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焦りと誤算

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『私を見てよ』

 そう言われても、高瀬の顔なんてもう見たくない。

 黙って立っていると、彼女は俺の腕を掴んで必死に言う。

『ねぇ、付き合おうよ。深い仲になったんだし、私たち以上にお似合いの二人はいないよ? 先輩たちは遊びだったし、二人になれた今こそ……』

 彼女がそこまで言った時、俺は冷たい目で高瀬を見下ろした。

『もう俺に関わるな』

『……え?』

 高瀬は微笑んだまま表情を固め、しばし黙って俺を見つめた。

『これ以上、お前の顔を見たくない』

『…………だ、だって……』

 高瀬は笑顔を引きつらせている。

『仕方ないからあと二年我慢するけど、卒業したら他人として振る舞ってくれ』

 そう言ったあと、俺は高瀬の返事を待たずに歩き始めた。

 しかし彼女は、俺の言葉を勘違いしたようだった。

 同じ学校に在籍し続けるなら、〝友人〟として振る舞っていてもいい。

 そう解釈した高瀬は、俺の機嫌を損ねないよう距離感を修正しつつ、同じ大学に入れるよう受験勉強の追い込みを始めた。

 いっぽうで高校三年生の八月に、夕貴が二十歳になった。

 両親が家でお祝いの計画を話していた時、『どうせならバーでゆっくり時間を気にせず飲みたいね』と言っていたのを耳にした。

 チャンスだと思った俺は、お祝いの食事会が終わってあと、あらかじめリサーチし、買っておいた指輪をプレゼントした。

 もっと高価な指輪も買えたが、何十万もする物だと夕貴がつけなくなる恐れがあると思い、なるべく値段を抑えたつもりだった。

 なのに夕貴は本物の宝石だと知ると、目をまん丸にして驚き、指輪を何度見もしていた。

 その姿がとても可愛くて、こんな指輪でいいなら幾つだってプレゼントしたくなった。

『つけてやるよ』

 俺は彼女の手を握る。

 特別な意味を込めて指輪を選んだが、夕貴の中でいまだ俺は〝弟〟で、これも〝家族からのプレゼント〟でしかない。

『ほっせぇ指』

 だから俺が男で、夕貴が女だと自覚させる言葉を選び、左手の薬指に指輪を嵌めた。

 ――ざまぁ見ろ。俺が一番乗りでこの指に指輪を嵌めてやった。

 俺はいるかも分からない恋敵を心の中で罵り、ほくそ笑む。

『ちょっと、この指って駄目でしょ。人差し指とか……』

 リングを嵌められたのがどの指か気づいた夕貴は、焦って外そうとする。

 ――少しぐらい、その指につけていてくれよ。

 そう思った俺はとっさに彼女の手をとり、その甲に口づけた。

 普通の〝弟〟ならしない行為に、さすがに鈍い夕貴も何かを感じたようだ。

 驚いた彼女は固まり、拒絶される前に俺は会話を続ける。

『嬉しい?』

『う……嬉しい。ありがとう』

 照れ隠し半分に言う表情が可愛くて、頭を撫でたらプリプリと怒り、それも可愛い。

 夕貴は俺の癒しだ。

 そのあと彼女は案の定、身の丈に合わない物をもらったからと、お礼をすると言い出した。

『欲しい物とか、してほしい事があったらいつでも言って。食べたい物があったら修行中だけど頑張る』

 ――その言葉を待っていた。

 常識的で義理堅い彼女ならそう言うだろうと思って、贈り物もジュエリーを選んだ。

 ここまで思い通りに運んだなら、言うべき言葉は一つだ。

『……じゃあ、一つ言う事聞いてくれる?』

 そう言ったなら、夕貴が快諾するのは分かっていた。

 でも、こう返されるとは思っていないだろう。

『キスして』


『キスした事がないんだ。遅れてるって思われるのが嫌だから、練習させて』

 こう言ってしまったのは、自分の恋愛経験のなさからだ。

 六年経った今なら、もっと他にあっただろうと思うが、あの時はそれぐらいしか考える事ができずにいた。

 田町たちから解放された俺は、とにかくまっすぐ夕貴を想い、彼女から愛し返される事を求めていた。

 あのことがあったから、俺は余計に夕貴を神聖化し、女神か聖女かと思うほど心の中で崇めていたのだ。

 平時通り生活を送り、あれこれ策略を練る思考の余裕はあっても、心の奥底では常にトラウマと焦燥感に襲われ、『早く夕貴に愛されたい。幸せになりたい』と願っていた。
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