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嘲笑

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 本当に総務部での口止めが利いていれば、何も問題はなかった。

 でも箝口令が敷かれたとしても、人の口に戸は立てられないものだ。

 それから三日経つぐらいになると、社内を歩いていると周りの人からヒソヒソ言われるようになった。

 男性社員の中には好き者を見る目を向ける人もいて、居たたまれない。

 私と秀弥さんは付き合っている事を公言していなかったけれど、頻繁に話しているところから公認されているも同然だった。

 彼を狙っていた女性は大勢いたし、秀弥さんにハッキリと断られ、またはまったくその気がないオーラを出されて、諦めた人も多かったと思う。

 なのに秀弥さんと付き合っている私が弟と肉体関係にあると周囲に知られたあとは、女性たちの反応はとても厳しいものとなった。

「調子こいてんじゃねーよ」

 昼休みに廊下を歩いているとそんな声がし、ハッと顔を上げると女性社員が集まって私を睨んでいる。

「なに、あの被害者ヅラ。ヤリマンビッチのくせに」

「弟とヤッてるなんて気色悪い。漫画の世界じゃないんだっつの」

「男ってああいうタイプが好きなんでしょ。気弱そうで押しに弱くて、脱いだら巨乳でAV女優顔負けの体をしてるってやつ」

「無理だわー。商品開発部の友達は『まじめな子』って言ってたけど、性的にだらしない女って無理。男と見たら色目使ってるように思えちゃう」

「西崎さんも体で落とされたんじゃないの? かわいそー」

「前に長谷川さんの事を『いい』って言ってた後輩がいたけど、『近づかないほうがいいよ』って言っとくわ。さすがに後輩が、ヤリマンの餌食になるのを見てるのは忍びない」

「告発メールを送ってきた人って、長谷川さんに男をとられた人なんじゃないの? かわいそー」

「てか、長谷川さんの専用スレ立ってるの知ってる?」

「マジ? やっば。あとで見るわ」

 遠慮のない言葉が耳に入り、私は誰の顔も見ないように俯いて、足早にその場を通り過ぎようとした。

 ――けど。

「あっ!」

 足を引っかけられ、私はその場で派手に転んでしまう。

 その弾みでスカートが大きく捲れ上がり、太腿どころかお尻や下着が見えてしまう。

「ッヒュー!」

 私が転ぶところを見ていた男性社員たちが、拍手をして大喜びする。

「やだぁ、転ぶ時もセクシーとか。筋金入りで頭下がるわ」

 バッとスカートを押さえた私は、泣いてしまいそうになるのをグッと堪えて走って立ち去る。

「かわいそー」

 クスクス笑う声をあとに廊下を駆け抜けた私は、エレベーターのボタンを連打する。

 エレベーターがフロアに着くまで俯いて待ち、ようやくドアが開いたのでゴンドラに乗り込もうとする。

 けれど先に乗っていた人たちの視線を浴びただけで、この人たちも私を悪く思っているのだと思い、エレベーターから離れて非常階段に向かった。

 重たいドアを開いてパンプスの音を響かせ、階段を下りていく。

 そのうち足を止めた私は、涙を流して壁にもたれ、ズルズルと崩れ落ちた。

「……っ、どうして……っ」

 そう言っても、奈々ちゃんがやっただろう事は分かっている。

 秀弥さんはすぐに弁護士さんに連絡したし、『少し辛抱してくれ』と言っていた。

 彼女のもとへ行って頬をひっぱたけば、私が加害者になる。

『高瀬には絶対に接触するな。つらいけどプロに任せろ』

 秀弥さんも亮も、同じ意見だった。

 二人とも彼女のしでかした事に怒っているけれど、ここでへたに刺激したら、事態がさらに悪化すると言っている。

 実家からはまだ連絡がなく、その沈黙が怖い。

 もうこの世界に私がいるべき場所なんてないように思えて、どうしたらいいのか分からない。

「…………死にたい……」

 涙を零した私は、うつろな目で呟く。

 周りの人に嘲笑され、馬鹿にされ、憎しみをぶつけられ、匿名掲示板で見知らぬ人から叩かれて、ずっと秘密にしていた事を会社にも親にもバラされた。

 こんな生き恥をさらして、生きている意味なんてない。

 ……なんのために、今まで頑張ってきたんだろう。

 うつろな感情に支配された私は、持っていたペンケースからカッターを出し、チキ、チキ……と音を立てて刃を出していく。
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