上 下
58 / 103

お前が気にする事は一つもないからな

しおりを挟む
「お誘いありがとうございます。すぐ支度してきますね」

 亮は爽やかに笑ったあと軽い足取りで二階に上がり、すぐに戻ってきた。

「いってらっしゃい。ゆっくりしていらっしゃい」

「……う、うん……」

 私はどこまでも平和な母の言葉を生ぬるい笑みで聞き、覚悟を決めて家を出た。





 秀弥さんは麻布十番まで車を走らせ、駅近くのビル前で私と亮を降ろすと、コインパーキングに車を停めに行った。

 先に店に入ってスタッフに三人と告げると、テラス席に案内される。

 店はビルの七階、八階にあり、お洒落だし料理も美味しそうだ。

 お水を出されたあと、私はメニューを捲りながらボソッと言う。

「……喧嘩売らないでよ」

 亮はしばらく興味なさそうに外の景色を見ていたけれど、私を見て皮肉げに笑った。

「あっちの出方次第だな」

「……秀弥さんは大人だから、喧嘩売らないと思うけど」

 彼の肩を持つと、亮はスッと目を細めた。

 剣呑な目を向けられて一瞬「まずい」と思ったけど、彼は少し私を見つめたあと「はっ」と嘲笑した。

「婚約者だもんな?」

「……そうだよ」

 ――責められている。

 そう感じるけど、もう決めた事だ。

(秀弥さんからのメッセージを見て、どう思っただろう)

 あのあと亮から秀弥さんへの返事はなく、私に対する言葉もなかった。

 私は何を考えているか分からない亮への気まずさから、彼を気遣う言葉を言えず、いつも通り姉として接してしまった。

 私のためなら……と想像を絶する出来事を耐えた彼に、今さら私が何を言うべきなのか分からず、誤魔化したと言ってもいい。

「……亮、あの……」

 とりあえず秀弥さんに事情を話した事を謝ろうとした時、先に彼が話し始めた。

「今、夕貴が考えている事は大体分かる。でもお前が気にする事は一つもないからな」

「え……」

 瞠目して顔を上げると、亮はいつもと変わらない表情で私を見て言う。

「俺についてはお前が責任を感じる事はない。西崎に事情を話したのも、身の上の危険を考えて必要だったからだと分かっている」

 不安に思っていた点について触れられ、私は表情を強張らせて亮を見つめる。

「……そんな顔するなよ。むしろ俺が謝るべきだ。俺のせいで高瀬の粘着が夕貴に向かった。お前や家族に何かあったら、申し訳ないじゃ済まない」

 私は何も言えず、首を左右に振る。

「俺は夕貴に幸せでいてほしい。……その隣に俺がいられるなら、この上ない事だけど」

 そう言われ、私は視線を落とす。

「西崎は俺にとって嫌な奴だけど、ちゃんとした大人なのは先日のメッセージで分かった。俺の事情を知って、ライバルの弱みを知ったらそれを逆手に取るかと思ってた。……でもあいつはそういう事を言わず、あくまで夕貴の婚約者として丁寧に接してきた。……俺はあいつを勝手にライバル視してるけど、一人の大人として話したいと思ってる。……実際話し始めたら、感情的になっちまうか分からないけど」

 亮の胸の内を知り、私はホッと溜め息をつく。

「……ありがとう。……私から勝手に言えないけど、秀弥さんも複雑な事情を持っている人なの。だから他人の痛みが分かる人だと思ってる。ちょっと素直じゃなくて皮肉っぽいところもあるけど、いい人だよ」

 私の言葉を聞き、亮は何か言いかけたけれど、店の入り口のほうを見て「あ、来た」と呟いた。

 そちらを見ると、秀弥さんがスタッフに何か話し、ホールを見回しているところだ。

「秀弥さん」

 私は手を振り、こちらに気づいた彼はスタスタとやってきた。

「待たせたね」

 秀弥さんは私の隣に座り、亮に微笑みかける。

「……いえ」

 それに亮は短く応える。

「夕貴、何にする? 俺はコーヒーでいい。亮くんは?」

「俺もコーヒーでいいです」

「分かった。夕貴は甘い物でも頼んだら?」

「うん」

 私はドルチェメニューを見たあと、ティラミスのパフェを頼む事にした。

 秀弥さんはスタッフを呼んでオーダーしたあと、「さて……」と亮を見て微笑む。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

【R-18】SとMのおとし合い

臣桜
恋愛
明治時代、東京の侯爵家の九条西家へ嫁いだ京都からの花嫁、大御門雅。 彼女を待っていたのは甘い新婚生活ではなく、恥辱の日々だった。 執事を前にした処女検査、使用人の前で夫に犯され、夫の前で使用人に犯され、そのような辱めを受けて尚、雅が宗一郎を思う理由は……。また、宗一郎が雅を憎む理由は……。 サドな宗一郎とマゾな雅の物語。 ※ ムーンライトノベルズさまにも重複投稿しています ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

授かり相手は鬼畜上司

鳴宮鶉子
恋愛
授かり相手は鬼畜上司

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

処理中です...