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生い立ち

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 実父が病気で亡くなったのは、私が十歳の時だった。

 父は病弱ではなかったけど、ある日心筋梗塞を起こして儚い人となった。

 母子家庭となったあと、母は女手一つで私を育ててくれた。

 昼間は弁当屋で働き、夜はスナック、空き時間に清掃員をし、少しでも生活費と学費を稼ごうとしてくれた。

 私は良くも悪くも〝物わかりのいい子〟で、父を亡くしても泣きわめかず、母が家を空けがちになっても非行に走らず、我が儘も言わなかった。

 母はできるだけご飯を作ってくれたけど、間に合わない時は弁当屋さんの廃棄弁当、またはお金を置いていた。

 お金を置かれた時は食べる物を買いつつも、なるべく安い物で済まそうとしていた。

(お母さんは頑張っているんだから、私も協力しないと)

 私は遠方にいる母方の祖母に電話をし、FAXで簡単なレシピを教えてもらった。

 祖母は包丁や火を使わなくてもできる料理を教えてくれ、私はスーパーで食材を買って自炊を始めた。

 遅く帰る母に【ご飯作ったよ】とメモと料理を残して寝ると、夜中に押し殺した泣き声が聞こえた。

 襖の隙間から覗くと、いつもは明るい母がグスグスと泣いて私の作ったご飯を食べているのが見える。

 子供心ながら『見たらいけない』と思った私は、見なかったふりをして布団に戻った。

 ご飯を食べたあと、母は自分の布団があるのに私の布団に潜り込み、『頑張ろうね』と言って眠りにつく。

 そんな日々が数年続いた。





『夕貴ちゃん、相談があるの』

 母に改まった声で〝相談〟されたのは十五歳の時だ。

 その頃の私は学校の了解を得た上で新聞配達をし、お給料の半分を母に渡していた。

 残るお金でスマホ代を払い、友達と遊んだ。

 祖父母や親戚からお年玉やお小遣いをもらう事はあったけど、使う金額を決め、あとは貯金する。

 母は月の収入と支出を教え、どれぐらいのお小遣いをあげられるか説明し、お金の大切さを知った私はなるべく無駄遣いしないよう心がけた。

 母はこうも言った。

『病気になったり交通事故に遭ったら、沢山お金が掛かってしまう。夕貴ちゃんが高校や大学に入る時はもっとお金が掛かる。大事な時のためにお金を取っておきたいから、今は我慢してね』

 理解した私は、学校の図書館に行けば幾らでも本を読めるので、趣味を読書にした。

 毎日ストレスフルに過ごしていたつもりはないけど、気がつけば私は色んな事を我慢する性格になっていた。

 ――ここで我慢をやめたら母を困らせる。

 父が亡くなってから私は感情的にならず、自分の希望をあまり口にしない子供になった。

 クラスでは〝お父さんが死んだ可哀想な子〟という立ち位置になったけど、同情されたからかいじめられる事はなく、そういう意味では恵まれていたのだと思う。

 精神的に老成していた私は、母から再婚の話をされても特に反対せず、『おめでとう、良かったね』と祝福した。

 心の中では少しだけ『お父さんの事はもう好きじゃなくなったのかな』と思ったけど、決して口にしなかった。

 大切なのは多忙な母が体調を崩さず健康でいてくれる事で、『これで少しはゆっくりできるのかな』と安心した気持ちのほうが強かった気がする。





 一年後、私たちは古いアパートから、新しい父と弟が住んでいる家に引っ越した。

 母いわく、継父は『長谷川ホープエステート』という不動産会社の社長らしい。

 どこで社長さんと出会ったのかびっくりしたけど、お弁当のデリバリーをしていた時、偶然にも前妻を病気で亡くした継父に見初められたらしい。

 継父は前の奥さんが大好きで再婚に乗り気でなかったけど、社長をしている手前、親戚に『再婚したほうがいい』と言われていたそうだ。

 その時に母と出会い、声を掛けて何回かデートを重ね、再婚するに至った。

 中学生頃から母の雰囲気がどことなく変わったのを感じていたけど、まさか新しい人と付き合っていたとは。

『言ってくれればいいのに』と思ったけれど、母としても多感な私に、他の男性と付き合っていると言いづらかったのかもしれない。

 実父が亡くなってまだ数年だし、母が実父を忘れてしまったように感じて本当はとても寂しかった。

 でも母としても必死だったのは分かる。

 勿論、新しい父の事が好きだから再婚しようと思ったのだと思う。

 けれどその時の生活がとても厳しく、いつまで体力が持つか分からず、未来への不安もあったから、私を守るために新しい夫を探そうと思っていたのだろう。

 だから私は特に反発をせず、淡々と引っ越し準備をした。
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