上 下
44 / 96

迎え

しおりを挟む
 考え事をしながら荷物を詰めた私は、秀弥さんに連絡を入れた。

【準備ができました】

【分かった。迎えに行くから待ってろ】

 すぐに秀弥さんから連絡があり、私は玄関ホールにある椅子で待つ事にした。

「心配しないで。車で十分もかからないし、歩いても三十分ぐらい。すぐ近くにいるから」

「分かったわ。……でも、お嫁に出す予行練習だと思うと、やっぱり寂しいわね」

 私と母が話しているのを、階段に座った亮が聞いている。

 ほどなくしてチャイムの音が鳴った。

「じゃあ」

 玄関のドアを開けると秀弥さんが立っていて、彼の顔を見た瞬間、ホッと安堵した。

 その頃には上から父も下りていて、正式な挨拶の前に全員が顔を合わせる事になる。

 秀弥さんは急な事だったにも拘わらず手土産を用意したらしく、母に紙袋を渡した。

「初めまして、西崎秀弥と申します」

 私を迎えにくるだけなのに、秀弥さんはちゃんとスーツに着替えていた。

「初めまして、夕貴の母の美佐恵です」

 母は微笑んで挨拶をし、そのあとに父と亮も同様にする。

 亮の秀弥さんへの態度が怖かったけれど、一応普通にしてくれて安心した。

 けれど二人は少しの間、探るように見つめ合い、その〝間〟が怖い。

「本当はきちんと時間をとってご挨拶すべきなのに、申し訳ございません」

「いいえ、夕貴が危険な目に遭っている時に、助けてくださってありがとうございます」

 どうやら秀弥さんの第一印象はとてもいいみたいで、母はニコニコして応対している。

 彼は家族たちに名刺を渡したあと、「今日は遅いのでまた日を改めて」と私のスーツケースを持った。

「じゃあ、いってきます」

 私は家族に手を振り、最後に亮を見て――、サッと視線を逸らし、家を出る。

 亮の側にいて寄り添ってあげたいのに、自分にその資格があるのか分からない。

 本当はもっとゆっくり考えて、亮にどう接するべきか見極めるべきだ。

 けれど差し迫った危険を理由に、私は正しい対応ができたか分からないまま、彼から離れようとしている。

(それに、秀弥さんを選んだ私が今さら何を? ってなるし……)

 車の前で立っていると、トランクにスーツケースを載せた秀弥さんが「乗れよ」と声を掛けてきた。

「あっ、う、うん」

 私は慌てて助手席に乗り、シートベルトを締める。

 ほどなくして車は発進し、一路秀弥さんのマンションへ向かう。

「……かなり思い詰めてるな」

 秀弥さんに言われ、私はコクンと頷く。

「……頭の中、ゴチャゴチャになっちゃって……」

 私は溜め息をつき、シートに身を預ける。

「メッセで書いてた〝複雑な話〟って、俺は知らないほうがいい事?」

 そう聞かれるのは当然だ。

 身の危険を感じて秀弥さんの家に避難するぐらいだから、彼だって可能な限り詳細を聞きたいに決まっている。

「……亮の……、プライドに関わる事で……」

 かろうじてそう言うと、秀弥さんは少し考えたあとに提案してきた。

「その様子をみると、かなりこじれた秘密の話なんだろう。俺が以前に言った、自分の〝隠し事〟みたいにな」

 ズバリ言い当てられ、私はピクッと肩を跳ねさせる。

「……とりあえず、話してみないか? 知ったとしても悪いようにはしない。確かに俺は今まで亮くんに嫉妬してたけど、同時に面白がってもいた。でも、夕貴が抱えている話を聞いたとしても、絶対にそれをダシに彼をからかったりしないし、お前が軽々しく人の秘密を漏らした奴と思わせたりもしない。お前たち姉弟を尊重すると誓う」

 彼らしい言葉を聞き、私は知らずと安堵の息を吐いていた。

「今、最も大切にすべき事は、その高瀬っていう危険人物からお前を守る事だ。今は相手が明確な犯罪行為を行わない限り、被害届けすら出せない状態だ。亮くんの学生時代の友人が自宅の場所を知っていても、その関係性を理由に会社を訪ねてきても、犯罪とは言えない。一から十まで、お前たち側の主張で構わないから、状況説明をしてもらわないと、俺も考えたくても考えられない」

「……そうだね」

 秀弥さんに会えて安心し、彼の言葉を聞いて納得した私は、事情を話す事にした。

「マンションについたら、ゆっくり話す」

「分かった」

 決意した私は、心の中で亮に「ごめんね」と謝った。



**
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初恋の人と婚約したら、彼の恋人から「婚約を破棄しなさい」と言われました。

ほったげな
恋愛
初恋の人・ロマーノと婚約した私。しかし、ロマーノの婚約者だという女性から「婚約破棄しなさい」と言われ、婚約破棄することに…。

ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話

かし子
BL
貴族が絶対的な力を持つ世界で、平民以下の「獣人」として生きていた子。友達は路地裏で拾った虎のぬいぐるみだけ。人に見つかればすぐに殺されてしまうから日々隠れながら生きる獣人はある夜、貴族に拾われる。 「やっと見つけた。」 サクッと読める王道物語です。 (今のところBL未満) よければぜひ! 【12/9まで毎日更新】→12/10まで延長

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

魔王さんのガチペット

メグル
BL
人間が「魔族のペット」として扱われる異世界に召喚されてしまった、元ナンバーワンホストでヒモの大長谷ライト(26歳)。 魔族の基準で「最高に美しい容姿」と、ホストやヒモ生活で培った「愛され上手」な才能を生かして上手く立ち回り、魔王にめちゃくちゃ気に入られ、かわいがられ、楽しいペット生活をおくるものの……だんだんただのペットでは満足できなくなってしまう。 飼い主とペットから始まって、より親密な関係を目指していく、「尊敬されているけど孤独な魔王」と「寂しがり屋の愛され体質ペット」がお互いの孤独を埋めるハートフル溺愛ストーリーです。 ※第11回BL小説大賞、「ファンタジーBL賞」受賞しました!ありがとうございます!! ※性描写は予告なく何度か入ります。 ※本編一区切りつきました。後日談を不定期更新中です。

令嬢スロート

桃井すもも
恋愛
世の中は勝手ばかりだわ。 殿方は、財と名誉が己の価値と思ってる。令嬢など、ストローだと思ってる。生家から金銭と権力を吸い取る媒体だと。 私はストローなどではないわ。スロートよ! ❇例の如く、100%妄想の産物です。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。

伯爵令嬢は婚約者として認められたい

Hkei
恋愛
伯爵令嬢ソフィアとエドワード第2王子の婚約はソフィアが産まれた時に約束されたが、15年たった今まだ正式には発表されていない エドワードのことが大好きなソフィアは婚約者と認めて貰うため ふさわしくなるために日々努力を惜しまない

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

虐げられた黒髪令嬢は国を滅ぼすことに決めましたとさ

くわっと
恋愛
黒く長い髪が特徴のフォルテシア=マーテルロ。 彼女は今日も兄妹・父母に虐げられています。 それは時に暴力で、 時に言葉で、 時にーー その世界には一般的ではない『黒い髪』を理由に彼女は迫害され続ける。 黒髪を除けば、可愛らしい外見、勤勉な性格、良家の血筋と、本来は逆の立場にいたはずの令嬢。 だけれど、彼女の髪は黒かった。 常闇のように、 悪魔のように、 魔女のように。 これは、ひとりの少女の物語。 革命と反逆と恋心のお話。 ーー R2 0517完結 今までありがとうございました。

処理中です...