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俺を哀れむな

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 ハッとした時、亮はベッドから下りて部屋の出入り口まで向かい、三階に向かって声を張り上げた。

「一緒に映画見てる。感動しちゃってるみたい」

「そうなの」

 母は亮のとっさの嘘を信じ、楽しそうな声で返事をして戻っていった。

 亮はゆっくり歩いて私の隣に腰かけ、ふはっと気が抜けたように笑う。

「美佐恵さん、平和な性格してていいよな。本当はとても心配性で、ずっと夕貴を気に掛けていた。でも『もう一人で頑張らなくていい』って親父から何度も言い聞かせられて、必要以上に頑張るのをやめたみたいだ。……俺はそれでいいと思ってる」

 その言い方は、まるで自分の身に起こった事を、両親が気づかなくて良かったと言う口ぶりだ。

 目を潤ませて彼を呆然と見ていたからか、亮は私の涙を拭って言った。

「俺を哀れむな」

 そう言われ、ハッとする。

 亮はまっすぐな強い目で私を見つめ、言い聞かせた。

「俺はもう自分を哀れむのをやめた。あれはもう通り過ぎた出来事で、今の俺には金も社会的地位も権力も、強い肉体もある。あいつはまた俺とセックスできると思ってたみたいだが、そんな機会は金輪際ない。大学までついて来られると思っていなかったから、在学中は我慢したが、卒業した時に『二度と会わない。次に目の前に姿を現したら許さない』と伝えた」

 それを聞いて、秀弥さんの言葉を思い出した。

『そういう奴ほど、あとがないぐらい追い詰められてると思うぜ』

 これも、秀弥さんの言うとおりだ。

 奈々ちゃんは亮に近づく理由を失い、破れかぶれになっている。

「……多分あいつ、夕貴をつけて会社を調べて、友達のフリでもして結婚の話を知ったんだろう。俺の事もずっとストーキングしてたから、それぐらい朝飯前だと思う。調べるうちに、夕貴が西崎と結婚秒読みって知ってキレたんだろ」

 私は奈々ちゃんを被害者と思っていたけれど、現実は真逆だった。

「……二十歳の誕生日にもらったネックレス、あれ、奈々ちゃんと買いに行った? 亮は見せつけるように私へのプレゼントを買って、彼女に何も贈らなかったから、奈々ちゃんは自力で同じブランドのペンダントを買ったって言ってたけど……」

 それを聞いた亮は、呆れたように大きな溜め息をついた。

「大学時代は完全にあいつを嫌って避けていた。一緒に行動なんてしねぇよ。大方、俺が買い物に行くのをつけて、夕貴へのプレゼントだと察して悔しがってたんだろ。ただの当てつけだよ」

 真実を聞いて私は安堵の溜め息をつき、素直に謝った。

「……疑ってごめん」

「いいよ。俺はこの事を言わなかったし、指摘されるまで言うつもりもなかった。……だから先に高瀬から言われた事を鵜呑みにしても、ある意味仕方ないと思ってる」

 こんな時まで、亮は私を責めない。

 私の愛は欲しがるけど、それ以外については私に負担を掛けさせないよう、自分が犠牲になってでも守ろうとしてくれる。

(……だからずっと、亮が見えない手で守ってくれているような感覚があったんだ)

 私は溜め息をつくと涙を拭い、心に引っ掛かった事を尋ねた。

「……そんな目に遭って、どうして訴えなかったの? ……犯罪行為なのに」

 ごく当たり前の事を尋ねたけれど、亮は応えなかった。

 不思議に思って彼を見ると、まっすぐに私を見つめている。

 その視線が答えだった。

「…………私の、……せい?」

「『せい』っていうのやめろ」

 亮はポンと私の頭に手を置き、ワシャワシャと撫でる。

「俺がどんな形であれ〝抵抗〟したら、お前はすぐに男たちに犯されてただろう。学校でやられたら、その〝瞬間〟に駆けつけられない。あとからそいつらを訴えるとしても、夕貴が負った心の傷はどうする事もできない。……なら、大人しくしておくのが賢明な判断だ」

「~~~~っ、ごめ…………っ」

「謝るな。俺が〝可哀想〟で〝犠牲〟になったみたいだ」

 謝りかけたけれど、亮は謝罪させてくれなかった。

「俺は自分の意志でそうすると決めた。お前が謝る必要はない。……言うなら、『ごめん』じゃなくて『ありがとう、愛してる』って言ってくれよ」

「…………っ」

 そのささやかな望みすら叶えてあげる事ができなくて、私はボロボロと涙を零し続ける。

「……男として愛せないなら、……せめてずっと側にいてくれよ」

「~~~~っ、ぅ、――――うぅっ……」

 それすらもできず、私は両手で顔を覆って静かに嗚咽する。
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