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私、愛されてた

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 私はポロポロと涙を流し、気がつけば両手で顔を覆って嗚咽していた。

 秀弥さんと亮は左右から私の背中に触れ、「泣くなよ」と言うようにトントンと叩く。

 背中越しに彼らの温かい掌を感じ、「一人じゃない」と強く思えた。

 泣いている私を見た母も涙を滲ませ、そっと父と手を握っている。

 ――大丈夫。家族は味方だ。

 そう思って泣き止もうとするものの、安堵感からさらなる涙が溢れてしまう。

 私が泣いている間、母は立ちあがって紅茶を淹れ直し、買っておいたケーキを用意する。

「さ、これでも食べなさい。夕貴の好きな苺ショート」

「……うん」

 一緒に出された紅茶にはたっぷりミルクが入っている。それでいて無糖。

 ずっと色んな感情を一人で抱え込んできたように思えたけれど、側にいてくれる母は誰よりも私の事を分かってくれている。

 喉が弱くて何かあったらすぐ風邪気味になるからか、家には常にのど飴と葛根湯が用意されてある。

(子供の頃は、苦いのを飲むのが苦手だったから、お母さんが葛根湯をお湯に溶かして砂糖を入れて飲ませてくれたっけ)

 懐かしい記憶を思い出した瞬間、子供の頃にたっぷり甘えていた感覚が蘇った。

 とても小さい頃、リンゴの模様がついたお皿に炒り卵をのせて食べさせてくれた。

 手を繋いで一緒に歩いていった、保育園の場所も覚えてる。

 ――なんだ。

 私は涙を流しながら微笑む。

 ――私、愛されてた。

 ――悲観ぶる必要はないし、家族に心の壁を作る必要もない。

 ――ちゃんと甘えていいんだ。

 いつの間にか自分で閉ざしていたものが開け、心がフワッと軽くなったのを感じた。

 泣き止んだあと、私は温かなミルクティーを飲み、大好きな苺ショートを食べる。

 気持ちが落ち着いたあと、父が改めて尋ねてきた。

「……会社は本当に辞めるのか?」

「……うん。居づらくなってしまったし、結婚するならいいかなって」

 会社は仕事をしに行く場所で、友達を作りにいく所じゃないのは分かっている。

 けれど志保がいたから楽しく仕事をできていたのは事実で、人間関係が破綻してしまった今、お金を稼ぐために毎日精神的苦痛を味わうのは避けたい。

 お給料は今までより低くなってしまうだろうけど、別の所に行けば安定した気持ちでコツコツ働いていく事だって可能だ。

「仕事先は桧物谷食品だけじゃないから」

 割り切った事を言うと、両親はそれ以上心配するのをやめたようだった。

 両親はどちらかといえば心配性だけど、私や亮の自主性を大切にしてくれている。

 いつまでも親として子を想ってくれてはいるけれど、ベタベタと干渉してあれこれ口だしする人たちではない。

 だから私も、ムキになる事なく言えた。

「ひとまず目先の結婚について考えますと出産もありますし、無理に再就職先を見つけようとしなくてもいいかなと思っています。彼女が専業主婦になっても充分生活していける資産はありますし、そのあたりはご心配なく」

 秀弥さんが言うと、両親は安心したように頷いた。

「……三人での関係を築いていくとして、結婚はどうするの?」

 母が気遣わしげに尋ね、私たちは視線を交わす。

「まだ詳細は決めていません。私は夕貴さんと結婚したいと思って求婚し、彼女から了承を得たと思っています。ですが亮くんの気持ちも尊重し、三人でじっくり話して決めていく予定です」

 秀弥さんの答えを聞き、母は「そうね」と頷いた。

 どちらにせよ、日本の法律では一人としか結婚できないし、世界的に見ても一妻多夫を認めているところはほぼない。

 インドやナイジェリアなどの一部の民族に一妻多夫制度があるとはいえ、私たちがそこに混じる事はできない。

 南アフリカで一夫多妻制度が認められたいっぽうで、一妻多夫の合法化も検討されているけれど、まだ決定されていないうえ、日本からとても遠い国に移住するのも現実味がない。

 だから私はどちらかと結婚して、どちらかとは婚姻を結ばないまま同棲するのだと思っている。

 けれど彼ら二人の想いに優劣をつける事はできず、身の回りで起こっているゴタゴタが解決しない限り、結婚式を挙げる事に意識を向けられずにいる。

「……それで、例のストーカー……、高瀬さんについてどう対処している?」

 父に尋ねられ、今度は亮が答えた。

「桧物谷食品と、うちの会社に送信してきたメールアドレスは同じフリーメールだと確認した。恐喝や強要罪に当たるかも少し微妙だが、弁護士会照会をしてもらっている。相手は海外の大きな会社だから、とりあってもらえるかは分からない」

 彼が苦々しく言った通りで、これが仮に私個人に嫌がらせのメールがきたとすれば、不特定多数の目には触れないから誹謗中傷は成立しないというのだから、世知辛い。

 でも私が精神的苦痛を得て会社を辞めざるを得ないという〝被害〟があるなら、動いてもらえるかもしれないという希望を抱いている。
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