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支えになりたいな

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「よく分からないの。会社にまで男の人が来ているみたいで、受付の人から上司づたいに連絡があった。だから今までも気をつけていたんだけど、だんだん怖くなってきて、秀弥さんに相談したら『うちにおいで』って言ってくれて……」

 それを聞き、両親は顔を見合わせる。

「西崎さんとは結婚するんだし、反対はしないわ。でも、警察には言ったの?」

 母に尋ねられ、私は世間的に言われている事を口にした。

「実被害がない限り、動けないと言われた。対面被害や、うちのポストに何かを入れられるとかがあったら、被害届けを出せるけど……、何もないのに『ストーカーされていると〝思うので〟なんとかしてください』って言っても、警察も困るでしょ?」

「確かに……」

 父が言い、しばらく黙ったあと頷いた。

「じゃあ、結婚を前提にした同棲という事で許可しよう。特別な状況だから、挨拶前だという事は不問に処す。一時的なものだと思っているだろうけど、まだ結婚前だから生活費に関わる事はしっかりしておく事」

「はい」

 許可を得られてホッとした私に、母が微笑みかけてきた。

「つらいと思うけど、苦しい時こそ、いい事の種があると思って。この同棲を機に、結婚しても後悔しないように、お互いを知っておくのがいいと思う」

「そうだね」

 私も微笑み返し、立ちあがった。

「じゃあ、荷物を纏める。完全な同棲にするつもりはまだないから、とりあえず必要な着替えとかを。ちょくちょく家には帰るから、心配しないで。ストーカーの様子を見ながら、今後の事を考えていく。あと、秀弥さんとの挨拶は予定通りするから」

「わかったわ」

 頷いた母に微笑み、私は「それじゃあ」と言ってリビングを出て階段を下りた。

 一階にある物置から自分のスーツケースを出し、二階までエレベーターで運ぶ。

 廊下を歩いていると、亮が自分の部屋から半身を出して私を見ていた。

「……どこか行くの?」

 尋ねられ、私はスーツケースを床に置いて答える。

「……秀弥さんに、奈々ちゃんから敵意を向けられた事を話して、亮の過去の事は詳しく言ってないけど、ちょっと執着されたらまずそう……って相談した」

「確かに、一理ある」

 亮は溜め息をついて頷く。

「……俺が守ると言っても、俺と一緒にいるほうがあいつは逆上するだろうな。家も知られているし、家族を巻き込まないためにも、その選択は正しいかもしれない」

 彼は淡々と言ったあと、壁に手をついて私を見下ろしてきた。

「……だけど、これであいつに渡した訳じゃないし、負けを認めた訳でもない」

 その言葉には何も言えず、私は「準備しないと」と言って亮の腕の間をすり抜けた。

 さっきの今で、亮とどう向き合うのが正解なのかわからない。

 胸の中には言いたい事が沢山あるのに、口から言葉として出した瞬間に、とても陳腐なものになってしまいそうで怖かった。

 荷物をスーツケースに詰めていると、途中から母がきて手伝ってくれた。

「もう少し別の形で夕貴ちゃんを送りだしたかったけど、仕方がないわね」

「人生、思うようにいかないもの」

「そうね。私だって何回も、お父さん……泰久やすひささんが生きていたら、って思ったわ。お父さんの事は今でも愛しているし、とても会いたい。……でも過去には戻れない。その時その時、考えられる最良の選択をしていくしかないんだわ」

 痛みを堪えた笑みを浮かべる母を見て、誰にだってそれぞれの苦しみがあるのだと感じた。

 秀弥さんの身に起こった事は酷い。

 亮が隠していた事は想像を絶する出来事だった。

 愛する夫を亡くした母の悲しみだって、計り知れない。

 彼らの事を思えば、私の悩みなんてちっぽけなものだろう。

 でも、そんな事を言えば、私の大切な人たちは「違う」と言うに決まっている。

「苦しみに優劣なんてつかない。人それぞれ許容量の大小があり、苦しみの感じ方も違う。夕貴が『つらい』と思う出来事があるなら、『つらい』でいい。他人と比べる必要なんてない」と。

 誰にも相談できない環境で耐え続けた秀弥さんも、亮も凄い。

 凄いけど、でも……。

(支えになりたいな)

 ごく自然に沸き起こったのは、そんな思いだった。

 どちらの、という訳じゃない。

 私を想ってくれている人が苦しんでいる時に、側にいられないのはつらい。

 たとえ彼らが自身に降りかかった出来事を恥じ、誰にも言いたくないと思っていたとしても、私はすべてを受け入れたい。

 秀弥さんは婚約者で、亮は弟。

 私はもう十分すぎるほど二人に関わっている。

 救いたいなんて、おこがましい事なんて考えない。

 大切だからこそ、ただ側にいて寄り添っていたい。

 人はつらい事があった時、視野が狭くなり「自分だけがこんなにもつらい」と思ってしまう。

 誰にも言えない事こそ、とてつもない孤独を感じるはずだ。

 私は側にいるしかできないけれど、それだけでも「一人じゃない」と思ってくれると信じている。
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