未来の夫が破滅するので、ハッピーエンドのために運命を変えます~竜姫は竜王子と魔導皇帝に溺愛される~

臣桜

文字の大きさ
上 下
49 / 60

呪いを処理するために

しおりを挟む
 やがてジャラリと重たい音を立ててすべての鎖が外され、鳥籠のような檻が外される。

 その下にあるのは、黒鋼でできた箱だ。
 それもまた鎖が巻かれ、容易に開かないようになっていた。

 幸いな事に、この現場の担当をしていた先ほどの上官魔導士が、すべての鍵を持っていた。
『何か』があった時は、彼がこの箱について責任を持つようになっているようだ。

「ここから先は、私がします」

 シーラが上官魔導士に手を差し出すと、彼は少し躊躇ったあとに鍵束を渡してきた。

「シーラ、俺がやる」

 ライオットが手を伸ばしたが、それを彼女は強い口調で阻んだ。

「いけません。白竜が言っていましたが、これは竜樹に呪いを掛けた物で間違いありません。だとすれば、ただの人の身に耐えきれる呪いではありません。私は皇竜の加護がありますから、きっと耐えられます」

「……何か体調の変化があったら、すぐに言うんだ」

 感情を圧し殺したルドガーの声に、シーラはしっかりと頷いた。

 迷わない手が鎖の鍵を外し、幾重にも巻かれたそれを解いてゆく。
 周囲の騎士や魔導士たちの中に、呪いが解放されるとしても逃げようとする者は一人もいなかった。

 この場にいる全員が、自分たちに責任があると自覚しているのだ。

 鎖を取り終えたシーラは、別の鍵を確認して箱を開けた。

「……これが……」

 目を眇めた彼女の視線の先には、真っ黒な塊がある。

 形こそシーラが知っている竜樹の表皮だ。

 竜樹は三国がある土地より遠い場所の大樹海にある。
 人が訪れないその中央に、天を突くほどの巨大樹があるのだ。
 普通の木と形を異ならせるそれは、幹の部分が竜の鱗のようになっている。

 枝を広く張らせたそこに、竜が巣を作り卵を育てる事も多々ある。
 単純に高い場所に枝があるので、竜の止まり木にもなっている。

 加えて死期を悟った竜が戻る場所も、竜樹の元だと言われていた。

 竜樹の周りには、多くの竜の死骸や骨があるとされている。
 生きている竜は彼らの亡骸を守り、朽ちた肉体は竜樹の養分となってゆく。

 遙か太古よりそのようにして育ってきた竜樹は、幹を少し削っただけでも並々ならぬ魔力を帯びているのだ。

 人知を越えた偉大な生物の生と死に関わる物なので、一つ扱いを間違えれば大変な事になる。

 害意を持って傷付ければ当たり前に呪いを受けるし、人が意図して竜樹の表皮に呪いを掛ければ、竜を呪う厄災と成り果てる。

 シーラの目の前にあるのは、炭のように真っ黒になった竜樹の欠片だ。

 ただ見ればそう思えるのだが、人間の第六感とも言うべきものが禍々しさを感じさせる。
『それ』を見ているだけで酷く体が震えるほどの圧力を感じるし、良くない物だとすぐに分かる。

 あの呪い師がルドガーに血肉で呪いを掛けたように、この竜樹の欠片にも何かの血や肉が捧げられ、あり得ない怨念を持たせられているのだろう。

「それを……どうする? シーラ」

 背後から覗き込んだライオットの言葉に、シーラも少し思案していた。

「迷っています。竜樹がある場所に戻すべきなのか、カリューシアに持ち帰り私が浄化させるのか……」

 じっと竜樹の欠片を見つめたまま呟くシーラに、ライオットとルドガーが視線を交わす。

「失われた物は戻すべきです。ですが呪いと成り果てた『これ』を、竜たちの聖地に戻す訳にもいかないと思っています」

「じゃあ……、持ち帰るのか?」

「カリューシアはどうなる? これを皇竜の神殿に持ち込めば、皇竜の神殿が穢れてしまうんじゃないのか? 竜信仰を持つ国が聖なる場所に呪いを持ち込んで……皇竜の庇護がなくなってしまったらどうする?」

 ライオットとルドガーの言葉に、シーラも歯切れのいい返事ができない。

「……ひとまずカリューシアに戻ります。ライオットとルドガーは、お父様たちとお話してこの戦争を終わらせてください」

 纏っていた分厚い毛皮のマントを外すと、シーラはその中に竜樹の欠片をくるんだ。
 こうして持ち運べば、きっと誰に触れる事もないだろう。

「……シーラを見守りたいところだが、私は自国の内部を片付ける。ライ、シーラに付き添ってくれるか?」

「当たり前だ」

 ルドガーの言葉にライオットは深く頷く。

「ウルに着いたら、すぐ手紙を書く」

 約束をして、ルドガーは騎士と魔導士たちに指示を出した。

「全軍引き上げろ。停戦の合図を出し、戦意のない事を示せ。騎士団の総意は我が身にあると信じている。元帥であるマーカス叔父上も私が皇帝として権威を振るうのに賛同している。魔導部隊も元帥殿の意見に従ってもらう。セプテアが目指すは、いたずらに軍事力を持つ事ではなく、国力を保ったまま平和でいる事だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました

Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話

処理中です...