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溢れ出る本能

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「想像はつくよ。ずっと母子家庭で大変だったんだろ? 『大変』って一言で言うのは失礼だけど」

「ううん。気にしないで」

「気を遣いながら生きてると、お前みたいになるよな。ずっとそう生きてきたなら、俺たちみたいなアクの強い男から求められて、『嫌われたくない』『期待に応えたい』って断れなくなるの、分かるよ。それにお前は自己肯定感が低いから、誰かに求められると喜びを感じてしまう」

 秀弥さんは私の肩に手を置き、髪を指で弄る。

「……ありがとう」

 お礼を言うと、彼はニヤッと笑って私の手を握ってきた。

「ここまでお前を理解してる男は他にいない。……だから、結婚するよな?」

「……うん……」

 ――この人しかいない。

 私は覚悟を決め、彼への感謝を胸に頷いた。

 そのあと視線を前に向けると――、亮が傷付いた目で私たちを見ていた。

「……俺が一番夕貴を理解している」

「……ごめん、亮。私は秀弥さんを愛してる」

 この人の手を離したらいけない。

 こんな過ちを犯した私を許してくれる人は、後にも先にも彼だけだ。

「俺だって夕貴を理解してる。お前が西崎さんとデキてても、受け入れただろう?」

 亮が悲痛な目で見つめてくるけれど、私は小さく首を左右に振った。

「夕貴は身も心も、俺のもんだよな」

 秀弥さんが満足げに言い、話はそれで終わったかと思った。

 なのに――。

「……じゃあ、夕貴。俺の言う事を聞いて、俺の前で亮くんに抱かれてくれるな?」

 秀弥さんが低く囁いてきたのを聞き、スッ……と頭から血の気が引き、何があっても彼と結婚すると決意した、高揚した気持ちが冷めていく。

 ――そうだ。この人はこういう人だった。

 秀弥さんは私を深く愛してくれている。

 けれど彼は普通の人とは大きく異なる性癖を持っている。

 大スカトロとか、血が出るほど痛めつける事はしない。

 けどその他のまだしていないプレイについては、「興味はあるけど特にいいかな」ぐらいに捉えている。

 でも〝何か〟のきっかけがあって「新しい扉が開いた」なら、彼はとことんそれを追求していく。

 ――失念してた。

 私はふつふつと冷や汗を浮かべて固まる。

 秀弥さんへの愛を高めていたつもりだったのに、気がつけばこれ以上ないぐらい追い詰められていた。

「夕貴」

 呼吸すら止めていたように思える私の耳元で、秀弥さんが甘く囁く。

 ――逃げられない。

 ――逃げちゃいけない。

 絶体絶命のピンチだというのに、私は――――うっすらと笑ってしまっていた。

 ――支配されたい。

 ――支配されて、命令のままに滅茶苦茶にされたい。

 ――許可を得て、ドロドロの欲望を剥き出しにしたい。

「……なんて顔してるんだよ」

 向かいに座った亮が、ふはっと笑う。

 私の顔を真正面から見ていなくても、秀弥さんも〝理解〟していたようだった。

「……決まりだな」

 彼は私の頭をポンポンと撫で、猫のように顎の下をくすぐる。

 そうして〝愛玩〟されるのがとても心地いい。

「亮くん。あとは君次第だけど、どう?」

 まるで「一緒に映画に行く?」みたいに誘われ、亮は呆れたように溜め息をついた。

「……あんた、ヤベー奴だな」

 侮辱ともとれる言葉なのに、秀弥さんは悠然と微笑んだままだ。

「褒め言葉ととっておくよ」

 決して挑発に乗らない秀弥さんを相手にし、亮も彼を評価したようだった。

「話に乗ってやるよ。あんたが見てる前で、夕貴がどんな風になるのか俺も本当は興味があった」

 了解を得て、秀弥さんは満足げに目を細めて笑う。

「じゃあ、これから二人とも俺の家においで」

 私は、これから自分の身に起こる事を想像して――、はしたなく下着を濡らした。



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