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もう、いいや
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「…………はい」
この言い方は良くない知らせだ。
直感した私は、不安を抱きながらも覚悟を決める。
秀弥さんは私を見て小さく息を吐き、スパッと言った。
「総務部から話を広げた犯人が分かった。……上田さんだ」
「え…………」
聞いた瞬間、頭の中が真っ白になり、彼が何を言ったのか理解できなかった。
「やっぱりか」
亮が呟いたのが聞こえるけれど、私にとっては「やっぱり」じゃない。
「……なんで……?」
呆然と言うけれど、秀弥さんは小さく首を横に振る。
「それは本人に聞かないと分からない」
私はソファの上で膝を抱え、うつろな目で室内を見る。
志保とは入社した時からずっと一緒で、旅行にも行ったし、テーマパークやカラオケ、ショッピング、映画、水族館に動物園、色んな所で時を共にした親友だ。
明るい彼女は、聞き役な私にいつも楽しい話を提供してくれていた。
ちょっとうっかりな所はあるけれど、人に害意を持つタイプではないと思っている。
誰かに嫌な事をされたら、その場で言い返す性格で、私に何か思う所があったなら、こんな事になる前に教えてくれたはずだ。
「……そんなはず……、ないのに…………」
呟きながら、もう誰の事も信じられないと思った。
家族と秀弥さん、亮は別だけれど、世の中誰が自分に敵意を持っているのか分かったもんじゃない。
毎日笑顔で接していたのに陰で裏切られていたなんて、馬鹿すぎて笑えてくる。
「…………もう、…………やだな…………」
私は膝を抱えて顔を伏せ、力なく呟く。
親友に裏切られたというのに、涙は出てこなかった。
嬉しくない理由だけれど、今まで散々な目に遭ってきたから、親友の裏切りぐらいじゃ泣けないみたいだ。
確かに経験としては、社内で罵詈雑言を浴びせられて転ばされたほうが強烈だ。
掲示板に書かれたのも、デジタルタトゥーという意味では、これから私の人生に付きまとうだろう。
人の汚さを見せつけられ続け、とっくに私の心は麻痺していたのだ。
「……もう、いいや」
呟いた私の背を、亮が優しく撫でてくれる。
「俺がいるよ」
「……うん……」
ゆっくり顔を上げた私は、髪を乱したまま弟を見つめる。
傷付いた目をしていたからか、亮は悲しげな表情をして私の髪を整える。
「俺は夕貴を裏切らない。いつまでもお前のしもべだ」
「……しもべなんて」
私は小さく笑い、亮の髪をサラサラと撫でる。
秀弥さんは溜め息をつき、ハネムーンの参考用に買った旅行雑誌を広げる。
「本当に東京から離れる事を検討するか? 同じ場所にいると、同じ事を考える。上田さんと遊んだ場所に行けば、嫌でも思い出すだろ」
「……どこに行くの?」
「俺はどこでもいいよ。金の心配をする必要はないから、本当にどこでもいい。……まぁ、強いて言うなら景色が綺麗で飯の美味い所かな。田舎でスローライフしてもいいし、海外に行ってもいい」
話していると、亮が溜め息をついた。
「じゃあ、俺も会社辞めようかな」
そんな事を言うので私はガバッと顔を上げた。
「駄目だよ。お父さんが悲しむ」
けれど亮は溜め息をついて私の頭をクシャッと撫でる。
「確かに親父は跡を継がせるつもりで俺を入社させたと思うけど、俺が自分の人生を歩みたいと言ったら反対しないと思う。会社にだって頼りになる役員がいるし、世襲制で若造が会社を継ぐより、株主も納得するだろ」
「……確かにそうかもしれないけど……」
私たちの関係を否定しなかったように、両親は理解のある人だ。
亮が会社をやめて私と歩む道を選ぶと言えば、何かは言うだろうけど、最終的には認めるような気がする。
けど、父親として優秀な息子に期待してきたはずだし、落胆はするだろう。
「……私のせいで亮がエリートコースから外れるなんて」
そう言うと、亮が私の顎を掴み頬をニュッと押してきた。
「お前のためじゃない。俺のためだ」
キッパリと言われた私は、自惚を指摘されて赤面する。
「夕貴と幸せになるために俺は自分の道を選択したい。親の期待に応えるために生きていたら、本当に欲しいものは掴めないからだ」
亮は穏やかな表情で言い、サラリと私の髪を撫でた。
この言い方は良くない知らせだ。
直感した私は、不安を抱きながらも覚悟を決める。
秀弥さんは私を見て小さく息を吐き、スパッと言った。
「総務部から話を広げた犯人が分かった。……上田さんだ」
「え…………」
聞いた瞬間、頭の中が真っ白になり、彼が何を言ったのか理解できなかった。
「やっぱりか」
亮が呟いたのが聞こえるけれど、私にとっては「やっぱり」じゃない。
「……なんで……?」
呆然と言うけれど、秀弥さんは小さく首を横に振る。
「それは本人に聞かないと分からない」
私はソファの上で膝を抱え、うつろな目で室内を見る。
志保とは入社した時からずっと一緒で、旅行にも行ったし、テーマパークやカラオケ、ショッピング、映画、水族館に動物園、色んな所で時を共にした親友だ。
明るい彼女は、聞き役な私にいつも楽しい話を提供してくれていた。
ちょっとうっかりな所はあるけれど、人に害意を持つタイプではないと思っている。
誰かに嫌な事をされたら、その場で言い返す性格で、私に何か思う所があったなら、こんな事になる前に教えてくれたはずだ。
「……そんなはず……、ないのに…………」
呟きながら、もう誰の事も信じられないと思った。
家族と秀弥さん、亮は別だけれど、世の中誰が自分に敵意を持っているのか分かったもんじゃない。
毎日笑顔で接していたのに陰で裏切られていたなんて、馬鹿すぎて笑えてくる。
「…………もう、…………やだな…………」
私は膝を抱えて顔を伏せ、力なく呟く。
親友に裏切られたというのに、涙は出てこなかった。
嬉しくない理由だけれど、今まで散々な目に遭ってきたから、親友の裏切りぐらいじゃ泣けないみたいだ。
確かに経験としては、社内で罵詈雑言を浴びせられて転ばされたほうが強烈だ。
掲示板に書かれたのも、デジタルタトゥーという意味では、これから私の人生に付きまとうだろう。
人の汚さを見せつけられ続け、とっくに私の心は麻痺していたのだ。
「……もう、いいや」
呟いた私の背を、亮が優しく撫でてくれる。
「俺がいるよ」
「……うん……」
ゆっくり顔を上げた私は、髪を乱したまま弟を見つめる。
傷付いた目をしていたからか、亮は悲しげな表情をして私の髪を整える。
「俺は夕貴を裏切らない。いつまでもお前のしもべだ」
「……しもべなんて」
私は小さく笑い、亮の髪をサラサラと撫でる。
秀弥さんは溜め息をつき、ハネムーンの参考用に買った旅行雑誌を広げる。
「本当に東京から離れる事を検討するか? 同じ場所にいると、同じ事を考える。上田さんと遊んだ場所に行けば、嫌でも思い出すだろ」
「……どこに行くの?」
「俺はどこでもいいよ。金の心配をする必要はないから、本当にどこでもいい。……まぁ、強いて言うなら景色が綺麗で飯の美味い所かな。田舎でスローライフしてもいいし、海外に行ってもいい」
話していると、亮が溜め息をついた。
「じゃあ、俺も会社辞めようかな」
そんな事を言うので私はガバッと顔を上げた。
「駄目だよ。お父さんが悲しむ」
けれど亮は溜め息をついて私の頭をクシャッと撫でる。
「確かに親父は跡を継がせるつもりで俺を入社させたと思うけど、俺が自分の人生を歩みたいと言ったら反対しないと思う。会社にだって頼りになる役員がいるし、世襲制で若造が会社を継ぐより、株主も納得するだろ」
「……確かにそうかもしれないけど……」
私たちの関係を否定しなかったように、両親は理解のある人だ。
亮が会社をやめて私と歩む道を選ぶと言えば、何かは言うだろうけど、最終的には認めるような気がする。
けど、父親として優秀な息子に期待してきたはずだし、落胆はするだろう。
「……私のせいで亮がエリートコースから外れるなんて」
そう言うと、亮が私の顎を掴み頬をニュッと押してきた。
「お前のためじゃない。俺のためだ」
キッパリと言われた私は、自惚を指摘されて赤面する。
「夕貴と幸せになるために俺は自分の道を選択したい。親の期待に応えるために生きていたら、本当に欲しいものは掴めないからだ」
亮は穏やかな表情で言い、サラリと私の髪を撫でた。
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