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初恋の思い出
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(私、妹だし。お兄ちゃんの恋愛事情なんてどうでもいいし)
先ほど冬夜に『恋人はいないのか』と執拗に質問したくせに、春佳は必死に『自分は兄など意識していない』と言い聞かせる。
洗面所に向かった春佳は、バッグから折りたたみのブラシを出すと、洗面台の前でガシガシと髪を梳かす。
髪を梳かしていると、鏡に兄の姿が映った。
冬夜は溜め息混じりに言う。
「なに俺ごときで動揺してるんだよ。彼氏ができたらキスだってするし、胸にも触られるしセックスもする。昨日の合コンで、男一人あしらえなかったくせに、そんなんでお前こそ恋人できるのかよ」
苛立ちの籠もった声で言われ、怒りが湧いてくる。
「偉そうな事言わないでよ! 彼氏ができたってお兄ちゃんには関係ないでしょ? 自分だって『詮索されたくない』って言ったなら、私にも干渉しないでよ」
冷静になれば、こんな些事で喧嘩する必要はない。
父の死の前なら、友達のようにポンポン言い合って終わっていたはずだった。
今までも恋人の有無について話した事はあったが、特に深く考えず会話をして、『そういえば……』と次の話題に移っていた。
――お父さんがいなくなってから、私たちはどこか変になってしまった。
そう感じるものの、どこをどう修正したら元に戻れるか分からない。
側にいるのは血を分けた兄なのに、知らない人が立っているように感じられる。
存在感もぬくもりも、匂いも声も、「私の兄ってこんな人だったっけ?」と思ってしまう。
まるでトカゲの脱皮だ。
姿形はそのままの兄なのに、皮一枚ぶん何かが違う。
今の兄は自分がよく知っている昔の兄の皮を、むしゃむしゃと食べてしまったのかもしれない。
そう思った瞬間、後ろに立つ兄が生々しい一人の男になったように感じられた。
寒気と違和感を覚えた春佳は兄から視線を外すと、ガシガシと髪を梳かし続ける。
一通り終えると冬夜の側をすり抜けて客室に戻り、鏡を見ずにリップクリームを塗った。
リュックを背負った春佳は、玄関に向かう。
冬夜が見送りに立ったので、お礼は言わないとと思って口を開いた。
「昨日は助けてくれてありがとう。でも殴る蹴るはやりすぎだと思う。……でもありがとう。同じような事にはならないから、もう心配しないで」
少し早口に言ったあと、春佳は玄関のドアを開け、振り向かずに廊下を歩きエレベーターホールへ向かった。
自宅マンションまでは、大江戸線で一本だ。
月島駅に向かう途中、春佳はあまり男運に恵まれなかった自分の過去を思いだしていた。
**
初めて異性を意識したのは中学三年生の春で、違うクラスの男子、但馬に呼び出されて告白された。
『俺、瀧沢さんの事が好きなんだけど。卒業まであと一年しかないし、きっと卒業したあとは進路が別になるけど、それまで一緒に過ごしたいし、できるなら卒業後も付き合いたい』
但馬は野球部に所属する、日焼けした坊主頭の男の子だった。
あまり他クラスの生徒と馴染みはなかったものの、彼がよく廊下で野球部の仲間と一緒に騒いでいた姿を見ていたので、顔は覚えていた。
(なんで目立つ系の人が、私なんかに告白するんだろう)
告白されて最初に感じたのは、喜びより戸惑いだった。
だが春佳も彼氏という存在に憧れていた。
恋人のいる同級生がやけに大人びて見え、『自分にも彼氏がいれば』と願っていた。
だから特に断る理由もなく、但馬の告白を受け入れた。
但馬は印象通り、繊細さはなく大雑把な性格をしていた。
『合わないな』と思った点はあったものの、春佳は生まれて初めての彼氏を受け入れ、必死に好きになろうと努力した。
彼と進路は異なったが、時間がある時は一緒に勉強をした。
映画や水族館にも行ったし、プラプラと何を買うでもなくショッピングモールにも行った。
キッチンカーでクレープを買い、公園のベンチに座って食べた時は、お互いの味が気になって食べさせあっこをした。
友人や野球部員から冷やかされるのは恥ずかしかったが、但馬と付き合った時間は今思いだしてもキラキラと輝いていたように感じられる。
彼は夏の日差しがよく似合う、太陽のような男の子だった。
白いユニフォームが泥にまみれようが構わず、グラウンドの土をスパイクで蹴ってベースに飛び込む姿が、とても格好良かった。
いいつき合いができていたと思ったし、別れたいとも思わなかった。
――だが卒業したあと、但馬とは音信不通になってしまった。
先ほど冬夜に『恋人はいないのか』と執拗に質問したくせに、春佳は必死に『自分は兄など意識していない』と言い聞かせる。
洗面所に向かった春佳は、バッグから折りたたみのブラシを出すと、洗面台の前でガシガシと髪を梳かす。
髪を梳かしていると、鏡に兄の姿が映った。
冬夜は溜め息混じりに言う。
「なに俺ごときで動揺してるんだよ。彼氏ができたらキスだってするし、胸にも触られるしセックスもする。昨日の合コンで、男一人あしらえなかったくせに、そんなんでお前こそ恋人できるのかよ」
苛立ちの籠もった声で言われ、怒りが湧いてくる。
「偉そうな事言わないでよ! 彼氏ができたってお兄ちゃんには関係ないでしょ? 自分だって『詮索されたくない』って言ったなら、私にも干渉しないでよ」
冷静になれば、こんな些事で喧嘩する必要はない。
父の死の前なら、友達のようにポンポン言い合って終わっていたはずだった。
今までも恋人の有無について話した事はあったが、特に深く考えず会話をして、『そういえば……』と次の話題に移っていた。
――お父さんがいなくなってから、私たちはどこか変になってしまった。
そう感じるものの、どこをどう修正したら元に戻れるか分からない。
側にいるのは血を分けた兄なのに、知らない人が立っているように感じられる。
存在感もぬくもりも、匂いも声も、「私の兄ってこんな人だったっけ?」と思ってしまう。
まるでトカゲの脱皮だ。
姿形はそのままの兄なのに、皮一枚ぶん何かが違う。
今の兄は自分がよく知っている昔の兄の皮を、むしゃむしゃと食べてしまったのかもしれない。
そう思った瞬間、後ろに立つ兄が生々しい一人の男になったように感じられた。
寒気と違和感を覚えた春佳は兄から視線を外すと、ガシガシと髪を梳かし続ける。
一通り終えると冬夜の側をすり抜けて客室に戻り、鏡を見ずにリップクリームを塗った。
リュックを背負った春佳は、玄関に向かう。
冬夜が見送りに立ったので、お礼は言わないとと思って口を開いた。
「昨日は助けてくれてありがとう。でも殴る蹴るはやりすぎだと思う。……でもありがとう。同じような事にはならないから、もう心配しないで」
少し早口に言ったあと、春佳は玄関のドアを開け、振り向かずに廊下を歩きエレベーターホールへ向かった。
自宅マンションまでは、大江戸線で一本だ。
月島駅に向かう途中、春佳はあまり男運に恵まれなかった自分の過去を思いだしていた。
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初めて異性を意識したのは中学三年生の春で、違うクラスの男子、但馬に呼び出されて告白された。
『俺、瀧沢さんの事が好きなんだけど。卒業まであと一年しかないし、きっと卒業したあとは進路が別になるけど、それまで一緒に過ごしたいし、できるなら卒業後も付き合いたい』
但馬は野球部に所属する、日焼けした坊主頭の男の子だった。
あまり他クラスの生徒と馴染みはなかったものの、彼がよく廊下で野球部の仲間と一緒に騒いでいた姿を見ていたので、顔は覚えていた。
(なんで目立つ系の人が、私なんかに告白するんだろう)
告白されて最初に感じたのは、喜びより戸惑いだった。
だが春佳も彼氏という存在に憧れていた。
恋人のいる同級生がやけに大人びて見え、『自分にも彼氏がいれば』と願っていた。
だから特に断る理由もなく、但馬の告白を受け入れた。
但馬は印象通り、繊細さはなく大雑把な性格をしていた。
『合わないな』と思った点はあったものの、春佳は生まれて初めての彼氏を受け入れ、必死に好きになろうと努力した。
彼と進路は異なったが、時間がある時は一緒に勉強をした。
映画や水族館にも行ったし、プラプラと何を買うでもなくショッピングモールにも行った。
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友人や野球部員から冷やかされるのは恥ずかしかったが、但馬と付き合った時間は今思いだしてもキラキラと輝いていたように感じられる。
彼は夏の日差しがよく似合う、太陽のような男の子だった。
白いユニフォームが泥にまみれようが構わず、グラウンドの土をスパイクで蹴ってベースに飛び込む姿が、とても格好良かった。
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