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呪いを処理するために
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やがてジャラリと重たい音を立ててすべての鎖が外され、鳥籠のような檻が外される。
その下にあるのは、黒鋼でできた箱だ。
それもまた鎖が巻かれ、容易に開かないようになっていた。
幸いな事に、この現場の担当をしていた先ほどの上官魔導士が、すべての鍵を持っていた。
『何か』があった時は、彼がこの箱について責任を持つようになっているようだ。
「ここから先は、私がします」
シーラが上官魔導士に手を差し出すと、彼は少し躊躇ったあとに鍵束を渡してきた。
「シーラ、俺がやる」
ライオットが手を伸ばしたが、それを彼女は強い口調で阻んだ。
「いけません。白竜が言っていましたが、これは竜樹に呪いを掛けた物で間違いありません。だとすれば、ただの人の身に耐えきれる呪いではありません。私は皇竜の加護がありますから、きっと耐えられます」
「……何か体調の変化があったら、すぐに言うんだ」
感情を圧し殺したルドガーの声に、シーラはしっかりと頷いた。
迷わない手が鎖の鍵を外し、幾重にも巻かれたそれを解いてゆく。
周囲の騎士や魔導士たちの中に、呪いが解放されるとしても逃げようとする者は一人もいなかった。
この場にいる全員が、自分たちに責任があると自覚しているのだ。
鎖を取り終えたシーラは、別の鍵を確認して箱を開けた。
「……これが……」
目を眇めた彼女の視線の先には、真っ黒な塊がある。
形こそシーラが知っている竜樹の表皮だ。
竜樹は三国がある土地より遠い場所の大樹海にある。
人が訪れないその中央に、天を突くほどの巨大樹があるのだ。
普通の木と形を異ならせるそれは、幹の部分が竜の鱗のようになっている。
枝を広く張らせたそこに、竜が巣を作り卵を育てる事も多々ある。
単純に高い場所に枝があるので、竜の止まり木にもなっている。
加えて死期を悟った竜が戻る場所も、竜樹の元だと言われていた。
竜樹の周りには、多くの竜の死骸や骨があるとされている。
生きている竜は彼らの亡骸を守り、朽ちた肉体は竜樹の養分となってゆく。
遙か太古よりそのようにして育ってきた竜樹は、幹を少し削っただけでも並々ならぬ魔力を帯びているのだ。
人知を越えた偉大な生物の生と死に関わる物なので、一つ扱いを間違えれば大変な事になる。
害意を持って傷付ければ当たり前に呪いを受けるし、人が意図して竜樹の表皮に呪いを掛ければ、竜を呪う厄災と成り果てる。
シーラの目の前にあるのは、炭のように真っ黒になった竜樹の欠片だ。
ただ見ればそう思えるのだが、人間の第六感とも言うべきものが禍々しさを感じさせる。
『それ』を見ているだけで酷く体が震えるほどの圧力を感じるし、良くない物だとすぐに分かる。
あの呪い師がルドガーに血肉で呪いを掛けたように、この竜樹の欠片にも何かの血や肉が捧げられ、あり得ない怨念を持たせられているのだろう。
「それを……どうする? シーラ」
背後から覗き込んだライオットの言葉に、シーラも少し思案していた。
「迷っています。竜樹がある場所に戻すべきなのか、カリューシアに持ち帰り私が浄化させるのか……」
じっと竜樹の欠片を見つめたまま呟くシーラに、ライオットとルドガーが視線を交わす。
「失われた物は戻すべきです。ですが呪いと成り果てた『これ』を、竜たちの聖地に戻す訳にもいかないと思っています」
「じゃあ……、持ち帰るのか?」
「カリューシアはどうなる? これを皇竜の神殿に持ち込めば、皇竜の神殿が穢れてしまうんじゃないのか? 竜信仰を持つ国が聖なる場所に呪いを持ち込んで……皇竜の庇護がなくなってしまったらどうする?」
ライオットとルドガーの言葉に、シーラも歯切れのいい返事ができない。
「……ひとまずカリューシアに戻ります。ライオットとルドガーは、お父様たちとお話してこの戦争を終わらせてください」
纏っていた分厚い毛皮のマントを外すと、シーラはその中に竜樹の欠片をくるんだ。
こうして持ち運べば、きっと誰に触れる事もないだろう。
「……シーラを見守りたいところだが、私は自国の内部を片付ける。ライ、シーラに付き添ってくれるか?」
「当たり前だ」
ルドガーの言葉にライオットは深く頷く。
「ウルに着いたら、すぐ手紙を書く」
約束をして、ルドガーは騎士と魔導士たちに指示を出した。
「全軍引き上げろ。停戦の合図を出し、戦意のない事を示せ。騎士団の総意は我が身にあると信じている。元帥であるマーカス叔父上も私が皇帝として権威を振るうのに賛同している。魔導部隊も元帥殿の意見に従ってもらう。セプテアが目指すは、いたずらに軍事力を持つ事ではなく、国力を保ったまま平和でいる事だ」
その下にあるのは、黒鋼でできた箱だ。
それもまた鎖が巻かれ、容易に開かないようになっていた。
幸いな事に、この現場の担当をしていた先ほどの上官魔導士が、すべての鍵を持っていた。
『何か』があった時は、彼がこの箱について責任を持つようになっているようだ。
「ここから先は、私がします」
シーラが上官魔導士に手を差し出すと、彼は少し躊躇ったあとに鍵束を渡してきた。
「シーラ、俺がやる」
ライオットが手を伸ばしたが、それを彼女は強い口調で阻んだ。
「いけません。白竜が言っていましたが、これは竜樹に呪いを掛けた物で間違いありません。だとすれば、ただの人の身に耐えきれる呪いではありません。私は皇竜の加護がありますから、きっと耐えられます」
「……何か体調の変化があったら、すぐに言うんだ」
感情を圧し殺したルドガーの声に、シーラはしっかりと頷いた。
迷わない手が鎖の鍵を外し、幾重にも巻かれたそれを解いてゆく。
周囲の騎士や魔導士たちの中に、呪いが解放されるとしても逃げようとする者は一人もいなかった。
この場にいる全員が、自分たちに責任があると自覚しているのだ。
鎖を取り終えたシーラは、別の鍵を確認して箱を開けた。
「……これが……」
目を眇めた彼女の視線の先には、真っ黒な塊がある。
形こそシーラが知っている竜樹の表皮だ。
竜樹は三国がある土地より遠い場所の大樹海にある。
人が訪れないその中央に、天を突くほどの巨大樹があるのだ。
普通の木と形を異ならせるそれは、幹の部分が竜の鱗のようになっている。
枝を広く張らせたそこに、竜が巣を作り卵を育てる事も多々ある。
単純に高い場所に枝があるので、竜の止まり木にもなっている。
加えて死期を悟った竜が戻る場所も、竜樹の元だと言われていた。
竜樹の周りには、多くの竜の死骸や骨があるとされている。
生きている竜は彼らの亡骸を守り、朽ちた肉体は竜樹の養分となってゆく。
遙か太古よりそのようにして育ってきた竜樹は、幹を少し削っただけでも並々ならぬ魔力を帯びているのだ。
人知を越えた偉大な生物の生と死に関わる物なので、一つ扱いを間違えれば大変な事になる。
害意を持って傷付ければ当たり前に呪いを受けるし、人が意図して竜樹の表皮に呪いを掛ければ、竜を呪う厄災と成り果てる。
シーラの目の前にあるのは、炭のように真っ黒になった竜樹の欠片だ。
ただ見ればそう思えるのだが、人間の第六感とも言うべきものが禍々しさを感じさせる。
『それ』を見ているだけで酷く体が震えるほどの圧力を感じるし、良くない物だとすぐに分かる。
あの呪い師がルドガーに血肉で呪いを掛けたように、この竜樹の欠片にも何かの血や肉が捧げられ、あり得ない怨念を持たせられているのだろう。
「それを……どうする? シーラ」
背後から覗き込んだライオットの言葉に、シーラも少し思案していた。
「迷っています。竜樹がある場所に戻すべきなのか、カリューシアに持ち帰り私が浄化させるのか……」
じっと竜樹の欠片を見つめたまま呟くシーラに、ライオットとルドガーが視線を交わす。
「失われた物は戻すべきです。ですが呪いと成り果てた『これ』を、竜たちの聖地に戻す訳にもいかないと思っています」
「じゃあ……、持ち帰るのか?」
「カリューシアはどうなる? これを皇竜の神殿に持ち込めば、皇竜の神殿が穢れてしまうんじゃないのか? 竜信仰を持つ国が聖なる場所に呪いを持ち込んで……皇竜の庇護がなくなってしまったらどうする?」
ライオットとルドガーの言葉に、シーラも歯切れのいい返事ができない。
「……ひとまずカリューシアに戻ります。ライオットとルドガーは、お父様たちとお話してこの戦争を終わらせてください」
纏っていた分厚い毛皮のマントを外すと、シーラはその中に竜樹の欠片をくるんだ。
こうして持ち運べば、きっと誰に触れる事もないだろう。
「……シーラを見守りたいところだが、私は自国の内部を片付ける。ライ、シーラに付き添ってくれるか?」
「当たり前だ」
ルドガーの言葉にライオットは深く頷く。
「ウルに着いたら、すぐ手紙を書く」
約束をして、ルドガーは騎士と魔導士たちに指示を出した。
「全軍引き上げろ。停戦の合図を出し、戦意のない事を示せ。騎士団の総意は我が身にあると信じている。元帥であるマーカス叔父上も私が皇帝として権威を振るうのに賛同している。魔導部隊も元帥殿の意見に従ってもらう。セプテアが目指すは、いたずらに軍事力を持つ事ではなく、国力を保ったまま平和でいる事だ」
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