上 下
100 / 109

お疲れ様

しおりを挟む
「…………っ、ありがとう……っ」

 その一言だけで、今まで抱えてきたものがすべて晴れ、救われたような気持ちになった。

「よしよし。夕貴さんは大人しくて色々抱え込むタイプですよね。家族や恋人には言えたかもしれないけど、意地悪してくる人たちに向かって、面と向かって言い返す性格じゃないと思うし、あとから悶々としてつらくなったと思います。よく一人で頑張りましたね」

 芽衣ちゃんは姉のように言い、その言葉がありがたいながらも、妹扱いされる自分がおかしくて、ついクスクス笑ってしまう。

「今日は無理ですけど、送別会、来週の週末はどうですか?」

 体を離した芽衣ちゃんが尋ねると、三人とも快く頷いてくれた。

「じゃあ、ちょっと五人でグループチャット作りません?」

 そう言って、芽衣ちゃんはスマホを出すと操作し、IDを交換したのちにグループに招待してくれる。

 皆で【よろしく】とスタンプを送り合うと、また自分がどこかに属せた気がして、とても安心した。

 一人でも大丈夫、秀弥さんと亮がいれば友達なんていなくてもいいと思っていたけれど、やはり人間はどこかに所属していると安心するようだ。

「それじゃあ、今日はお疲れ様です。しばらくゆっくり休んでくださいよ」

「うん、そうする」

 芽衣ちゃんに言われ、私は微笑む。

 と、優香さんがコソッと囁いてきた。

「上田さんと喧嘩したの?」

 尋ねられ、私は微妙な顔でなんと言うべきか逡巡する。

「…………喧嘩ならいいんですけど、……ちょっと色々あって、もう関係が終わった感じです」

 迷ったあとに今はとりあえずそう言うと、彼女たちは顔を見合わせ、納得いったように頷いた。

「そうなった今だから言うけど、私いままであなた達を見ていて、対等な関係じゃないなとは思っていたの」

 加奈子さんが言い、溜め息をつく。

「……そう見えていましたか?」

 諦念の笑みを浮かべて尋ねると、彼女は一つ頷いた。

「長谷川さんは人が良くて相手に合わせる性格をしているから、気づいているようで気づいていないと思っていたけれど、第三者から見るとちょっと……ね。上田さんは明るくて社交的な性格の裏で、あなたを下に見て言葉の陰で馬鹿にしている節があった。だから友達付き合いをしていて、ストレスを抱えていないか心配だったの」

 加奈子さんが言うと、残り三人も同じ事を考えていたようで、何度も頷いていた。

「私、ぶっちゃけ上田さん嫌いですし、あまり関わらないようにしてました」

 芽衣ちゃんはバッサリ切り捨て、フンと鼻を鳴らす。

「……灯台下暗しなんですね」

 呟くと、頼子さんがトントンと背中を叩いてきた。

「そういうものだよ。DV被害に遭っている人も、相手を良く捉えている時は、自分が酷い扱いを受けているって感じないものだもの」

 彼女の言葉を聞き、旦那さんと戦っている優香さんが力んで言った。

「ホントそうだよ。気付けた時からが勝負。今までの自分の認識が歪んでいた事を自覚して、同じ過ちを繰り返さないように気をつけていくの。相手が悪いのは当然だけど、自分の見る目もなかったし、目も曇っていたって事だし」

 優香さんが言ったあと、芽衣ちゃんが「あ」とフロアのほうを見て呟く。

「上田さん、こっち気にしてる。自分のこと言われてるって思ってるのかなぁー。自覚があるんだろうなぁ……」

 ドキッとしてそちらを見ようとすると、頼子さんが「ダメダメ」と前に立った。

「嫌な事は全部、ここに置いていきましょう? 長谷川さんはこの会社を去って、幸せになるんだから」

「……そうですね」

 頷くと、芽衣ちゃんがグッと拳を握って言った。

「愚痴なら送別会の時にぜーんぶ聞きますよ! 今日はとりあえず、お疲れ様!」

「……うん! 皆さん、ありがとうございました。連絡待ってますね」

 あまり引き留めても、と思ってペコリと頭を下げると、私は彼女たちに手を振って廊下を歩き始めた。

「お疲れ様!」

 頼子さんが言い、皆が手を振ってくれる。

 私は何度も彼女たちを振り返り、会釈をして今日で最後になる会社の廊下を歩いていった。



**
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

閉じ込められて囲われて

なかな悠桃
恋愛
新藤菜乃は会社のエレベーターの故障で閉じ込められてしまう。しかも、同期で大嫌いな橋本翔真と一緒に・・・。

処理中です...