未来の夫が破滅するので、ハッピーエンドのために運命を変えます~竜姫は竜王子と魔導皇帝に溺愛される~

臣桜

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竜を従える姫

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 シーラがいる側の竜たちは、確実に穢れが発する呪縛から逃れていた。

 東の空へ逃れたあと、混乱が収まった竜は仲間を心配するように、シーラたちの後を旋回している。

「何だ? あれは……、歌? 女?」

 やがてセプテアの後方の陣が二人の姿に気づいた。

 天幕にいたダルメアや指揮を執る元帥が、あり得ない人物の登場に間の抜けた顔をしていた。

 草原をやってくるのは、セプテアの皇帝と竜を従えた竜姫。

 強い風に長い髪を嬲らせ、凛とした目が天の竜を捕らえていた。

 地にいる人間の事など眼中にないというその姿は、神々しくもある。

 両腕を広げ、およそ人が出せると思えない高音と重音を自由自在に紡ぎ出す。

 気持ちの弱い騎士は、既に涙を流しその場にうずくまっていた。

 カリューシアの竜姫に、竜だけでなくセプテアの騎士たちまでもが傅こうとしている。

「え……ええいっ! 何をしている! 敵国の姫だぞ! 捕らえろ!」

 立派な甲冑やマントに着られているという風体のダルメアが、金切り声を上げて騎士たちに怒鳴り散らした。
 ルドガーは、その姿は娘のカティスそっくりだと思う。

「ですが、竜姫の前にいらっしゃるのは陛下です」

「それがどうした! あの男はこの国を我が物とし、意のままにしようとする国賊だぞ!?」

 ダルメアの言い分に、騎士たちは困惑顔だ。
 彼らの迷いを代弁したのは、鍛え上げられた体躯に甲冑が似合うドルウォート将軍だった。

「皇帝陛下が国を司られるのは、当たり前の事ではないのですか?」

「な……っ、何だと!? 貴様、裏切るのか!?」

「裏切られたのはあなたの方ではないのですか? 私がお仕えした先帝陛下は、確かにルドガー陛下をご立派な後継者にお育てあそばした。その才を見いださず、お飾りの皇帝に仕立て上げたのはあなたでしょう」

「あの青二才に政治の才などない! この私が! セプテアを司るに相応しいのだ!」

 完全にダルメアは自分こそが皇帝に相応しいと言い切った。

 それを聞き、周囲の騎士たちは動揺を隠せない。
 元帥――ルドガーの親戚である公爵は、鼻白んだ顔つきだ。

 明らかにダルメアは失言をした。

「A――――Aa――、Ee――――」

 彼らのみっともない言い合いなど構わず、シーラは頭を空っぽにして歌い続けていた。

 いつもなら立ったまますべてを捧げて歌うが、今回は歩を運ぶという動作が伴う。
 一歩前に進むだけで集中力が揺らいでしまう。

 今のシーラはただ前に進む事だけに体の神経を使い、残る精神の部分はすべて歌に擲っている。

 その気迫に押され、ルドガーとシーラが触れられる距離に進んでもセプテアの騎士たちは一歩も動けなかった。

 圧倒的な声量を前に心と体が震え、シーラを捕らえるどころか足が後退する。

 自然と道が開いた中央を、シーラはゆっくりと進んでゆく。

「だ……っ、誰も行かぬのなら、私が竜姫を捕らえてやる……っ」

 醜く顔を歪めたダルメアが、手を伸ばしシーラに突進していった。

「!!」

 その場にいたダルメアとシーラ除く全員が「いけない」と思い、同時に体を動かした。

 ルドガーはダルメアの手を払い、突き出された腕を抱え込み投げ飛ばす。

 ドルウォートが部下に指示を出す――間もなく、セプテアの騎士たちがダルメアに剣の切っ先を突きつけた。

 あまりにあっという間な、この場を支配しているのが誰かという事が一目で分かる瞬間だった。

 シーラは何もなかったかのように、全身全霊で歌いつつ進んでいる。

 彼女の後ろ姿を目だけで追い、ダルメアは自分を見下ろし剣を突きつける騎士たちに向かって歯ぎしりをした。

「き……っ、貴様ら! 誰に剣を向けているのか分かっているのか! あの女は敵だぞ!」

 キイキイとみっともなく喚くダルメアに、騎士の一人が呟いた。

「ユーティビア卿はあの高貴なお方を見て、何も感じられないのですか? あんな……触れる事も畏れ多いと思う女神のような方に、よくも害を及ぼそうと考えられますね」

 別の者が言う。

「見てください。戦場では荒れ狂っていた竜たちも、竜姫の歌声を耳にして正気を取り戻している。気高き竜を何十、何百と従えた姫……。俺たちはあんな神にも通じるような方を、敵に回したくありません」

 ルドガーが天を見上げれば、天空の覇者がゆったりと空を舞っていた。

 シーラの歌に呼応するかのように翼を広げ、弧を描いては彼女の周囲を飛び回っている。

 セプテアの人間から見れば、一人の人間がこれほどまで数多くの竜を従えているなど想像もできない。
 自分たちが望んでも得られない竜という存在を、シーラは歌だけで従えているのだ。

 そこには地位も権力も金もない。

 古くから連なる血の盟約に従い、信頼関係のみが成り立っている。
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