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……お前、バカ?

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 私たちはワインで、そういえば車で来ていた事を思いだした秀弥さんはソフトドリンクで乾杯し、なんの会とも言えない晩餐が始まる。

「まぁ、相手の気持ちを変えようってのは無理だから、どう被害を被らずに済むかを考えていこう」

 秀弥さんはサラダを食べて言い、亮も頷いた。

「そうだな。あいつが俺たちの望む〝まとも〟な状態に戻る事はない。今の自分はちゃんと〝まとも〟で、正しい事をしていると思い込んでいるから」

 その会話を聞いていて、〝普通〟とは、〝正しい〟とは……と考えてしまう。

 人と接するのは難しい。

 自分では常識と思っていても、相手はそう思っていない場合がある。

『そんなの愛じゃない』と言いたくても、彼女にとっては紛れもない愛だ。

 考えれば考えるほど、分からなくなる。

『皆違って皆いい』って言葉があるけれど、常識外の事があって混乱してしまう私は、倫理観がガチガチなんだろう。

「……それで、話は最初に戻るけど、亮くんは俺たちの結婚を認めてくれる?」

 秀弥さんが肝心の事を切りだし、私はゴフッと噎せる。

 恐る恐る亮を見ると、彼は長めの前髪の下からジッと秀弥さんを見つめていた。

「……あんただって引かないんだろ」

「まぁね」

 秀弥さんは微笑み、ウーロン茶を飲んでから提案した。

「二人で夕貴をシェアするのは嫌?」

「ちょ……っ」

 さすがに、と思った私は、目を剥いて秀弥さんを見た。

 亮も瞠目して固まっている。

 秀弥さんだけは「名案を考えた」という顔をしていて、温度差が凄い。

 亮はしばし秀弥さんを見つめていたけれど、その表情が驚愕からゆっくり困惑に変わっていく。

 最後には可哀想なものを見る目になって、呟いた。

「……お前、バカ?」

 そんな反応をされても、秀弥さんは動じない。

「不可能だと思う?」

 妖艶さすら窺わせる笑みを浮かべた彼を見て、亮は戸惑いながらも考え直していく。

 彼が次に見たのは、勿論私だ。

「……夕貴はそういう〝気〟があるのか?」

 亮に「特殊性癖がある」みたいな言い方をされ、私は赤面した。

「そっ、そんな……っ」

「お前は断らないよな?」

 私は亮の言葉を否定しようとしたけれど、秀弥さんに耳元で囁かれてビクッと体を震わせ、彼が求める事を想像してカァーッと体を火照らせていった。

「それって精神的なDV?」

 亮は目を眇め、私たちの関係を図ろうとしている。

「いいや? 夕貴にこういう〝素質〟があるのは、亮くんが一番よく分かってるはずだけど?」

 私の性癖を一から十まで把握しているパートナーとして言われ、亮はゆっくり息を吐いていく。

 しばらく亮は、私と秀弥さんを交互に見比べていた。

 まるで私たち二人のベッド事情を想像し、そこに自分が加わったらどうなるか妄想しているようだ。

 亮の気持ちが揺れ動いているのを察し、秀弥さんは畳みかけた。

「夕貴が『普通じゃない』とか『やめよう』と言うのはおいておこう。こいつが心配するのは体面だけだ。心の底では好意を寄せている男にめちゃめちゃにされて、善がりまくる事を求めてる」

「……っ、秀弥さん……っ」

 真っ赤になった私は、押し殺した声で彼を咎める。

 ――恥ずかしい。

 ――けど、彼は私が自覚していなかった性癖を教えてくれた人で、もしかしたら彼の言う通りなのかもしれない。

 亮はしばし私を見つめ、コーヒーを一口飲んでから尋ねてきた。

「夕貴はOKなのか?」

「はい」とも「いいえ」とも言えない質問をされ、私はリゾットをもぐ……と一口食べる。

 秀弥さんはソファの背もたれに身を預け、私に尋ねてきた。

「夕貴は俺とするの好きだよな? 結婚するんだし」

 そう聞かれたけれど、「好き」と答えると〝セックス大好き女〟と、とられかねないので即答しかねる。

 でもプレイ内容はどうであれ、好きな人とエッチするのは普通な事だから「好き」で合っているといえる。

 私は自分にそう言い聞かせたあと、コクンと頷いた。

「……で、亮くんとするのも好きなんだよな? 最近までずっとしてたんだし」

「はい」といえば秀弥さんへの裏切りを肯定するし、「いいえ」といえば亮を否定するので、その質問にも反応できなかった。

 ……いや、もうバレて当人同士が面と向かっているけれど。

 自分の優柔不断さ、だらしなさが招いた結果に、ここまで追い詰められるとは思わなかった。

 許されるなら溜め息をつきたいし、泣きたいけど、私にそんな権利はない。

 ――私にできるのは、正直に答える事。

 そう思い、覚悟を決めて口を開いた。
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