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ひどい女

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「あのね、話があるんだけど」

 ある日の夕食後、私は家族が席を立つ前に話を切り出した。

「どうしたの? 夕貴ちゃん」

 母は私を見て微笑み、父も亮も「なんだ?」という顔で私を見る。

「結婚したいと思っている人がいるの」

「本当!?」

 母はパァッと表情を明るくさせ、父も驚いたあと笑顔になる。

 ただ、思っていた通り、亮だけは真顔のままだった。

 彼は私を無言で私を見つめ、その目の奥にどす黒い感情を深めていく。

 あとから何を言われるか、考えるだけで怖いけれど、きっちり清算しなければいけない。

「どんな方なの?」

「西崎秀弥さんっていう職場の上司。課長補佐をしていて、面倒を見てもらっているうちに仲良くなって、お付き合いをして……って感じ」

「良かった。私だけ再婚して、夕貴ちゃんはどうなのかしら? って思っていたから」

 母は嬉しそうに笑って、目尻に浮かんだ涙を拭う。

「やだなぁ! お母さんがそう思う必要はないよ」

「夕貴ちゃん、挨拶はうちに来る? それともどこかレストランで?」

 父も浮かれていて、嬉しそうに尋ねてくる。

「今度秀弥さんを連れてくるね。彼のお父さんは亡くなっていて、お母さんは入院中なの。だから彼のご家族については『お構いなく』って言ってる」

「そうなの……。事情は人それぞれよね」

 自分も夫を亡くして再婚したので、母は色々な事に理解がある。

「じゃあ、報告の続きを楽しみにしてるわね。美容室に行かなきゃ」

「楽しみにしてて」

 私は母の言葉に明るく笑い、口直しの柴漬けをポリポリ囓ってテレビを見る。

 そんな私を、亮が刺さるような目で見つめていた。





 私はお風呂上がりに、部屋でストレッチをしながら考え事をしていた。

(引っ越すなら部屋を片付けないとな……。この際、断捨離するか……)

 そう思っていた時、開けっぱなしのドアの向こうに亮が現れた。

「アイス食う?」

 部屋に入ってきた亮は、カップアイスを差しだしてくる。

 彼の姿を見てドキッと胸を高鳴らせた私は、努めていつも通りに返事をした。

「冷凍庫にアイスあったっけ?」

 亮は私にアイスとスプーンを渡したあと、ビーズクッションに座って言った。

「〝お祝い〟にちょっと走りがてらコンビニで買ってきた」

「……ありがとう」

 棘のある言い方をされ、とても気まずい。

「……本当に結婚すんの?」

 しばらく無言でアイスを食べていたけど、亮に尋ねられてドキッと胸が高鳴る。

「……するよ。ずっと付き合っていたもん」

 私はほんの少し嘘をついた。

 秀弥さんとの付き合いのは三年だけど、恋人として扱われていたと知ったのはつい最近だ。

 でもそんな事を言えば、「俺のほうが付き合いが長い」と言われるに決まってる。

 私はずるい女なので「秀弥さんとはずっと付き合っていて、亮とは遊びだった」と諦めさせるつもりでいた。

 また少し沈黙が落ちたあと、言われた。

「ひどい女」

 その言葉に、胸がえぐられるような痛みを覚えた。

 思わず亮を見ると、彼は乾いた目で私を見つめている。

「~~~~っ……」

 何も言い返せない私は視線を逸らすしかできず、そんな私を亮はなおも責めた。

「夕貴にとって俺って、その程度の存在だったんだ? 応えてくれたから〝その気〟があるんだと思ってた。二十歳の誕生日の時、抵抗しなかったよな? やろうと思えば暴れられたのに、夕貴は拒否しなかった。バレンタインの時だって断れたよな? でもお前は俺の誘いに応じ、そのあとも何度も俺を求めた」

 亮の言葉は事実であるがゆえに、胸の奥に罪悪感が溜まっていく。
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