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イタい女

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「亮、どうしてますか?」

 奈々ちゃんは私の隣に座り、話しかけてくる。

「あ……、相変わらず……、かな」

 亮の名前が出てドキッとしたけれど、私は動揺を表に出さず返事をする。

 友達だから当たり前なのに、奈々ちゃんが亮を呼び捨てにしているのを聞いて、モヤッとしてしまった。

「そっか……。相変わらず、ね。…………〝相変わらず〟お姉さんの事が好きなんですね?」

「えっ?」

 いきなり核心を突かれてギクリとすると、奈々ちゃんは私を見てニヤリと笑った。

「亮に気持ちよくしてもらってます?」

「ちょ……っ、な、何言ってるの!?」

 私は声を潜め、周囲の人を窺う。

 でも皆それぞれイヤフォンを耳にし、スマホに夢中になっている。

 安心したものの、目の前にいる彼女は私と亮の関係を知っているのだと直感して、心臓がバクバクと嫌な音を立てて鳴った。

「どうして……」

 思わず呟いた私を見て、彼女は意味ありげに微笑む。

「私、亮とは中学生からずっと同じ学校だったんです。……彼の事が好きだったから、高校も同じところに行ったし、大学受験だって同じ大学に入るために頑張りました。……学部だけは、自分の就職を考えないとと思って、別の所にしましたけどね」

 彼女の想いを教えられ、私は何とも言えず瞠目するしかできない。

「亮の初体験の相手、……知ってます?」

 そう尋ねてくる彼女から、悪意を感じる。

 黙っていると、奈々ちゃんは私の耳元で囁いた。

「彼、モテるから、高一の時には美人な先輩に迫られて、断れずに関係したみたいです。それから、年上のお姉様方に随分可愛がられたみたい」

 亮の初めての相手――、〝練習〟の相手は自分だと思い込んでいた私は、鈍い胸の痛みを我慢する。

 ――私、イタい女だ。

 ――『初めての相手』なんて嘘に決まってるのに、亮に好かれてるって信じ込んでた。

 ――亮も私も初めて同士で、彼には私しかいないって思い込んでた。

 ――あんな格好いい人、他の女性が放っておく訳がないのに。

 ――っていうか、秀弥さんを選んだはずなのに、なにガッカリしてるの!

 奈々ちゃんは私の反応をじっくり見てから、口角をつり上げる。

「私も亮とたーくさんエッチしましたよ。〝練習〟って言われましたけどね。練習でもなんでも、彼とヤれるなら何でも良かったんです」

 悪魔のような言葉を囁かれ、これ以上聞きたくないと思った私は、この場から立ち去りたい気持ちに駆られる。

 唇を引き結んで黙っていると、奈々ちゃんは綺麗な顔に憎悪を宿して言った。

「それもこれも全部、大好きなお姉さんとするための〝練習〟だって言ってました。『夕貴以外の女は女に見えない』とまで言われました。ずっと側にいて、何回も『好きだ』って告白している私に対して、そんな事を言うんですよ? 酷くないです?」

 そんな事言われたって、過去の亮の言動まで責任を持てない。

「このペンダント」

 そう言って、奈々ちゃんは胸元のオレンジの石をチャラっと弄んだ。

「亮が『買い物に付き合ってくれ』っていうから、期待してついていったんです。宝石店に入るものだから私へのプレゼントかと思っていたら……。彼は高額なネックレスをお姉さんのためにポンと買っていた」

 二十歳の誕生日の時にもらったジュエリーを思いだし、私はいたたまれない思いに駆られる。

「だから、私は社会人になってからお金をためて、同じ店で誕生石のペンダントを買いました。ちょっとでも亮にプレゼントしてもらった気持ちになるために、頑張ったんですよ?」

 奈々ちゃんの、無邪気な笑顔が怖い……。

「そんな感じで、亮はモテたし私の大好きな人です。そんな彼が愛しているお姉さんって、どんな人かなー? って何回も顔を見に行きました。なのにあなたは私の気持ちを知らず、のほほんと幸せそうな顔をして……」

「……し、知らない。……私、二十歳の時まで亮の気持ちも何も知らなかった。……そんな言い方されても、何も言えない」

 彼女を睨んで言い返すと、奈々ちゃんは嘲笑するような表情で私を見た。

「あーあ、いいですね。何も知らないところで綺麗でいられて。……同じ会社の上司と付き合っているんですって? その上司さんもイケメンでモテてる人とかで……」

 秀弥さんの事まで知られていて、私は本格的に彼女に恐怖を抱いた。

 立ちあがった奈々ちゃんは、私を見て凄絶な笑みを浮かべた。

「あんたなんて死ねばいいのに。男にまわされて、知らない男の子供でも孕んで、亮からも上司からも捨てられればいい」

 無機質な笑みを浮かべて私を凝視する彼女は、まるで爬虫類のようだ。

 信じられない言葉を掛けられて呆然としていると、奈々ちゃんは何も言わずにヒールの音を立てて立ち去っていった。

(……なんだったの……)

 まるで嵐が訪れて周囲一帯を蹂躙し、去っていったようだ。
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