未来の夫が破滅するので、ハッピーエンドのために運命を変えます~竜姫は竜王子と魔導皇帝に溺愛される~

臣桜

文字の大きさ
上 下
43 / 60

届くまで歌ってみせます

しおりを挟む
『シーラ、ここからは戦場の周りを旋回する。その間にどうするか決めてくれ』

 眼下にレティ河の流れが見えた頃、ナーガがどこか苦しそうな声で告げる。

「どうしたのです? 戦場の真ん中には下りられないのですか?」

 様子のおかしいナーガを訝しみ、シーラは彼の調子が悪いのかと心配した。

『あの場に穢れがある。我が一族の誇りに呪いを掛け、邪悪な法とした物体がある。それが我らに不穏な気を放ち、思考を遮ってくる』

「何ですって?」

『穢れ』と聞いてまず思い出したのは、元の世界のルドガーの姿だった。

 あれを思い出し、全身からザッと血の気が引く。

 同時に頭に思い浮かんだのは、「竜樹の呪い」という単語だ。
 それは後ろにいるルドガーも同じだったらしく、シーラに声を掛ける。

「宮殿にあった竜樹の欠片が、あの呪い師に何らかの術を掛けられ、運ばれたのではないか?」

「その可能性が高いですね」

 悔しそうに顔を歪め、シーラが唸る。

 あの呪い師は確かにシーラたちに協力すると言い、ダルメアに不審に思われないよう少し宮殿に身を置いてから姿を消すと言った。

 約束を守ったとしても、宮殿に滞在している間ダルメアに新たな命令を下されたとしたら――?

 それは互いに不可避の状況であり、仕方がない事だ。
 今さらあの呪い師を探し出し、「どういうつもりだ」と詰め寄ってもお門違いなのだろう。

 ならば、今できる最善の方法を採らなければ――。

「私が禊をする事により竜樹の呪いが解けたのなら、きっとその呪いに手を出せるのも私だけです」

「シーラ!」

 彼女の言葉にルドガーが悲鳴に似た声を上げた。

 ナーガは先ほどから戦場を遠巻きにした空域を、円を描いて飛んでいる。
 ナーガが飛んでいる場所がギリギリの距離らしく、そこより内側にいる竜たちは皆苦しんで鳴き、やたらめったらな飛び方をしていた。

 シーラは竜たちのそのような姿を見るのが辛い。心が引きちぎられそうだ。

 それは恐らく、彼らを相棒としているガズァルの竜騎士たちも同じ気持ちなのだと思う。

 視線の先でも竜同士がぶつかり合い、けたたましい鳴き声を上げ鋭い爪で互いにつかみかかっている。
 危うく地上に落下しそうになる者もいれば、自らの鱗に牙を立てむしっている者もいる。

 上空でそのような混乱がある一方、地上ではセプテアの魔導舞台が火や雷、または氷の礫を飛ばしていた。

 レティ河沿いの大地は陥没、あるいは隆起し、美しかった風景は失われていた。
 投石機から火を纏った巨石が投げられ、あちこちから何かが燃える匂いが漂っている。

 ――戦場だ。

 自分たちの親が、祖父母が、先祖が、代々大切に守ってきた平和を、ダルメアという身の程をわきまえない者のためにぶち壊された。

 シーラの胸の奥に言いようのない感情が生まれ、激しい悔しさと共に涙が零れ落ちそうになる。

(この戦場にいる一人一人にだって、家に帰れば待っている家族がいるのに……)

 騎士や兵士という誇り高い仕事をしていても、誰が好きこのんで命を差し出したいと思うだろう。
 自ら命を捧げるに値すると決めた主君のためならともかく、自分の名を覚えているかどうかすらも分からない者の見栄のせいで、名前も知らない者同士が殺し合っている。

「私が……、私が止めなければいけないのです。この愚かしい戦争を、歪んだ歴史を、時空を越えた私が……」

 体を、目に見えない炎が包んでいるかのようだ。
 身も心も焦がしそうな思いに囚われていた時――、背後から力強い腕に抱き締められた。

「……っ」

 ビクッとして現実に気持ちを引き戻すと、胸の前で交差された手がトンとシーラの肩を叩いた。
 それから、安心させるようにトン、トンと何度も肩を撫でる。

「落ち着け。いつもの冷静な君に戻るんだ。確かにこの愚かしい戦争を止めるのは最大の目的だ。しかし闇雲に突っ込んで行動し、それが上手くいくかと言えば答えはノーだ。胸一杯に息を吸い込んで、吐いて。頭を空っぽにしてからもう一度ゆっくり考えるんだ」

 耳元でルドガーの穏やかな声がし、シーラは目を閉じた。

 上空の切れそうに冷たい空気を吸い込み、体を包むルドガーの温もりを感じる。
 ナーガの力強い羽ばたきを感じ、空を支配する美しい生き物に祈りの言葉を呟いた。

「……私は、地上に降りて歌います」

 やがて呟かれた言葉は、シーラの根源となるものだ。

 シーラに特別な力はない。あるのはこの身に流れるカリューシアの血筋。
 そして先祖代々伝えられた竜の言葉。そして彼らとの絆。遠い記憶で結ばれた約束。

「彼らに私の歌声が届くか分かりません。ですが、届くまで歌ってみせます」

「分かった。私は君を守ろう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...