未来の夫が破滅するので、ハッピーエンドのために運命を変えます~竜姫は竜王子と魔導皇帝に溺愛される~

臣桜

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竜姫の歌

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 ルドガーの安堵した声がしたと思うと、最後にポンポンと優しく頭を撫でられた。

「あなたがこの場にいてくれて良かったです。ルドガー」

「シーラは昔から、やんちゃな妹のような存在だったからな。君が転ばないように見守るのも、私の役目だ」

 後ろから聞こえた笑い声に、シーラの表情も柔らかくなる。

「白竜、地上に降りてくれますか? あなたが大丈夫な距離で構いません。平静を保っていられる距離にいる竜から、少しずつ正気に戻す範囲を広げます」

『了解した。どちらの陣地側に下りればいい?』

「白竜、もし可能ならセプテア側に下りて頂きたい。私の顔が分かる者がいれば、シーラに害を及ぼす事を止める事が可能だと思う」

『分かった』

 簡潔に答えて、ナーガはゆっくりと降下しだした。

「私は歌い始めたら、集中して周りがあまり見えなくなります」

「分かっている。私が君の剣となり盾となろう。我が国の兵士が、自国の皇帝に剣を向けないと信じている」

「セプテアの軍も、後方から鎮静化すればガズァルとカリューシアの連合軍も深追いはしないと信じています。私たちの国は、蛮族の国ではありませんから」

 シーラもルドガーも、自分たちの国と民を信じていた。

 やがてナーガは戦場から離れた場所に着地した。
 巨大な爪が地面を削り、足の裏が地を引きずる。できる限り垂直になった翼も、完全な静止と共に折り畳まれた。

『シーラよ。ここより本当に徒歩で大丈夫なのか?』

 二人はナーガが尻尾の先端を差し出してきたので、それに掴まり地上まで下ろしてもらう。
 帽子とゴーグルは物入れの中に押し込んできた。

「ありがとうございます。ここより先は、人と人の争いです。人によって決着を付けなければなりません。また、奪われた竜樹の欠片も必ず取り戻しましょう」

『其方を信頼しよう、シーラ。協力が必要な時は、いつでも呼ぶが良い。其方の呼び声になら、いつでも駆けつけよう』

 ナーガはその場でじっと動かず、二人が歩いてゆく姿を見守ってくれるようだ。

「天空の覇者に、心からの感謝を」

 白き竜の前でシーラは一礼し、その隣でルドガーも深く頭を下げる。

 セプテアに竜信仰がなくとも、彼は思い人と親友が大事にするものを大切にしたいと思っていた。
 同時にそれは両親からの教えでもある。

「参りましょう」

 これから夕暮れを迎える空は、まろく光っていた。

 向かう先は西の空。
 いずれ後方より夜がやってくる。

 そうなる前に、すべての決着をつけるのだ。

 なるべくいつもの姿になりたいと思い、シーラは三つ編みを解いた。
 頑固な直毛が風に乗ってサラリと靡く。深く深呼吸をしたあと目を閉じた。

 意識を集中させ、大気に満ちる竜たちの混乱に気持ちを合わせる。

 その中央に、彼らが好む最初の一音を届けるのだ。

 ギャアギャアと耳に伝わる苦しげな音の中央にある音階を探し当て、シーラはゆっくりと息を吸い込んだ。

「A――――」

 腹の底に力を入れ、頭の中にあるという空間に音を響かせる。

 体全体を楽器にし、脳天から天空へ音を飛ばした。

 早くも比較的穢れの外側にいた竜は、最初の一音でシーラの存在に気づいたようだ。

 その音に導かれるように混乱の渦から逃げ出し、呪いが及ばない距離へ飛んでいった。

「流石だな……」

 シーラの歌声と竜たちの反応を見たルドガーが、小さな声で呟いている。

 それを薄ら聞きながら、シーラは丁寧に音を重ねていった。

 竜が好む音階を、丁寧に一音ずつ歌い上げてゆく。
 ある時は音を重ね、また一音にし、糸を縒っては解くように、音を紡いでゆく。

 やがて音に言葉が重なり、シーラがゆっくりと歩き出した。

 ほんの僅かに薄くなった西の空に向け、白金の髪を風に嬲らせた美女が草原を進む。
 碧空を切り取ったかのような目で上空を見上げ、愛しき聖なる生き物に語りかける。

 彼女の少し前を、武器を持たない皇帝が露払いとして歩いていた。

 シーラは武器を持ってきていない。ルドガーも幽閉されていた身なので何も所持していない。

 彼が持っているのは、皇帝への畏怖という信頼ありきの形無きつるぎ。

 皇帝が竜姫を従えているのか、はたまた竜姫が皇帝を従えているのか。

 二人だけの行進は、いま静かに始まった。

「A――――Aa――、Ha――――」

 音階を紡いだ上で神竜への祈りを捧げ終わったシーラは、すべてのメロディーを半音上げた。
 竜に響く音階を変えず、より高くメッセージ性の強い歌声が力強く草原に響き渡った。

「…………っ」

 シーラの本気を知ったルドガーが、全身の毛を逆立てる。

 あの細い体のどこにこんな力強い声が眠っているのかと思うほど、シーラの歌声は天空と大地の狭間を突き抜けていた。
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