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夕貴に会いたい

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 彼女は俺を射殺しそうな目で睨んだあと、低い声で言う。

「婚約者を弟に寝取られた間抜けな男が、よく偉そうな事を言えるわね」

「はいはい、言い返せなくなったら今度は煽りか」

 高瀬は常に高圧的な態度をとっているが、俺は特に彼女を怖いともなんとも感じていない。

 彼女が俺を加害するのは不可能だし、社会的な地位を脅かされたなら、こっちもやり返すつもりだ。

 目の前にいるのは家庭環境で傷付き、亮くんに共感して彼を求めたものの、考え方の違いでフラれて傷付き、やけくそになって犯罪行為に走った愚かな女だ。

 正論で説教されて言い返せないものだから、高瀬は屁理屈を捏ね、偉そうに振る舞う事で俺を威圧しようとしている。

(でも俺から見れば、ただ小娘がいきがってるだけなんだよな)

「夕貴さん、自分は被害者ですって顔をしておきながら、実はあなたとも亮とも関係を持ってる、ただの淫乱女じゃない。亮に一途な私のほうがずっとマシだわ」

「夕貴は男をレイプしてないけど」

「亮があなたに私の事を言ったと思えないから、どうせ夕貴さんから話を聞いたんでしょう? その話にどれだけの補正が掛かっていると思う? あの女は二人とも手放したくないものだから、被害者を演じて二人にいい顔しているだけでしょう?」

「夕貴が俺に嘘をつく必要はないんだよ。逆に高瀬さんが今まで語った事が、すべて真実だという証拠はどこにある? 君が口先で何をどれだけ言おうが、亮くんが君を避け、夕貴を想っているのは事実だ」

 そのあと彼女は黙り込み、俺が何を言っても反応せず、デザートまで綺麗に食べてから「ごちそうさま」も言わずに帰っていった。

 個室に残された俺は溜め息をつき、髪を掻き上げる。

(あまりにも話が通じないから途中からこっちも言い返しちまったが、悪い結果にならないといいが)

 どう見ても納得してくれたように見えないので、不安になるのは仕方がない。

 もう一度溜め息をついた俺は、夕貴にメッセージを入れた。

【すまん。高瀬と話を試みたが、平行線のままだった。辛抱強く話してみたつもりだが、かえってキレさせたかもしれない】

 画面を見ていると、少ししてから既読がつき、夕貴からの返事がくる。

【お疲れ様です。話してくれただけでも御の字だよ。ありがとう】

 返事はそれだけだが、三年の付き合いなので、彼女が必死に言葉を考えているのは分かっている。

 夕貴は人を傷つけないように、一生懸命言葉を選ぼうとする。

 話す時も考えながらゆっくり話すので、人によってはテンポが遅いと思われがちだが、俺は彼女の穏やかなリズムが好きだ。

 勿論カッとなる時もあるけど、あとになってから「あんな事言わなければ良かった」と後悔するタイプで、もっと気楽に生きればいいのにと思うが、夕貴のそういうところを好ましく思っている。

(夕貴に会いたい)

 溜め息をついた俺は、デザートを食べてからお茶を飲み、個室を出た。



**



 私は仕事が終わったあと、会社近くの居酒屋で志保と話をしていた。

 彼女には少し事情を話してしまったため、会話内容のほとんどは奈々ちゃんに関する事だった。

 居酒屋に入って最初の一杯を頼んだあと、志保は前のめりになって聞いてくる。

「で、例の人の事、詳しく教えて! いや、好奇心もあるけど、また迷惑を掛けたら申し訳ないから」

「うん……」

 私はカシスオレンジを飲んでから、肝心なところはぼかして語り始める。

「……奈々ちゃんが亮と友達だったのは事実なんだけど、二人の間には行き違いがあったの。亮は彼女を友達にしか思っていなかったけど、奈々ちゃんは男として見てしまった。……それで、詳細は言えないけど家庭の事情でつらい想いをしたのもあって、彼女は亮にかなり固執していたみたい」

「あー、すれ違いと依存ね……」

 志保はうんうんと頷いてビールを飲む。

「亮は他に好きな人ができたんだけど、奈々ちゃんはこじらせてしまって、中学生の初恋を今も引きずっているの。途中で亮を怒らせて絶交に近い形になったけど、それでも諦めきれず……。その感情が継姉になった私にも向いて、敵視されてしまっている感じ」

「あー……」

 志保は顔を歪め、深く納得したという様子で何度も頷いた。

「厄介なのに巻き込まれたね。……惑わされちゃって本当にごめん」

 手を合わせて謝る志保に、私は「ううん」と首を横に振る。
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