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俺はお前を自分の地獄に引きずり込んだ
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彼は胡座をかいて溜め息をつき、そのまま少し黙っていた。
(言いづらい事なのかな)
秀弥さんはどちらかというと、即断即決な人で、これと決めたら迷わない人だ。
だからここまで間を空けて、言葉を選んでいる姿は珍しかった。
「……俺、性癖がちょっと変わってるだろ。『〝普通〟の定義とは』みたいな事を言ったら、何がノーマルでアブノーマルか分からなくなるけど、道具を使うとか縛るとか、後ろとかは、普通のカップルがマンネリを覚えた時に一歩踏み出す行為だと思ってる」
「……確かに、そうだね」
彼と関係を持ち始めた頃は普通のセックスをしていたけど、そういう行為を始めるまでに半年もかからなかった。
他のカップルの性事情なんて知らないけど、多分マンネリを感じるって、年単位で付き合っている人の事じゃないかと勝手に思っている。
そういう意味で、私と秀弥さんが特別なプレイをし始めるまでの期間は短かった。
秀弥さんは私の手を握り、何とはなしに指をスリスリと撫でている。
「……なかなか夕貴を好きだって言えなかった事にも繋がるんだけど、……俺、女性との愛情の育み方が下手……っていうか、ちょっと普通とは違うんだ」
私は黙って彼の言葉の続きを待った。
「……俺の親父、死んだって言ったっけ」
「以前に少しだけ聞いた……かも」
彼はあまり自分の事を話さず、プロポーズされたあとも「彼のご家族はなんて言ってるのかな」と少し不安に思っていた。
「俺の家、地主なんだよ。都内のちょっといい土地を所有してたり、祖父ちゃんやその前の代から、あちこち土地を買っては資産運用してて、親父もそれを継いで割と羽振りのいい生活を送ってた」
道理で秀弥さんは普通のサラリーマン以上に、いい生活を送っていると思っていた。
「親父とお袋は紹介で結婚したらしい。親父は大人しく美しいお袋を気に入って結婚した。……お袋は良妻賢母で、本当にいい母親だったと思う。……ただ、親父はそれだけだと足りなかったんだろうな」
雲行きが怪しくなり、私は布団の中で膝を抱える。
「親父は刺激を求めて若い女と浮気するようになったんだけど、その女が最悪だった」
吐き捨てるように言った秀弥さんは、乱暴に髪を掻き上げる。
「親父だけを相手にしてるならまだ良かったんだよ。……だけどあの女はうちに上がり込み、気の弱いお袋を責めて家庭をぶち壊した。挙げ句、大学生の俺をホテルに連れ込んで、……あれは犯されたって言えばいいのかな」
溜め息混じりに言った言葉を聞いて、私はハッと秀弥さんを見る。
彼は目の奥に底知れない闇を宿し、前方の薄闇をジッと見つめていた。
「そんな……」
「頭のおかしい女だったんだよ。親父を本気で愛して、妻とは別れないって言われたから西崎家を壊した。お袋も、俺も、何もかも」
「……酷すぎる……」
彼の過去にそんな凄惨な出来事があったと思わず、私は秀弥さんの手をギュッと握った。
秀弥さんは私を見ず、前を向いたまま言葉を続けた。
「本気になれば抵抗できるのに、俺はあいつの異様な雰囲気に負けてホテルに行った。…………それに加えて、性的な事への興味もあったのかもしれない。……受け入れてしまったあとは、『嫌だ』と思いながらもズルズル関係を続けてしまった」
秀弥さんの声にはなんの感情も乗っておらず、それが逆に悲しかった。
「…………あいつ、普通じゃねぇんだよ。やりながら俺に首を絞めさせた。『打って』って言って鞭で叩かせて、道具も使って徹底的に攻めさせた。…………俺は家族を壊したあいつが憎くて、あらゆる方法であいつを攻めた。首を絞めて、叩いて、……夕貴には言えねぇぐらい酷い事をして、罵倒した。そういう事をして、……俺、興奮してたんだよ。……そしたら途中からあいつが憎いからやってるのか、自分の快楽のためにやってるんだか分からなくなった」
「~~~~っ、秀弥さん……っ!」
堪らなくなって、私は彼を抱き締め涙を流した。
「――――もう、いいよ……っ! 言わなくていい!」
激しく嗚咽する私の腕の中で、秀弥さんはまったく感情を出さず、静かな面持ちのまま言った。
「だから俺は普通に女を愛せない。〝フリ〟ならできるけど、異常な事をしないと本当の意味で興奮できなくなったんだ」
秀弥さんはゆっくりと私の体を離すと、そっと頬に手を滑らせてくる。
「俺はどこかオドオドしているお前を見て、『こいつなら俺を受け入れくれるかも』と思って目を付けた。そのあとはお前の反応を見るために、何回も飲みに誘って感触を確かめた。普通はその気のない相手に誘われたら断るのに、お前は嫌がらず応じ続けた。健全に飲んでは家に帰していたけど、それを繰り返すほど、お前は『いつホテルに誘われるんだろう』と期待するようになっていた。……それを感じて『いける』と思ったんだ」
三年前の気持ちの揺れ動きを見透かされ、私は赤面する。
けれど秀弥さんは私を見て、悲しそうに笑った。
「ごめんな。俺はお前を自分の地獄に引きずり込んだ」
そんな顔を見せられて、黙っていられなかった。
「私は自分の意志で秀弥さんを選んで、色んなプレイを教えられて悦んだ。嫌だったらとっくに別れてるし、結婚したいなんて思わない。自分だけのせいだって思わないで!」
大きな声でハッキリ言うと、秀弥さんはそっと私の手を握ってきた。
「仕方がないじゃない。当時の秀弥さんは異常な人を相手にして、怖くて抵抗できなかったんだから。その時の自分を責めなくていいし、負った傷を嗤わなくていいの。私は自分の意志であなたに抱かれてる。そのままの秀弥さんが好きなんだよ?」
私の言葉を聞き、彼は泣きそうな顔で笑った。
「……夕貴ならそう言ってくれると信じてた」
(言いづらい事なのかな)
秀弥さんはどちらかというと、即断即決な人で、これと決めたら迷わない人だ。
だからここまで間を空けて、言葉を選んでいる姿は珍しかった。
「……俺、性癖がちょっと変わってるだろ。『〝普通〟の定義とは』みたいな事を言ったら、何がノーマルでアブノーマルか分からなくなるけど、道具を使うとか縛るとか、後ろとかは、普通のカップルがマンネリを覚えた時に一歩踏み出す行為だと思ってる」
「……確かに、そうだね」
彼と関係を持ち始めた頃は普通のセックスをしていたけど、そういう行為を始めるまでに半年もかからなかった。
他のカップルの性事情なんて知らないけど、多分マンネリを感じるって、年単位で付き合っている人の事じゃないかと勝手に思っている。
そういう意味で、私と秀弥さんが特別なプレイをし始めるまでの期間は短かった。
秀弥さんは私の手を握り、何とはなしに指をスリスリと撫でている。
「……なかなか夕貴を好きだって言えなかった事にも繋がるんだけど、……俺、女性との愛情の育み方が下手……っていうか、ちょっと普通とは違うんだ」
私は黙って彼の言葉の続きを待った。
「……俺の親父、死んだって言ったっけ」
「以前に少しだけ聞いた……かも」
彼はあまり自分の事を話さず、プロポーズされたあとも「彼のご家族はなんて言ってるのかな」と少し不安に思っていた。
「俺の家、地主なんだよ。都内のちょっといい土地を所有してたり、祖父ちゃんやその前の代から、あちこち土地を買っては資産運用してて、親父もそれを継いで割と羽振りのいい生活を送ってた」
道理で秀弥さんは普通のサラリーマン以上に、いい生活を送っていると思っていた。
「親父とお袋は紹介で結婚したらしい。親父は大人しく美しいお袋を気に入って結婚した。……お袋は良妻賢母で、本当にいい母親だったと思う。……ただ、親父はそれだけだと足りなかったんだろうな」
雲行きが怪しくなり、私は布団の中で膝を抱える。
「親父は刺激を求めて若い女と浮気するようになったんだけど、その女が最悪だった」
吐き捨てるように言った秀弥さんは、乱暴に髪を掻き上げる。
「親父だけを相手にしてるならまだ良かったんだよ。……だけどあの女はうちに上がり込み、気の弱いお袋を責めて家庭をぶち壊した。挙げ句、大学生の俺をホテルに連れ込んで、……あれは犯されたって言えばいいのかな」
溜め息混じりに言った言葉を聞いて、私はハッと秀弥さんを見る。
彼は目の奥に底知れない闇を宿し、前方の薄闇をジッと見つめていた。
「そんな……」
「頭のおかしい女だったんだよ。親父を本気で愛して、妻とは別れないって言われたから西崎家を壊した。お袋も、俺も、何もかも」
「……酷すぎる……」
彼の過去にそんな凄惨な出来事があったと思わず、私は秀弥さんの手をギュッと握った。
秀弥さんは私を見ず、前を向いたまま言葉を続けた。
「本気になれば抵抗できるのに、俺はあいつの異様な雰囲気に負けてホテルに行った。…………それに加えて、性的な事への興味もあったのかもしれない。……受け入れてしまったあとは、『嫌だ』と思いながらもズルズル関係を続けてしまった」
秀弥さんの声にはなんの感情も乗っておらず、それが逆に悲しかった。
「…………あいつ、普通じゃねぇんだよ。やりながら俺に首を絞めさせた。『打って』って言って鞭で叩かせて、道具も使って徹底的に攻めさせた。…………俺は家族を壊したあいつが憎くて、あらゆる方法であいつを攻めた。首を絞めて、叩いて、……夕貴には言えねぇぐらい酷い事をして、罵倒した。そういう事をして、……俺、興奮してたんだよ。……そしたら途中からあいつが憎いからやってるのか、自分の快楽のためにやってるんだか分からなくなった」
「~~~~っ、秀弥さん……っ!」
堪らなくなって、私は彼を抱き締め涙を流した。
「――――もう、いいよ……っ! 言わなくていい!」
激しく嗚咽する私の腕の中で、秀弥さんはまったく感情を出さず、静かな面持ちのまま言った。
「だから俺は普通に女を愛せない。〝フリ〟ならできるけど、異常な事をしないと本当の意味で興奮できなくなったんだ」
秀弥さんはゆっくりと私の体を離すと、そっと頬に手を滑らせてくる。
「俺はどこかオドオドしているお前を見て、『こいつなら俺を受け入れくれるかも』と思って目を付けた。そのあとはお前の反応を見るために、何回も飲みに誘って感触を確かめた。普通はその気のない相手に誘われたら断るのに、お前は嫌がらず応じ続けた。健全に飲んでは家に帰していたけど、それを繰り返すほど、お前は『いつホテルに誘われるんだろう』と期待するようになっていた。……それを感じて『いける』と思ったんだ」
三年前の気持ちの揺れ動きを見透かされ、私は赤面する。
けれど秀弥さんは私を見て、悲しそうに笑った。
「ごめんな。俺はお前を自分の地獄に引きずり込んだ」
そんな顔を見せられて、黙っていられなかった。
「私は自分の意志で秀弥さんを選んで、色んなプレイを教えられて悦んだ。嫌だったらとっくに別れてるし、結婚したいなんて思わない。自分だけのせいだって思わないで!」
大きな声でハッキリ言うと、秀弥さんはそっと私の手を握ってきた。
「仕方がないじゃない。当時の秀弥さんは異常な人を相手にして、怖くて抵抗できなかったんだから。その時の自分を責めなくていいし、負った傷を嗤わなくていいの。私は自分の意志であなたに抱かれてる。そのままの秀弥さんが好きなんだよ?」
私の言葉を聞き、彼は泣きそうな顔で笑った。
「……夕貴ならそう言ってくれると信じてた」
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