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良き隣人であり友
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十五年もの間、彼はこの真実を誰にも言わず抱えていたのだ。
だから――、分かる気がした。
彼がいつでも一歩身を引いた場所にいて、シーラとルドガーのためなら何でもしてみせるという姿をしていた事。
二人が幸せになるのなら、自分はどうなってもいい。
そんな気持ちでずっとシーラ達に接していた雰囲気。
すべてに合点がいった。
そして、もう一つの謎も解き明かされた。
元の世界で、ルドガーがライオットを殺した理由。
心身共に追い詰められた彼は、ダルメアに「ライオットが先帝レイリーとその妻を殺した」と言われ、信じてしまったのだろう――と。
痛いほどの沈黙が訪れ、ダルメア以外の全員がライオットを見ていた。
それに耐えきれなかったのか、ライオットは片手を揚げて発言の許可を求め、立ち上がる。
「真実を黙っていた事を、心よりお詫び申し上げます。皆様を、誰よりもルドガー陛下を苦しめたのは私の咎です。しかし叶うのなら、口を閉ざしていた理由もお聞き願えないでしょうか」
ライオットに強い視線を注いでいたルドガーが、疲れたような溜め息と共に頷く。
「どうか話してほしい。君が私を裏切ると思いたくない。君が知っているすべての事を、どうかこの場で告白してくれ」
公の場にしてはくだけた口調だったが、それほどルドガーが動揺している証拠でもあった。
しかしそれを咎める者も、この場には誰もいない。
ルドガーの言葉にライオットは黙礼し、唇を開く。
「……馬車が谷底に落ちたのを確認した後、私は慌ててベガと共に谷に下りました。随行していた護衛は皆殺しにされていました。私は陛下たちの無事を祈り、命が救えるかどうかを確認しました」
息子の告白を、ギネス王は静かな面持ちで見守っている。イグニスも同様だ。
「レイリー先帝陛下も、ファナ皇妃殿下も、全身の骨を強く折られて虫の息でした。泣きわめく私に、先帝陛下は『どうかこの事は誰にも言わないでほしい』と仰いました。自分の不始末でカリューシアとガズァルが大切にしている竜樹を傷付け、それが原因で命を落とす……。それを親友たちに知られたくないと、仰ったのです」
「……馬鹿な」
イグニスが呻き、ギネスが手で顔を覆う。
ルドガーはテーブルの上に視線を落としたまま、黙していた。
「セプテアが背負った罪は、自分が皇帝として背負っていく。次の皇帝となるルドガーは、竜樹を傷付けた罪など知らず良い皇帝として国を治めてほしいと……。最後に望まれました」
また、重たい沈黙が場を支配する。
しばらくして口を開いたのは、ルドガーだった。
「……私は親子二代にわたって、罪を犯してしまったのか」
低く掠れた声で呟き、ルドガーは両手で顔を覆う。
肘をテーブルにつき、肺にある空気をすべて吐いたのではないかというほど重い溜め息をついた。
「……陛下が竜樹を傷付けるよう、命じられたのではありません。黒幕はそこにいるユーティビア卿です。我らは竜樹の事については最早何も言いません。我が娘が、妻が。あなたとセプテアを救いたいという一心で命を賭けました。親友の息子であるあなたは、幼い身で一人大人と戦われました。どれだけ苦しくても、あなたに手を差し伸べられる者は周囲にいなかったでしょう。私たちはあなたを子のように思っていても、立場としては他国の王です。容易に弱みを見せられないと思っていたのも分かるつもりです」
イグニスが言い、ギネスも頷く。
「レイリー先帝陛下を失って一番お辛かったのは、陛下でしょう。今回の戦争もあなたが望んだものではなかった。むしろあなたは先帝陛下の意志を継ごうと必死になっていた。私たちはそんな陛下を、責めることなどできません。プライベートで顔を合わせた時でさえ、私たちは気軽にあなたに政について状況を聞ける立場にはないのですから」
テーブルに肘をつき俯いたままのルドガーが、微かに震えている。
「私たちカリューシアとガズァルは、セプテアが望む限り良き隣人であり友です。これから先もあなたが何か望まれたり困られた時は、公式な書状でお伝えください。一国の王として、先達としてお応えしましょう」
イグニスの言葉にルドガーは顔を上げ、乱暴に涙を拭った。
まだ濡れた目元で、不器用に笑う。
「……どうぞ、宜しくお願い致します。若輩者ですが、頼らせて頂きます」
すべてを話したダルメアは、気力が削げ一回り小さくなったように見えた。
**
会談が終わったあと、ダルメアは速やかにセプテアに移送された。
聞けばあのカティスも、現在は騎士団に見張られた自宅で軟禁状態らしい。
戦場で別れた後、ルドガーは元帥である叔父のマーカスと騎士団長、そして軍全体の後ろ盾を得て政況をひっくり返した。
ダルメアが皇帝に反逆した瞬間をあっという間に宮殿に広め、ダルメアがとうとう牙を剥いたという噂は首都ウル中に広まった。
だから――、分かる気がした。
彼がいつでも一歩身を引いた場所にいて、シーラとルドガーのためなら何でもしてみせるという姿をしていた事。
二人が幸せになるのなら、自分はどうなってもいい。
そんな気持ちでずっとシーラ達に接していた雰囲気。
すべてに合点がいった。
そして、もう一つの謎も解き明かされた。
元の世界で、ルドガーがライオットを殺した理由。
心身共に追い詰められた彼は、ダルメアに「ライオットが先帝レイリーとその妻を殺した」と言われ、信じてしまったのだろう――と。
痛いほどの沈黙が訪れ、ダルメア以外の全員がライオットを見ていた。
それに耐えきれなかったのか、ライオットは片手を揚げて発言の許可を求め、立ち上がる。
「真実を黙っていた事を、心よりお詫び申し上げます。皆様を、誰よりもルドガー陛下を苦しめたのは私の咎です。しかし叶うのなら、口を閉ざしていた理由もお聞き願えないでしょうか」
ライオットに強い視線を注いでいたルドガーが、疲れたような溜め息と共に頷く。
「どうか話してほしい。君が私を裏切ると思いたくない。君が知っているすべての事を、どうかこの場で告白してくれ」
公の場にしてはくだけた口調だったが、それほどルドガーが動揺している証拠でもあった。
しかしそれを咎める者も、この場には誰もいない。
ルドガーの言葉にライオットは黙礼し、唇を開く。
「……馬車が谷底に落ちたのを確認した後、私は慌ててベガと共に谷に下りました。随行していた護衛は皆殺しにされていました。私は陛下たちの無事を祈り、命が救えるかどうかを確認しました」
息子の告白を、ギネス王は静かな面持ちで見守っている。イグニスも同様だ。
「レイリー先帝陛下も、ファナ皇妃殿下も、全身の骨を強く折られて虫の息でした。泣きわめく私に、先帝陛下は『どうかこの事は誰にも言わないでほしい』と仰いました。自分の不始末でカリューシアとガズァルが大切にしている竜樹を傷付け、それが原因で命を落とす……。それを親友たちに知られたくないと、仰ったのです」
「……馬鹿な」
イグニスが呻き、ギネスが手で顔を覆う。
ルドガーはテーブルの上に視線を落としたまま、黙していた。
「セプテアが背負った罪は、自分が皇帝として背負っていく。次の皇帝となるルドガーは、竜樹を傷付けた罪など知らず良い皇帝として国を治めてほしいと……。最後に望まれました」
また、重たい沈黙が場を支配する。
しばらくして口を開いたのは、ルドガーだった。
「……私は親子二代にわたって、罪を犯してしまったのか」
低く掠れた声で呟き、ルドガーは両手で顔を覆う。
肘をテーブルにつき、肺にある空気をすべて吐いたのではないかというほど重い溜め息をついた。
「……陛下が竜樹を傷付けるよう、命じられたのではありません。黒幕はそこにいるユーティビア卿です。我らは竜樹の事については最早何も言いません。我が娘が、妻が。あなたとセプテアを救いたいという一心で命を賭けました。親友の息子であるあなたは、幼い身で一人大人と戦われました。どれだけ苦しくても、あなたに手を差し伸べられる者は周囲にいなかったでしょう。私たちはあなたを子のように思っていても、立場としては他国の王です。容易に弱みを見せられないと思っていたのも分かるつもりです」
イグニスが言い、ギネスも頷く。
「レイリー先帝陛下を失って一番お辛かったのは、陛下でしょう。今回の戦争もあなたが望んだものではなかった。むしろあなたは先帝陛下の意志を継ごうと必死になっていた。私たちはそんな陛下を、責めることなどできません。プライベートで顔を合わせた時でさえ、私たちは気軽にあなたに政について状況を聞ける立場にはないのですから」
テーブルに肘をつき俯いたままのルドガーが、微かに震えている。
「私たちカリューシアとガズァルは、セプテアが望む限り良き隣人であり友です。これから先もあなたが何か望まれたり困られた時は、公式な書状でお伝えください。一国の王として、先達としてお応えしましょう」
イグニスの言葉にルドガーは顔を上げ、乱暴に涙を拭った。
まだ濡れた目元で、不器用に笑う。
「……どうぞ、宜しくお願い致します。若輩者ですが、頼らせて頂きます」
すべてを話したダルメアは、気力が削げ一回り小さくなったように見えた。
**
会談が終わったあと、ダルメアは速やかにセプテアに移送された。
聞けばあのカティスも、現在は騎士団に見張られた自宅で軟禁状態らしい。
戦場で別れた後、ルドガーは元帥である叔父のマーカスと騎士団長、そして軍全体の後ろ盾を得て政況をひっくり返した。
ダルメアが皇帝に反逆した瞬間をあっという間に宮殿に広め、ダルメアがとうとう牙を剥いたという噂は首都ウル中に広まった。
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