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意外な兄の一面
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「あれー? もう帰っちゃうの?」
彼に苦手意識を抱いていた春佳は、表情を強張らせて「はい」と頷く。
そのあと彼女はそっと男の手を振り払い、幹事の男性に尋ねた。
「いくら出したらいいですか?」
「じゃあ、三千円ぐらいもらっておこうかな」
金額を言われた春佳はバッグを探り財布を出すと、千円札を三枚テーブルに置き、全員に向かって頭を下げる。
「お先に失礼します……」
か細い声で言ったあと、春佳は焼き鳥が焼ける匂いが充満する居酒屋をあとにした。
角にコンビニがあるので、冬夜が迎えに来たとき車に乗りやすいよう少し移動する。
「ねえ、春佳ちゃん」
後ろから声を掛けられて振り向くと、春佳に酒を飲ませた男がニヤついて立っていた。
「もう帰っちゃうの? もっと遊ぼうよ」
「いえ……、本当に具合が悪いので」
とても気分が悪いし、先ほど手洗いで鏡を見れば、真っ赤な顔をし、目も充血していて酷い状態だった。
見て分からないのかと苛つきを感じたが、初対面の人を相手に感情の機微を察してもらおうなど、どだい無理な話だ。
「横になれる所あるけど、一緒に行かない?」
さすがの春佳でも、これがホテルへの誘い文句だという事はすぐ理解した。
(こんなベタな誘い方をする人って、本当にいるんだ)
ドラマの中の話と思いきや、そうでもないらしい。
逆にボーッとした頭の中、「世の中には色んな人がいるな」と一種の感動を味わったほどだ。
「いいえ、本当に結構ですので。今にも吐いてしまいそうですし、迷惑を掛けたらいけないので、店に戻ってください」
「そんな事言わないでさぁ……」
男は粘ついた声で言い、春佳の腕を引っ張ってきた。
「やめてください」
強く拒絶したいはずなのに、体調が悪いからか胡乱な声しか出ない。
(ああ、今すぐ寝たい。頭痛薬飲んでお布団に潜りたい)
脳内と体とが乖離しかけた状態で、春佳はグダグダと絡んでくる男をあしらい続ける。
「兄が迎えに来るので、本当にやめてください。怒られても知りませんよ」
「はー? オニイチャン? 家族ぐるみで仲良くなっちゃおう――――」
そのあとの声は聞こえなかった。
目の前に背の高い男性の背中が迫ったかと思うと、飲食店が建ち並ぶ雑踏の匂いに混じり、冬夜がいつもつけている清涼感のある香水の香りが鼻腔をかすった。
直後、鈍い音とくぐもった叫び声が聞こえる。
「おにい……」
いつの間に冬夜が来ていたのだと知ったが、同時に彼が春佳に付きまとっていた男を殴り倒したらしい事にも気づいた。
「ちょ……っ」
(確かにしつこく付きまとわれていたけど、何も殴らなくても……)
ギョッとした春佳の思考が、驚きと焦りとで少しクリアになる。
兄は男を足蹴にし、足元からは「やめ……っ、ごめんなさ……っ」と弱々しい声が聞こえた。
「お兄ちゃん! やめて!」
春佳は兄の腕を強く引き、声を張り上げる。
その時に見た冬夜の顔は、今まで見たことがないほど険しく、憎しみに彩られていた。
息を荒げた兄は春佳に気づくと、「行くぞ」と低く言い、近くに停まっていたタクシーに押し込んだ。
冬夜は運転手にマンションの住所を告げると、荒っぽく溜め息をついた。
車内に気まずい沈黙が落ち、春佳は何と言おうか迷う。
「……酒を飲むなんて聞いてなかったけど」
苛立った兄の声を聞き、春佳は悄然として視線を落とす。
彼に苦手意識を抱いていた春佳は、表情を強張らせて「はい」と頷く。
そのあと彼女はそっと男の手を振り払い、幹事の男性に尋ねた。
「いくら出したらいいですか?」
「じゃあ、三千円ぐらいもらっておこうかな」
金額を言われた春佳はバッグを探り財布を出すと、千円札を三枚テーブルに置き、全員に向かって頭を下げる。
「お先に失礼します……」
か細い声で言ったあと、春佳は焼き鳥が焼ける匂いが充満する居酒屋をあとにした。
角にコンビニがあるので、冬夜が迎えに来たとき車に乗りやすいよう少し移動する。
「ねえ、春佳ちゃん」
後ろから声を掛けられて振り向くと、春佳に酒を飲ませた男がニヤついて立っていた。
「もう帰っちゃうの? もっと遊ぼうよ」
「いえ……、本当に具合が悪いので」
とても気分が悪いし、先ほど手洗いで鏡を見れば、真っ赤な顔をし、目も充血していて酷い状態だった。
見て分からないのかと苛つきを感じたが、初対面の人を相手に感情の機微を察してもらおうなど、どだい無理な話だ。
「横になれる所あるけど、一緒に行かない?」
さすがの春佳でも、これがホテルへの誘い文句だという事はすぐ理解した。
(こんなベタな誘い方をする人って、本当にいるんだ)
ドラマの中の話と思いきや、そうでもないらしい。
逆にボーッとした頭の中、「世の中には色んな人がいるな」と一種の感動を味わったほどだ。
「いいえ、本当に結構ですので。今にも吐いてしまいそうですし、迷惑を掛けたらいけないので、店に戻ってください」
「そんな事言わないでさぁ……」
男は粘ついた声で言い、春佳の腕を引っ張ってきた。
「やめてください」
強く拒絶したいはずなのに、体調が悪いからか胡乱な声しか出ない。
(ああ、今すぐ寝たい。頭痛薬飲んでお布団に潜りたい)
脳内と体とが乖離しかけた状態で、春佳はグダグダと絡んでくる男をあしらい続ける。
「兄が迎えに来るので、本当にやめてください。怒られても知りませんよ」
「はー? オニイチャン? 家族ぐるみで仲良くなっちゃおう――――」
そのあとの声は聞こえなかった。
目の前に背の高い男性の背中が迫ったかと思うと、飲食店が建ち並ぶ雑踏の匂いに混じり、冬夜がいつもつけている清涼感のある香水の香りが鼻腔をかすった。
直後、鈍い音とくぐもった叫び声が聞こえる。
「おにい……」
いつの間に冬夜が来ていたのだと知ったが、同時に彼が春佳に付きまとっていた男を殴り倒したらしい事にも気づいた。
「ちょ……っ」
(確かにしつこく付きまとわれていたけど、何も殴らなくても……)
ギョッとした春佳の思考が、驚きと焦りとで少しクリアになる。
兄は男を足蹴にし、足元からは「やめ……っ、ごめんなさ……っ」と弱々しい声が聞こえた。
「お兄ちゃん! やめて!」
春佳は兄の腕を強く引き、声を張り上げる。
その時に見た冬夜の顔は、今まで見たことがないほど険しく、憎しみに彩られていた。
息を荒げた兄は春佳に気づくと、「行くぞ」と低く言い、近くに停まっていたタクシーに押し込んだ。
冬夜は運転手にマンションの住所を告げると、荒っぽく溜め息をついた。
車内に気まずい沈黙が落ち、春佳は何と言おうか迷う。
「……酒を飲むなんて聞いてなかったけど」
苛立った兄の声を聞き、春佳は悄然として視線を落とす。
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