。
「……鍵は……?」
「構うな。ここは鬼の棲まいだ。春佳はもう戻らなくていい。俺も戻るつもりはない。必要な荷物はあとで俺が持ってくる」
夜の遅い時間だったので、エレベーターに乗って一階に着きエントランスを出るまで、マンションの住人には会わなかった。
外に出ると、夏の夜特有のモワッとした空気が全身を包む。
湿度が高くとても不快感が強いはずなのに、家から出られたと思っただけで、とてつもない解放感を得た。
マンションの前には冬夜の車が停まっていて、彼は慎重に春佳を後部座席に乗せたあと、運転席に乗って車を走らせた。
「……どこ行くの……?」
まだ現実に戻れていない春佳は弱々しく尋ねる。
「もう俺たちが虐げられないところ」
その言葉を聞いて初めて、春佳は自分が岩淵に暴行されたのだと実感する。
だが〝たち〟と聞いて、『自分はともかくお兄ちゃんは何も虐げられていないんじゃない?』とも思った。
しかし立て続けにショッキングな出来事が起こり、『何も考えたくない』と思った彼女は思考を放棄する。
そのまま、春佳は目を閉じて車の振動に身を任せた。
**
それから数日、顔の腫れが酷いので大学に行く事ができなかった。
せっかく後期講義が始まったばかりだというのに、踏んだり蹴ったりだ。
千絵にはメッセージで【ちょっと怪我をしたから休む。ノートお願い】と頼んだので、勉強の遅れは少しで済むだろう。
冬夜は翌日には実家に向かい、春佳の荷物をごっそりと持って戻ってきた。
母とどんな会話をしたのか尋ねたが、兄は何も答えなかった。
やがて騒がしい音が収まったあと、カシャッカシャッとしつこいぐらいに、シャッター音が連続して聞こえる。
「……あんたが警察に行くのは勝手だが、こっちもあんたの弱みを握っている事を忘れるなよ? 念のため名刺はもらっていくからな」
物凄い怒気を孕んだ、それでいて凍てついた声がした。
痛む体に鞭打ってノロノロと顔を上げると、息を荒げた冬夜が拳を赤く染めていた。
彼は岩淵の服をまさぐると名刺入れから名刺を一枚とり、自分のポケットに入れた。
冬夜はいまだ目に暴力の興奮を宿していたが、春佳の姿を見て眉間に皺を寄せ、今にも泣きそうな顔をする。
引き結んだ唇が震え、いつも何に対しても淡々としていた兄が、声を上げて嗚咽しそうに見えた。
「……春佳、大丈夫か?」
冬夜は手を伸ばし、彼女の腫れた顔を気遣うようにそっと撫でてくる。
そして顔にかかった乱れ髪をよけ、熱を持った彼女の頬に震える指先を添えた。
「……あり、……がと、……」
かすれた声で返事をすると、冬夜は大きく息を吸って細く長く吐き、脱がされた春佳の下着を手にし、穿かせる。
とてつもなく恥ずかしい事をされていたが、その時は何も考える事ができず、されるがままになっていた。
「起きれるか?」
冬夜は春佳を抱き締めるようにして優しく起こし、壁にもたれかけさせる。
それからクローゼットからTシャツとハーフパンツを出すと、春佳に着せた。
「乗って」
春佳に服を着せたあと、冬夜はベッドの脇にしゃがんで彼女に背中を向ける。
彼の意図する事を察した春佳は、大人しく兄に背負われた。
――お兄ちゃんの匂いがする。
逞しい背中に身を預けた瞬間、そう思った。
ずっと岩淵の悪臭ばかり嗅いでいたので、兄がつけている香水の残り香が鼻腔をかすっただけで、鼻が浄化された気になった。
冬夜は春佳をおんぶして部屋を出ると、そのまま玄関で靴を履き家を出る。
「……鍵は……?」
「構うな。ここは鬼の棲まいだ。春佳はもう戻らなくていい。俺も戻るつもりはない。必要な荷物はあとで俺が持ってくる」
夜の遅い時間だったので、エレベーターに乗って一階に着きエントランスを出るまで、マンションの住人には会わなかった。
外に出ると、夏の夜特有のモワッとした空気が全身を包む。
湿度が高くとても不快感が強いはずなのに、家から出られたと思っただけで、とてつもない解放感を得た。
マンションの前には冬夜の車が停まっていて、彼は慎重に春佳を後部座席に乗せたあと、運転席に乗って車を走らせた。
「……どこ行くの……?」
まだ現実に戻れていない春佳は弱々しく尋ねる。
「もう俺たちが虐げられないところ」
その言葉を聞いて初めて、春佳は自分が岩淵に暴行されたのだと実感する。
だが〝たち〟と聞いて、『自分はともかくお兄ちゃんは何も虐げられていないんじゃない?』とも思った。
しかし立て続けにショッキングな出来事が起こり、『何も考えたくない』と思った彼女は思考を放棄する。
そのまま、春佳は目を閉じて車の振動に身を任せた。
**
それから数日、顔の腫れが酷いので大学に行く事ができなかった。
せっかく後期講義が始まったばかりだというのに、踏んだり蹴ったりだ。
千絵にはメッセージで【ちょっと怪我をしたから休む。ノートお願い】と頼んだので、勉強の遅れは少しで済むだろう。
冬夜は翌日には実家に向かい、春佳の荷物をごっそりと持って戻ってきた。
母とどんな会話をしたのか尋ねたが、兄は何も答えなかった。
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