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プロポーズ

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『……冗談ですよね?』

『冗談で女性を口説いて、落ちてくれると思うほど楽観的じゃない』

 西崎さんは微笑んでいるけれど、目に真剣な光を宿して言う。

『私よりもっと綺麗な人がいると思いますけど』

『顔で女性を選ばない。……っていったら失礼になるのかな。長谷川さんは十分綺麗だと思うし、他にも沢山魅力がある』

 どうやら本当に私を口説こうとしているみたいで、さらに訳が分からなくなる。

『……私、ワンナイトラブとかした事ないので、そういう付き合いに向いてないと思います』

『勿論、継続的な付き合いを望んでる』

 あれこれ言って答えを引き伸ばそうとしている私に、西崎さんは辛抱強く返事をする。

(……私、亮と関係があるのに……)

 そう思うと、〝まともな〟男性の手をとっていいのか悩んでしまう。

 けど、ズルズルと続けてきた弟との関係を断ち切るには、西崎さんの手をとるのが最善な気がした。

『……私、訳ありですよ?』

『俺も訳ありだよ』

 西崎さんは大人っぽく笑い、ワインを飲む。

『……じゃあ、大人の付き合いなら』





 あの時、私からそう言ってしまった。

 だから秀弥さんは私に「好き」って言ってくれないのかな。

 エレベーターに乗って一階に下り、エントランスでブラブラしていると、秀弥さんが「よう」と歩み寄ってきた。

「お疲れ様です」

「行くか」

 秀弥さんはそう言って、私の歩調に合わせて歩き始めた。





「夕貴、やっぱりハリー・ウィンストンとか興味ある?」

「えっ?」

 そう言われたのは、秀弥さんとご飯を食べてバーで飲んでいた時だ。

 突然ハイジュエリーブランドの名前が出て、ワインでほろ酔いになっていた私は我に返る。

「ずっと婚約指輪について調べてたけど、やっぱり俺が勝手に決めてサプライズするより、一生に一度の物だから、夕貴の気に入る物のほうがいいな……と思って」

「……そ、それって……」

 目をまん丸に見開いて秀弥さんを見ると、彼は表情を変えずに言う。

「結婚するか」

 ポカーンとしていると、秀弥さんが「どした?」と私の顔を覗き込んでくる。

「あ……、う、うん。はい。宜しくお願いします」

 慌ててコクコクと頷くと、秀弥さんは「良かった」と笑った。

「……お前、好きオーラ出さないからどうなのかと思った」

「そっ……そんなの、秀弥さんもじゃない。わ、私たちセフレだと思っていて……」

 私はセフレの部分だけ声を小さくし、溜め息をついて彼を軽く睨む。

 好き好き言わないで淡々と付き合っていたのは、彼の言動に一喜一憂していたら心が持たないからだ。

 最初はまじめに付き合うと思わなくて、一晩抱かれたら終わりだと思っていた。

 でも秀弥さんは頻繁にデートに誘い、私を抱いた。

 決定的な何かを言われた訳じゃないけど、デートとセックスを繰り返すうちに、私たちは恋人もどきになっていた。

 デートを重ね、体を重ねるたびに、私は彼に惹かれていった。

 好きとは言われなかったけど、大切にされている自覚はあったからだ。

 だからこそ、好きと言われない事が気になり、自分はセフレなのだと思い込むようになった。

 そうじゃなければ、「もうやめよう」と捨てられた時に立ち直れなくなる。

 私は秀弥さんに似合う相手になりたくて、冷静で物分かりのいい女性を演じていたにすぎない。

 でも秀弥さんは私の「セフレ」という言葉を聞いて、目を見開いた。

「セフレ? 俺、夕貴を特別扱いしてたつもりだけど」

「……こう言うと重いかもだけど、『好きだ』とか『付き合ってほしい』って言わなかったじゃない」

「あー……、悪い……」

 思い当たる節があったのか、秀弥さんは前髪を掻き上げて、椅子の背もたれにもたれ掛かる。

 そしてボソッと呟いた。
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