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嫌悪
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高校生になったあとも、春佳は大人しい生徒として目立たず過ごしていた。
彼女は中学生ぐらいから将来の夢を描き、高校生の頃には夢を実現させるために英語に注力していた。
目指す大学に入るには英語だけできても駄目だからと、努力を重ね続けていた。
春佳が通う私立高校の数学教師、多田は三十代半ばの妻子持ちで、どこか陰のある冷たい美形だからか。女子生徒に人気があった。
噂では何人かの女子生徒と関係があると聞いたが、そんな事が発覚すれば大事件になるだろうから、特に信じていなかった。
だが〝それ〟は春佳が高校二年生の時、数学準備室に行って多田に勉強の分からないところを聞いていた時に起きた。
『他の生徒から聞いたけど、瀧沢、先生の事が好きって本当か?』
まじめに教えを請うて勉強していた時、いきなりそんな事を尋ねられたものだから、春佳は驚いて顔を上げた。
瞬間、パキッと音を立てて春佳が持っていたシャープペンシルの芯が折れる。
驚いての反応だったが、多田はそれを図星だからと思ったようだった。
『先生も瀧沢の事、可愛いと思ってるぞ』
――気持ち悪い。
その時芽生えた感情は、とてもシンプルなものだった。
『なに言ってるんですか?』
春佳は嫌悪と畏れが混じった表情で尋ねる。
『先生は知ってるんだ。そんなに怖がらなくていい』
だが多田は笑みを深め、春佳の手を握ってきた。
春佳は知らない。
多田と懇意にしている女子生徒たちが、からかいの一環で『瀧沢さんも先生の事を好きみたいだよ』と言った事を――。
彼女たちはこうなる事など予想せず、いじめにも至らない感情で言っただけだろう。
だが自分は女子生徒に人気があると思い込んだ多田が勘違いし、このような悲劇が生まれた。
『…………用事を思いだしたので、失礼します』
春佳は手早く教科書とノートを纏めると、シャープペンシルと消しゴムをペンケースに入れて立ちあがった。
が、その腕を、座ったままの多田に強く引っ張られる。
恐怖の混じった目で見ると、彼はねめあげるように春佳を見て笑った。
『先生の膝の上に座ってごらん。可愛がってあげるから』
――やだ、なにこれ気持ち悪い!
全身に怖気が走り、春佳は力任せに多田の腕を振り払うと、一目散に出入り口に向かった。
だがドアノブを回そうとした時、後ろから多田がドアを押さえ、春佳は彼の腕の中に閉じ込められてしまった。
うなじに男の息がかかり、この上なくおぞましい。
『やめてくださいっ』
小さく悲鳴を上げた春佳に、多田は嗜虐心を煽られのだろうか。
『しー、大人しくしていたらいい事してあげるから』
彼は小声で春佳を窘めたあと、セーラー服の裾から手を差し込んできた。
――いやだ!
その瞬間、春佳の頭の中で何かが弾け、怒られようが構わず、思いきり多田の足を踏んだ。
『いてっ!』
彼が怯んだ瞬間、春佳は力任せにドアノブを引き、廊下にまろびでたあと一目散に走って逃げた。
その恐怖を、春佳は兄に泣きながら訴えた。
冬夜は『怖かったな』と妹を慰め、震える彼女を優しく抱き締めてくれた。
不思議と、多田に触られた時はあんなにも嫌だったのに、冬夜が相手だと何とも思わなかった。
兄の腕の中で安心を得た春佳は、震えが落ち着くまで冬夜の胸を借りて涙を流した。
一連の出来事があった直後、学校内で多田に関する噂がまことしやかに流れ始めた。
彼女は中学生ぐらいから将来の夢を描き、高校生の頃には夢を実現させるために英語に注力していた。
目指す大学に入るには英語だけできても駄目だからと、努力を重ね続けていた。
春佳が通う私立高校の数学教師、多田は三十代半ばの妻子持ちで、どこか陰のある冷たい美形だからか。女子生徒に人気があった。
噂では何人かの女子生徒と関係があると聞いたが、そんな事が発覚すれば大事件になるだろうから、特に信じていなかった。
だが〝それ〟は春佳が高校二年生の時、数学準備室に行って多田に勉強の分からないところを聞いていた時に起きた。
『他の生徒から聞いたけど、瀧沢、先生の事が好きって本当か?』
まじめに教えを請うて勉強していた時、いきなりそんな事を尋ねられたものだから、春佳は驚いて顔を上げた。
瞬間、パキッと音を立てて春佳が持っていたシャープペンシルの芯が折れる。
驚いての反応だったが、多田はそれを図星だからと思ったようだった。
『先生も瀧沢の事、可愛いと思ってるぞ』
――気持ち悪い。
その時芽生えた感情は、とてもシンプルなものだった。
『なに言ってるんですか?』
春佳は嫌悪と畏れが混じった表情で尋ねる。
『先生は知ってるんだ。そんなに怖がらなくていい』
だが多田は笑みを深め、春佳の手を握ってきた。
春佳は知らない。
多田と懇意にしている女子生徒たちが、からかいの一環で『瀧沢さんも先生の事を好きみたいだよ』と言った事を――。
彼女たちはこうなる事など予想せず、いじめにも至らない感情で言っただけだろう。
だが自分は女子生徒に人気があると思い込んだ多田が勘違いし、このような悲劇が生まれた。
『…………用事を思いだしたので、失礼します』
春佳は手早く教科書とノートを纏めると、シャープペンシルと消しゴムをペンケースに入れて立ちあがった。
が、その腕を、座ったままの多田に強く引っ張られる。
恐怖の混じった目で見ると、彼はねめあげるように春佳を見て笑った。
『先生の膝の上に座ってごらん。可愛がってあげるから』
――やだ、なにこれ気持ち悪い!
全身に怖気が走り、春佳は力任せに多田の腕を振り払うと、一目散に出入り口に向かった。
だがドアノブを回そうとした時、後ろから多田がドアを押さえ、春佳は彼の腕の中に閉じ込められてしまった。
うなじに男の息がかかり、この上なくおぞましい。
『やめてくださいっ』
小さく悲鳴を上げた春佳に、多田は嗜虐心を煽られのだろうか。
『しー、大人しくしていたらいい事してあげるから』
彼は小声で春佳を窘めたあと、セーラー服の裾から手を差し込んできた。
――いやだ!
その瞬間、春佳の頭の中で何かが弾け、怒られようが構わず、思いきり多田の足を踏んだ。
『いてっ!』
彼が怯んだ瞬間、春佳は力任せにドアノブを引き、廊下にまろびでたあと一目散に走って逃げた。
その恐怖を、春佳は兄に泣きながら訴えた。
冬夜は『怖かったな』と妹を慰め、震える彼女を優しく抱き締めてくれた。
不思議と、多田に触られた時はあんなにも嫌だったのに、冬夜が相手だと何とも思わなかった。
兄の腕の中で安心を得た春佳は、震えが落ち着くまで冬夜の胸を借りて涙を流した。
一連の出来事があった直後、学校内で多田に関する噂がまことしやかに流れ始めた。
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