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私たちに遠慮するな
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今まで陰の実力者として認められていたダルメアも、健康で若い皇帝がいるのに「自分こそがセプテアを司る」など言えばお終いだ。
善政を敷いた先帝を好いていた国民は、当たり前にルドガーを応援していた。
民の怒りに火がつき、宮殿に過激派が押し寄せる。騎士団が留めるとしても、昼夜問わずダルメア失脚を望む声は止まなかった。
貴族たちはその状況を見て、自分の立ち位置を把握したようだ。
大体の者はルドガーに寝返り、元よりルドガーに忠誠を誓っていた者たちが寝返る者を精査する。
ダルメアと通じて汚い事をしていた者は名前を書き出され、反逆の意志ありとして自宅に軟禁された。
中庸の者はこれから『どちら』を選ぶか求められるのだろう。
宮殿内を洗い流した後、ルドガーは宮殿のバルコニーに姿を現してウルの民に謝罪したらしかった。
皇帝たるものが頭を下げ、自身のふがいなさを詫びる。
同時に正当なる血筋として、父の跡を継ぎ善い政治をすると約束したのだ。
「本当に済まなかった」
イキスにある最高級の館の一室で、ライオットはルドガーに膝を突き謝っていた。
「ルドが体に刻印を宿しても真実を知りたがっていたと分かった時は、心臓が握られる思いだった。それほどの決意を、俺は踏みにじっていた……」
目の前で癖のある黒髪が垂れ下がっているのを、シーラは複雑な面持ちで見ている。
チラリとルドガーを盗み見れば、彼も何と声を掛けていいのか思案しているようだ。
「……まず、顔を上げてくれ」
ルドガーの声に、ライオットが顔を上げる。
凜々しい顔は今にも泣き出しそうで、大きな捨て犬のようだ。
「それから、ここに座れ」
次にルドガーはポンポンと自分の隣を叩き、ライオットはおずおずと言葉に従う。
ルドガーは脚を組んで横を向き、じっと目の前のライオットを見つめる。
金色の瞳は様々な感情で揺れていたが、その中に怒りはない。
「……馬鹿だな」
やがて口から出た言葉は、奇しくも最初にシーラとライオットがお忍びでウルに行き、騎士団に見つかった後と同じだった。
「この馬鹿め。馬鹿馬鹿バーカ」
子供のような悪態をつくルドガーに、思わずシーラは笑い出していた。
その言葉だけで、ルドガーがとっくにライオットを許しているのを察したからだ。
だがライオットは困惑顔で、「馬鹿」の嵐を浴びている。
「次に私に隠し事をしたら、シーラと結婚するからな」
「はぁ?」
しかしいきなりな事を言われ、思わずライオットも声を上げた。
「私とお前は隠し事なしの関係でやっているんだ。だから私はシーラを前に堂々としていられる。お前たちと離れていても、抜け駆けを気にせず信頼できている。それが今の私の支えなんだ」
「ルド……」
「いいか、私の信頼を損なうな。それさえ守るのなら、仮にお前とシーラが結婚しても私は祝福してやる」
仮の話でもシーラは二人の間を行き来され、自分の意志が蔑ろにされ不本意だ。
思わず挙手をし、シーラは口を挟んでいた。
「あの、私の意志はなしですか?」
「どちらかと結婚する気になったのか?」
すかさずルドガーに突っ込まれ、シーラは口を噤んで明後日の方向を見る。
「まだ決められていないのなら、君は男の戦いに口を突っ込むな。好きな相手ができるという条件を得てから、同じ舞台に上がって来い」
ルドガーの言う事はもっともで、シーラはぐうの音も出ない。
そもそもにして呪いや竜のあれこれで奔走していた現状、元の世界でライオットと結婚するはずだった事も忘れかけていた。
「……許すのか?」
ライオットの問いに、ルドガーは腕を組み眉を上げる。
「私を一人ぼっちにするのか? 自慢だが、私は友人がお前たちしかいない。一人になったら拗ねるぞ」
開き直った言葉に、とうとうライオットもシーラと一緒に笑い出した。
静かな夜の部屋に、昔と変わらない無邪気な笑い声が響く。
ひとしきり笑い終わったあと、ルドガーは何度かポンポンと強めにライオットの肩を叩いていた。
「辛かっただろう。だからもう、私たちに遠慮するな」
何の憂いもなくなった金色の目は、親友が沈黙の誓いを立てていたため苦しんでいた事を案じている。
善政を敷いた先帝を好いていた国民は、当たり前にルドガーを応援していた。
民の怒りに火がつき、宮殿に過激派が押し寄せる。騎士団が留めるとしても、昼夜問わずダルメア失脚を望む声は止まなかった。
貴族たちはその状況を見て、自分の立ち位置を把握したようだ。
大体の者はルドガーに寝返り、元よりルドガーに忠誠を誓っていた者たちが寝返る者を精査する。
ダルメアと通じて汚い事をしていた者は名前を書き出され、反逆の意志ありとして自宅に軟禁された。
中庸の者はこれから『どちら』を選ぶか求められるのだろう。
宮殿内を洗い流した後、ルドガーは宮殿のバルコニーに姿を現してウルの民に謝罪したらしかった。
皇帝たるものが頭を下げ、自身のふがいなさを詫びる。
同時に正当なる血筋として、父の跡を継ぎ善い政治をすると約束したのだ。
「本当に済まなかった」
イキスにある最高級の館の一室で、ライオットはルドガーに膝を突き謝っていた。
「ルドが体に刻印を宿しても真実を知りたがっていたと分かった時は、心臓が握られる思いだった。それほどの決意を、俺は踏みにじっていた……」
目の前で癖のある黒髪が垂れ下がっているのを、シーラは複雑な面持ちで見ている。
チラリとルドガーを盗み見れば、彼も何と声を掛けていいのか思案しているようだ。
「……まず、顔を上げてくれ」
ルドガーの声に、ライオットが顔を上げる。
凜々しい顔は今にも泣き出しそうで、大きな捨て犬のようだ。
「それから、ここに座れ」
次にルドガーはポンポンと自分の隣を叩き、ライオットはおずおずと言葉に従う。
ルドガーは脚を組んで横を向き、じっと目の前のライオットを見つめる。
金色の瞳は様々な感情で揺れていたが、その中に怒りはない。
「……馬鹿だな」
やがて口から出た言葉は、奇しくも最初にシーラとライオットがお忍びでウルに行き、騎士団に見つかった後と同じだった。
「この馬鹿め。馬鹿馬鹿バーカ」
子供のような悪態をつくルドガーに、思わずシーラは笑い出していた。
その言葉だけで、ルドガーがとっくにライオットを許しているのを察したからだ。
だがライオットは困惑顔で、「馬鹿」の嵐を浴びている。
「次に私に隠し事をしたら、シーラと結婚するからな」
「はぁ?」
しかしいきなりな事を言われ、思わずライオットも声を上げた。
「私とお前は隠し事なしの関係でやっているんだ。だから私はシーラを前に堂々としていられる。お前たちと離れていても、抜け駆けを気にせず信頼できている。それが今の私の支えなんだ」
「ルド……」
「いいか、私の信頼を損なうな。それさえ守るのなら、仮にお前とシーラが結婚しても私は祝福してやる」
仮の話でもシーラは二人の間を行き来され、自分の意志が蔑ろにされ不本意だ。
思わず挙手をし、シーラは口を挟んでいた。
「あの、私の意志はなしですか?」
「どちらかと結婚する気になったのか?」
すかさずルドガーに突っ込まれ、シーラは口を噤んで明後日の方向を見る。
「まだ決められていないのなら、君は男の戦いに口を突っ込むな。好きな相手ができるという条件を得てから、同じ舞台に上がって来い」
ルドガーの言う事はもっともで、シーラはぐうの音も出ない。
そもそもにして呪いや竜のあれこれで奔走していた現状、元の世界でライオットと結婚するはずだった事も忘れかけていた。
「……許すのか?」
ライオットの問いに、ルドガーは腕を組み眉を上げる。
「私を一人ぼっちにするのか? 自慢だが、私は友人がお前たちしかいない。一人になったら拗ねるぞ」
開き直った言葉に、とうとうライオットもシーラと一緒に笑い出した。
静かな夜の部屋に、昔と変わらない無邪気な笑い声が響く。
ひとしきり笑い終わったあと、ルドガーは何度かポンポンと強めにライオットの肩を叩いていた。
「辛かっただろう。だからもう、私たちに遠慮するな」
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