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女神

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『熱、測って』

 夕貴は体温計を差しだしてくる。

『……父さんと母さんは?』

『昨日の夕食に言ってたの忘れた? 今日は演奏会に行くって』

 ――じゃあ、二人きりか。

 夕貴と二人になれたと思っただけで、褒美を与えられたような気持ちになった。

 途端に、半分自棄も混じった大胆な気持ちに駆られる。

『……だるいから、腋に挟んで』

 俺は羽根布団を押しのけてTシャツを捲り上げ、胸板や腹筋を目にした夕貴は、サッと顔を逸らした。

 あいつらとは正反対な純粋な反応に、俺の胸の奥で嗜虐心が疼く。

『……ご飯は?』

 俺の腋に体温計を挟んだ夕貴は、羽根布団を掛けてから尋ねてくる。

『何かあるの?』

『私もさっき塾から帰ってきたところだから、お望みの物があるなら作るよ。……りょ、亮には敵わないかもしれないけど、最近少しずつ色んな料理を練習してるんだから』

『……じゃあ、お粥がいい』

 熱があると確信している俺は、子供のように甘ったれた事を言う。

 その時、ピピッと電子音が鳴り、体温計を見ると三十八度六分の熱があった。

『お風呂……は、だるくて入れない? 濡れたままだし……』

 熱があると知った夕貴は、途端におろおろし始める。

 それが可愛くて、俺は少し意地悪を言ってみた。

『じゃあ、姉ちゃんが風呂に入れて』

『ばか』

 羽根布団をポスッと叩いた彼女は、部屋を出て、すぐにバスタオルとお湯で濡らしたタオルを手にして戻ってきた。

『お風呂には入れてあげられないけど、上半身を拭くぐらいならしてあげる』

 そのあと、冗談を真に受けた夕貴は恥ずかしがりながらも俺の体を拭き、髪の毛が抜けないように丁寧に頭を拭いてくれた。

『少しはスッキリした?』

『ん、……ありがと』

『じゃあ、お粥作ってくるからちょっと待ってて』

 両手にタオルを抱えた夕貴が立ち去ろうとした瞬間、俺は彼女の腕を思いきり引いて抱き寄せた。

『わっ……』

 バランスを崩した夕貴は、俺の体の上に倒れ込む。

『ごっ、ごめん! 重たいでしょ! すぐにどくから』

 慌てた夕貴は立ちあがろうとするが、俺は彼女の体を布団越しに抱き締めて離さない。

『亮?』

『……ちょっとだけ、このまま』

『でも……』

 不安げな声を漏らし、弱く抵抗する夕貴に、もう一度頼み込んだ。

『お願い』

 そう言われて、夕貴は観念したみたいだった。

『上になってると苦しいだろうから、体勢を変えさせて』

 彼女はそう言ったあと、布団を捲って潜り込み、ギュッと俺を抱き締めてきた。

『……具合悪いと、心細くなるよね』

 ボソッと言った夕貴は、俺を抱いた手でトン、トン、とゆっくり背中を叩いてくる。

 きっと彼女は、俺が体調の悪さから母性を求めて、甘えたがっていると思っているのだろうか。

 子供のようにあやされて『ちょっと違う』と思ったものの、彼女の体温が気持ちよくてされるがままになっていた。

 目を閉じると、俺と夕貴の心臓の音が聞こえ、彼女のぬくもり、香り、乳房の柔らかさを感じる。

 同じ女の体でもあいつらにはうんざりしているのに、相手が夕貴だと思うとすべてが神聖に思える。

 あいつらに触れられると『支配されている』と感じるのに、夕貴の体は『守りたい』と感じさせてくれる。

 彼女に触れていると、狂ってしまった様々なものが、正常な位置に戻るように思えた。

 ――間違いない。

 ――夕貴こそ、俺の女神だ。

 ――彼女を守るために、強くならなくては。

 ――これぐらいの困難、本当の愛のためなら乗り越えられる。

(だから……、今は少しだけ夕貴を感じさせて)

 心の中で呟いた俺は、熱でボーッとしたまま彼女の体に身を預け、そのまま寝落ちしてしまった。
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