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お前はどうしたい?

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「年下扱いしたら亮くんは怒るだろうけど、夕貴とは六つ歳が離れているし、亮くんに至っては八つ年下だし『守ってやりたい』って気持ちがある。ここまで関わった以上、君の苦痛を他人事に感じられないし、いっそ姉弟まるっと受け入れてもいいかなって思ったんだ」

「何を……」

 言葉の通り八歳年下とはいえ、亮は成人した男性だ。

 恋敵に年下扱いされて、彼はムッとする。

 でも秀弥さんはそんな彼をチラッと見て微笑み、ポツポツと語り出した。

「亮くんには言ってなかったけど、俺も君と似た古傷を持ってるんだよ」

 そう言ったあと、秀弥さんは過去の話をし始めた。

 見合い結婚の両親は周囲からおしどり夫婦と呼ばれていたが、大人しい妻に物足りなさを感じたらしい夫は、十五歳近く年下の女性と関係を持ち、それが理由で西崎家は破壊され尽くした。

 性に奔放な彼女は大学生の秀弥さんもターゲットにし、彼の性癖を大いに歪めた。

 やがて秀弥さんの父と女性は心中をし、母は大きすぎるショックを受けて入院してしまった。

 残ったのは父親の遺産を持て余す秀弥さんと、彼を蝕む性の衝動。

 その話を聞いた亮は、しばらく黙っていた。

「だからといって亮くんが味わった地獄を『分かる』なんて言わない。人それぞれ、他人には分からない地獄を持っている。でも、性被害に遭った事のない奴よりは、寄り添えると思うよ」

 秀弥さんの声は優しい。

 彼なりに亮をあれこれ思っただろうけど、三人での行為を経て理解するものがあったのかもしれない。

 少ししてから亮は溜め息をつき、ポツリと言った。

「嫌な奴のままでいてくれればいいのに」

 それを聞き、秀弥さんはフハッと息を吐くように笑う。

「俺もそう思ってたよ。『せっかく目を付けた女を寝取る邪魔者は、馬に蹴られて死ね』ぐらいは思ってた」

 彼の当初の想いを聞いて、私は静かに息を呑む。

 けれど秀弥さんは私の手を静かに握り、安心させるように指を絡めてきた。

「でも俺は理由が知りたかった。どんな奴にもそいつなりのエピソードがある。俺の家をぶち壊した女――、沙喜さきも、なんらかの理由は持っていたんだろう。……そう思わないとやってられない。俺、こう見えても割と性善説が好きなところがあって、純然たる悪はいないって思いたいんだ。……そうじゃないと救われないっていうか」

 秀弥さんが味わった苦しみゆえの考え方を聞き、私はキュッと唇を引き結ぶ。

「……逆に理由がなかったらつらい。自分を襲った不幸を一生かかっても理解できない訳だから。俺は自分を納得させるために、理不尽な事にも理由があるって思いたいんだ。……だから夕貴の体に他の男の痕跡を感じてもカッとならなかった。人のいい女が俺に黙って関係を引きずる理由は何か。脅されてる? 弱みを握られた? どうしても切れない相手? 考えるうちに興味が湧いて、とりあえず相手を知りたいと思った」

 秀弥さんにすべてを吐いた日の事を思いだし、私は小さく吐息をつく。

「『嫌な奴でいてくれればいい』。確かに俺もそう思った。……そう思いたいよな。自分の望む道を邪魔する奴は〝悪〟だ。そう思えば迷わず憎めるし〝被害者〟でいられる。……でも本能を剥き出しにして、躊躇わず人を傷つけた沙喜を思い出すと、俺は理性的でありたいと思った。強烈な反面教師を知っているからこそ、俺はネガティブな感情をコントロールできる人間になりたかった。……夕貴に歪んだ性癖をぶつけてる奴が言える言葉じゃないけどな」

 彼は自嘲し、私の手をキュッと握る。

 私は首を横に振り、秀弥さんの肩に額を押しつけた。

「だから俺は亮くんを特に悪く捉えていないんだ。君の一途な想いは聞かせてもらったし、夕貴を守ろうとして何をされたのか大体は察する。婚約者に惚れてる男を褒めるなんてちょっと複雑だけど、君はよくやったと思うし、その献身は称賛に値する」

 私の隣で亮は深く息を吸い、ゆっくり吐いていく。

 まるで泣いてしまいそうになったのを、懸命に堪えているようだった。

「……だから夕貴を与えたい。……ってのは、亮くんを舐めた言葉だって分かってる。君だって真剣に想ってるからこそ情けをかけられたくないだろうし。でも、与えたいって言っても夕貴を手放す訳じゃない。俺だって夕貴となら幸せになれると思ったから、結婚するつもりでいる。……でもこうして君と三人で夕貴を愛する事ができると確かめた今なら、『これからの生活に亮くんがいてもいい』と思えてる」

 亮はしばらく黙っていたけれど、ゆっくり起き上がると胡座をかいて呟く。

「……俺は夕貴の側にいられるならそれでいい。こいつが笑って過ごし、幸せでいられるなら、俺はどうなっても構わない」

 その言葉を聞いて、ギュッと胸が締め付けられる。

(『どうなっても構わない』なんて言わないで)

 秀弥さんも起き上がり、私もつられて起き、体を布団で隠す。

「夕貴、お前はどうしたい? ……ま、答えは決まってるようなもんだけど、ちゃんと意志を確認しておきたい」

 秀弥さんに優しく尋ねられ、私は微かに声を震わせながら言った。
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