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根性据わってていいんじゃないか?

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 翌日の仕事帰り、私は秀弥さんとイタリアンバルで食事をした。

「家族に言った?」

 ビールを飲む秀弥さんに尋ねられ、私は溜め息をついて白ワインが入ったグラスを置く。

「両親は喜んでくれた」

「それは良かった。……で? 両親〝は〟喜んでくれたんだろ? 弟クンは?」

 秀弥さんは意味深な言い方をして笑う。

 亮の話題になり、私はあの悪魔の笑顔を思い出して溜め息をついた。

(シラフじゃやってらんない)

 そう思った私は、グラスに残っていたワインをゴッゴッゴッ……と飲み干して言う。

「……脅された」

「へぇ? 何て?」

 亮の反応を知っても、秀弥さんはまったく動揺せず楽しげだ。

 こういうところ、大物だなぁ……。

 過去に物凄い地獄を見たから、そうなったと知っていても、今は色んな事を飄々と受け止められているから、そうなったまでの努力と過程が凄い。

 そんな大物の前にいると、亮に脅されて怯えてしまった自分があまりに小物に思える。

 私はカルボナーラをクルクルとフォークで巻いて食べ、返事をする。

「『何て?』って言われても……」

 言いづらそうにしている私を見て、秀弥さんはニヤリと笑った。

「面白そうだから言えよ。……それとも、ベッドで無理矢理聞かれたいか?」

 後半は声を潜めて言われ、私は赤面して彼を睨む。

「……ドン引きするよ?」

「いいよ。言えよ」

 やだなぁ……。

 私は溜め息をつき、フォークでプスッとパンを刺してチーズを纏わせながら言った。

「……結婚には反対しないって」

「ふーん。……でも?」

「……でも、新居に上がり込んで、秀弥さんがいない間に私を……おか……、抱くって。そのためなら、表向きニコニコしていい弟を演じるって」

「はっ……はははっ!」

 秀弥さんは声を上げて笑い、私は目をまん丸にして彼を見る。

(ドン引き案件なのに、なんで笑うの!?)

「ふっ……、ふふっ。……あー、……っかし……」

 彼は笑いながら、マルゲリータを一切れ取る。

「なかなかじゃん。根性据わってていいんじゃないか?」

「良くないよ! …………普通じゃない……」

 亮をあそこまで追い詰めたのは私だけど、こうなると思っていなかった。

「まー、俺だって〝普通〟じゃないし、お互い様だろ。夕貴は〝そういうの〟を惹きつける体質なのかもな」

 秀弥さんは明るく笑ってピザを食べる。

 そんな彼を見て、しみじみ思った。

(……大物だなぁ……)

 彼が課長補佐になったのは、〝上〟に気に入られてだ。

 仕事ができるのは勿論だけど、邪魔者を排除してのし上がったってのもある。

 彼は会社では〝爽やかな西崎さん〟を徹底しているので、決してどす黒い本性を出さない。

 でも笑顔で周囲を味方にした秀弥さんは、皆が煙たがっている人をそれとなく辞めさせたり、異動させていた。

 セクハラする人や、人に仕事を押しつけて平気な顔をする人、機嫌が悪い時に八つ当たりして、職場の空気を悪くする人……などが、企画部からさよならしていった。

『西崎さんって、いい人だけど敵に回したら終わりだよね』

 陰でそう言われているのを聞いた事はある。

 でも秀弥さんが時間を掛けて職場を改革して、とても働きやすくなったのは確かなので、彼を好意的に見ている人はとても多い。

 そうやって地固めして味方を増やしていったので、彼に逆らう者はいなくなった。

 秀弥さんと親しくなったあとに話を聞けば、『クソ上司や非効率な働き方が気に入らなかったから』と、何ともシンプルな答えが返ってきた。

 彼には一度決めたら絶対に遂行する意志の強さがあり、実行力もある。

 人当たりが良く仕事ができる〝凄い人〟なのに、秀弥さんは自分の懐に誰も入れなかった。

 そんな彼にアピールする女性は大勢いたけれど、鉄壁の防御を前に次々と破れていったらしい。

 それがなぜか私に白羽の矢が当たり、ズブズブな関係になってしまったのだけれど。

 ピザを食べ終えた彼は、ニヤニヤ笑いながら言う。

「お前は男の嗜虐心を刺激する性格をしてるんだよ。美人なのにいつも俯いてるから、暗いオーラが出てる。幸薄そうっていうのかな。加えて胸はでかいし体つきがエロい。そういう女に言う事を聞かせて、自分色に染めたい男が大勢いるんだよ。俺みたいに」

 私にとっては褒め言葉じゃないのに、彼は自分の彼女を誇るように言う。
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