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いつでも手を差し伸べる
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「……人生、色々あるね」
スッキリしたのもあるし、傷付いて泣いてちょっとボーッとしていて、あまり冷静に考えられていないのもある。
けれど今はどことなく、自分が渦中の人で「世界で一番不幸」と思っていた気持ちを、やや客観的に捉える事ができていた。
一生のうち、自分が関わる人を両手ですくい、裏切る人は指の間から零れて落ちていく。
いっぽうで、残る人はどんな状況になっても残るのだ。
私は大きな代償を払ったけれど、大きな学びも得た。
多分この考え方は、多少なりとも失敗や挫折、躓きがあった人でなければ分からないのかもしれない。
知らなかった今までの自分は幼くも純粋だった。
知った今は、きっと今後の人付き合いに生かす事ができると信じている。
「傷付いて、痛い目に遭って、……それでも、誰かを恨んだり復讐心を持たず、前を向いて歩ける人になりたい。そういうのが本当の強さの気がするから」
また秀弥さんに「甘っちょろい」と言われると思ったけれど、彼は微笑んで言った。
「いいんじゃないか? 夕貴がそういう生き方を望むなら、俺たちは尊重した上で支えて守るから」
「ありがとう」
微笑んだ私の頭を、亮がポンポンと撫でる。
「〝強さ〟でいいと思う。高瀬みたいに何でも他人のせいにする奴は、自分の試練に向き合えていない証拠だから。夕貴はズタボロになっても自分の試練を受け止め、傷付きながら自力で乗り越えようとしてる。俺たちがどれだけ側にいて、慰めの言葉を掛けても、乗り越えるかどうかは夕貴自身の問題だ。まだ血を吐くような苦しみを抱えてるだろうが、夕貴は自分の不幸を他人のせいにしてない。……その心を誇っていいと思う」
トン、と背中を叩かれてありがたかったけれど、素直に喜べなかった。
「……けど私、そんな〝綺麗〟じゃない。こうなった元凶である奈々ちゃんと出会いたくなかったと思うし、できる事なら過去に戻ってすべてやり直したい。会社で私を嗤った人だって、その性格の悪さで周りの人に引かれればいいとか思っちゃうし、……志保の事だって、嫌われてたって分かった途端、…………憎らしく思っちゃってる。…………私は全然、〝綺麗〟じゃない。正しくもない。……誇ってもらえる人じゃないの」
落ち込んで言った時、腕を伸ばした秀弥さんにデコピンを食らった。
「いたっ!?」
悲鳴を上げた私は両手で額を押さえ、混乱して彼を見る。
すると秀弥さんは呆れ顔で言った。
「馬鹿か。そんなん当たり前だろうが。あんな事されて『すべて許します。全部自分の人生の試練で、私が乗り越えるべきものであり、他の人に責任はありません』なんて言ったら化け物だぞ。ドン引きするわ。神様かよ。右頬殴られたら左頬を差しだす? 俺なら倍返しするね」
「う……」
目を丸くして固まっていると、秀弥さんは荒っぽい息を吐いた。
「お前は精神的に潔癖すぎるんだよ。白か黒かでグレーがない。お前の考え方はその辺の奴らの中では白中の白で、ピュアホワイトなのに、それでもお前は自分を『汚い』って言ってなお善くあろうとしてる。清らかで結構だけど、自分で自分を精神的に追い詰めるな。真面目すぎる奴がなりがちな思考だ」
「それは俺も同意」
亮が軽く挙手して頷く。
「前も言ったけど、夕貴は子供の頃から自分に厳しかった。母子家庭で、普通ならグレたり母親に反抗してたところ、甘えや我が儘をグッと封じて〝いい娘〟を演じ続けてきたから、そういう考え方が癖になってるんだよ」
亮は溜め息をつき、私の髪を手で梳いた。
「母親孝行から生じた考え方を否定したい訳じゃない。でも夕貴はそろそろ、自分を優先して感情を表し、幸せになるために生きてもいいと思う。もう美佐恵さんに遠慮する必要はないし、周りの顔色を窺う必要もない。自分の心がすり減る会社なら辞めればいいし、一緒にいて苦痛な人なら友達をやめればいい。会社はそこだけじゃないし、友達も上田さんだけじゃない。もっと広い世界を見ていいんだ。我慢する癖を少しずつやめてけよ」
「……うん……」
多分、ここまで私の事を考えてくれる人は、今はこの二人以外いないだろう。
志保にアドバイスを求めた時は、正直、駄目だしばかりだった気がする。
そして私には到底実践できない理想的な回答をされて、『頑張るね』としか言えなかった。
でも二人は私の心の奥深くまで探り、もっと楽に生きていいと道を示してくれている。
誰かの悩みを聞いて自分の感想、意見を言うのは簡単だけど、その人の背景まで考えられる人ってなかなかいない気がする。
「ありがとう。その言葉を大切にするね」
感謝を告げると、二人は少し嬉しそうに笑う。
「すぐに変わるのは無理だろう。何回も似たような思考になると思う。でも、そのたびに俺たちに言ってくれ。いつでも手を差し伸べるし、堂々巡りになったら道を指し示すから」
「うん!」
秀弥さんの言葉に笑顔で頷いたあと、嬉しくてちょっぴり泣いてしまった私は、照れくささを誤魔化すために出汁巻き玉子を頬張った。
**
スッキリしたのもあるし、傷付いて泣いてちょっとボーッとしていて、あまり冷静に考えられていないのもある。
けれど今はどことなく、自分が渦中の人で「世界で一番不幸」と思っていた気持ちを、やや客観的に捉える事ができていた。
一生のうち、自分が関わる人を両手ですくい、裏切る人は指の間から零れて落ちていく。
いっぽうで、残る人はどんな状況になっても残るのだ。
私は大きな代償を払ったけれど、大きな学びも得た。
多分この考え方は、多少なりとも失敗や挫折、躓きがあった人でなければ分からないのかもしれない。
知らなかった今までの自分は幼くも純粋だった。
知った今は、きっと今後の人付き合いに生かす事ができると信じている。
「傷付いて、痛い目に遭って、……それでも、誰かを恨んだり復讐心を持たず、前を向いて歩ける人になりたい。そういうのが本当の強さの気がするから」
また秀弥さんに「甘っちょろい」と言われると思ったけれど、彼は微笑んで言った。
「いいんじゃないか? 夕貴がそういう生き方を望むなら、俺たちは尊重した上で支えて守るから」
「ありがとう」
微笑んだ私の頭を、亮がポンポンと撫でる。
「〝強さ〟でいいと思う。高瀬みたいに何でも他人のせいにする奴は、自分の試練に向き合えていない証拠だから。夕貴はズタボロになっても自分の試練を受け止め、傷付きながら自力で乗り越えようとしてる。俺たちがどれだけ側にいて、慰めの言葉を掛けても、乗り越えるかどうかは夕貴自身の問題だ。まだ血を吐くような苦しみを抱えてるだろうが、夕貴は自分の不幸を他人のせいにしてない。……その心を誇っていいと思う」
トン、と背中を叩かれてありがたかったけれど、素直に喜べなかった。
「……けど私、そんな〝綺麗〟じゃない。こうなった元凶である奈々ちゃんと出会いたくなかったと思うし、できる事なら過去に戻ってすべてやり直したい。会社で私を嗤った人だって、その性格の悪さで周りの人に引かれればいいとか思っちゃうし、……志保の事だって、嫌われてたって分かった途端、…………憎らしく思っちゃってる。…………私は全然、〝綺麗〟じゃない。正しくもない。……誇ってもらえる人じゃないの」
落ち込んで言った時、腕を伸ばした秀弥さんにデコピンを食らった。
「いたっ!?」
悲鳴を上げた私は両手で額を押さえ、混乱して彼を見る。
すると秀弥さんは呆れ顔で言った。
「馬鹿か。そんなん当たり前だろうが。あんな事されて『すべて許します。全部自分の人生の試練で、私が乗り越えるべきものであり、他の人に責任はありません』なんて言ったら化け物だぞ。ドン引きするわ。神様かよ。右頬殴られたら左頬を差しだす? 俺なら倍返しするね」
「う……」
目を丸くして固まっていると、秀弥さんは荒っぽい息を吐いた。
「お前は精神的に潔癖すぎるんだよ。白か黒かでグレーがない。お前の考え方はその辺の奴らの中では白中の白で、ピュアホワイトなのに、それでもお前は自分を『汚い』って言ってなお善くあろうとしてる。清らかで結構だけど、自分で自分を精神的に追い詰めるな。真面目すぎる奴がなりがちな思考だ」
「それは俺も同意」
亮が軽く挙手して頷く。
「前も言ったけど、夕貴は子供の頃から自分に厳しかった。母子家庭で、普通ならグレたり母親に反抗してたところ、甘えや我が儘をグッと封じて〝いい娘〟を演じ続けてきたから、そういう考え方が癖になってるんだよ」
亮は溜め息をつき、私の髪を手で梳いた。
「母親孝行から生じた考え方を否定したい訳じゃない。でも夕貴はそろそろ、自分を優先して感情を表し、幸せになるために生きてもいいと思う。もう美佐恵さんに遠慮する必要はないし、周りの顔色を窺う必要もない。自分の心がすり減る会社なら辞めればいいし、一緒にいて苦痛な人なら友達をやめればいい。会社はそこだけじゃないし、友達も上田さんだけじゃない。もっと広い世界を見ていいんだ。我慢する癖を少しずつやめてけよ」
「……うん……」
多分、ここまで私の事を考えてくれる人は、今はこの二人以外いないだろう。
志保にアドバイスを求めた時は、正直、駄目だしばかりだった気がする。
そして私には到底実践できない理想的な回答をされて、『頑張るね』としか言えなかった。
でも二人は私の心の奥深くまで探り、もっと楽に生きていいと道を示してくれている。
誰かの悩みを聞いて自分の感想、意見を言うのは簡単だけど、その人の背景まで考えられる人ってなかなかいない気がする。
「ありがとう。その言葉を大切にするね」
感謝を告げると、二人は少し嬉しそうに笑う。
「すぐに変わるのは無理だろう。何回も似たような思考になると思う。でも、そのたびに俺たちに言ってくれ。いつでも手を差し伸べるし、堂々巡りになったら道を指し示すから」
「うん!」
秀弥さんの言葉に笑顔で頷いたあと、嬉しくてちょっぴり泣いてしまった私は、照れくささを誤魔化すために出汁巻き玉子を頬張った。
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