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塔の上の皇帝
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ルドガーが行き来できるのは、塔の最上部にある二フロア。最上部は住居となり、一階下はバスルームと寝室がある。
確かにただ生きながらえるだけなら不備はないだろうし、食事も今のところいつもと変わりない物が運ばれてくる。
「しかし……、これが皇帝がいるべき場所とはな」
呆れた声を出し、ルドガーは長椅子の上で仰向けになったまま脚を組み替える。
「返す返す、乱心したのはどちらだと言いたい。もう手段など選ぶつもりはない。この国を内部から一度破壊し、その上に正しい歴史を積み上げなければ」
一人呟いたあとも、ルドガーはじっと高い場所にある窓を見つめていた。
きっと今にもあの空の彼方に、自分を目がけて勇ましくも美しい竜姫が飛んで来てくれる。
そう信じているのだ。
すべての発端からして、好きな女性と幼馴染みから『救われるべき存在』と思われているのは宜しくない。
男としても、一国の皇帝としても情けない。
「……だが最初は、父上の治世でも宰相として働いていたダルメアを、信じようという気持ちがあったんだよな……」
十歳のあの日、国民が喪に臥した日から、ダルメアはルドガーの父代わりでもあった。
父が生きていた時代と変わらず、「お小さい陛下をお支え致します」と跪いたのだ。
最初は本当に、その言葉を信じていた。
いずれ皇帝になる身として、ルドガーは英才教育を受けていた。
十歳の時点で既に抜きん出た才を見せていたが、大人から見ればまだまだ『子供』だったのだろう。
貴族たちの言う事を理解できるために勉強をしてきたというのに、「陛下はまだご理解できないでしょうから」と言われ、会議に参加させてもらえなかった。
気がつけば「この書類に目を通して、陛下が宜しいと思われましたらサインと押印をお願い致します」と言われ、その作業ばかりするようになっていた。
父は皇帝でありながら積極的に会議に参加し、騎士団や魔導団、ありとあらゆる末端にまで顔を見せようと尽力していた。
ルドガーもそんな皇帝になりたいと思っていたのに――。
気がつけば、彼はお飾りの皇帝になっていた。
十五になった日から気持ちを切り替え、「会議に参加したい」とダルメアに告げても、「陛下はこの中から良いと思った姫君をお教えください」と周辺国の姫君の姿絵を見せられた。
その時ルドガーは自分がダルメアに、『政治利用するための駒』としか考えられていない事に気づいたのだ。
遅すぎると言えば、遅すぎたかもしれない。
だがそれでも、皇帝の血筋を尊ぶ一派はいてくれた。
軍事帝国の手足である騎士団長のドルウォートは、父の時代からの忠臣だ。
会議でも大きな発言権を持っている公爵――親族たちも、懸命にルドガーの味方をしてくれている。
だがそれよりもダルメアがユーティビア侯爵家の当主となった日から、いやそれよりもずっと前より連綿と続いてきた家柄により、築き上げた貴族同士の横の繋がりは強かった。
正当な皇帝やその家系に対する馬鹿正直な畏怖よりも、自分たちの益となる利害関係を重きとした者の何と多い事か。
気がつけばルドガーは孤立無援に近い状態になっていた。
会議に顔を出すようになれても、彼が発言した事に貴族たちは取り合わない。
おざなりに「よきご意見でございますね」と言い、流すように次の発言をするのだ。
縋る両親もいない。妹を政略結婚のだしに使おうとするダルメアから守るのも、精一杯だ。
いまルドガーの妹は、行儀見習いという名目で離宮にやっている。
そこで信頼の置ける親戚筋の貴族たちに守らせ、なるべく中枢部の毒が回らないようにしていた。
兄が妹を守るというには、あまりに情けないやり方だ。
「甘い考えはもうすべて捨てる。シーラとライオットに心配をさせ、迷惑を掛けるのもこれで終わりにする。遠方に視察に行った両親の身に何があったのか知りたいが、それすらも私の弱点となるのなら謎を追わない」
一つ一つルドガーは自分に言い聞かせ、己の甘い部分を引き剥がしてゆく。
「心のどこかにあったダルメアへの期待を、すべて捨てるんだ。あいつはもう親代わりではない。敵だ。私の地位を脅かす敵……」
そこまで言った時、小さな足音を耳にしてルドガーは口を閉ざす。
現在セプテアはカリューシアとガズァルと交戦中のはずだ。
宮殿内にいる貴族たちも、皆会議や作戦で忙しいはず。
前線の状況を聞いては、周辺の町村の避難や今後の食料などの配給を考えているはず。
やがて小さな足音はドアの前で止まり、やや少ししてからトントンとノックがされた。
「シーラ? ……まさかな」
彼女が地上から来られるはずがない。
だとしたら誰だろう? ドルウォートがよこした使いか誰かだろうか?
少し期待してルドガーはドアに近付き、「誰だ?」と声を返す。
するとドアの外に立っている兵士が鍵を開けたのか、耳障りな金属音がした後にドアが開いた。
姿を現したのは――。
「陛下」
確かにただ生きながらえるだけなら不備はないだろうし、食事も今のところいつもと変わりない物が運ばれてくる。
「しかし……、これが皇帝がいるべき場所とはな」
呆れた声を出し、ルドガーは長椅子の上で仰向けになったまま脚を組み替える。
「返す返す、乱心したのはどちらだと言いたい。もう手段など選ぶつもりはない。この国を内部から一度破壊し、その上に正しい歴史を積み上げなければ」
一人呟いたあとも、ルドガーはじっと高い場所にある窓を見つめていた。
きっと今にもあの空の彼方に、自分を目がけて勇ましくも美しい竜姫が飛んで来てくれる。
そう信じているのだ。
すべての発端からして、好きな女性と幼馴染みから『救われるべき存在』と思われているのは宜しくない。
男としても、一国の皇帝としても情けない。
「……だが最初は、父上の治世でも宰相として働いていたダルメアを、信じようという気持ちがあったんだよな……」
十歳のあの日、国民が喪に臥した日から、ダルメアはルドガーの父代わりでもあった。
父が生きていた時代と変わらず、「お小さい陛下をお支え致します」と跪いたのだ。
最初は本当に、その言葉を信じていた。
いずれ皇帝になる身として、ルドガーは英才教育を受けていた。
十歳の時点で既に抜きん出た才を見せていたが、大人から見ればまだまだ『子供』だったのだろう。
貴族たちの言う事を理解できるために勉強をしてきたというのに、「陛下はまだご理解できないでしょうから」と言われ、会議に参加させてもらえなかった。
気がつけば「この書類に目を通して、陛下が宜しいと思われましたらサインと押印をお願い致します」と言われ、その作業ばかりするようになっていた。
父は皇帝でありながら積極的に会議に参加し、騎士団や魔導団、ありとあらゆる末端にまで顔を見せようと尽力していた。
ルドガーもそんな皇帝になりたいと思っていたのに――。
気がつけば、彼はお飾りの皇帝になっていた。
十五になった日から気持ちを切り替え、「会議に参加したい」とダルメアに告げても、「陛下はこの中から良いと思った姫君をお教えください」と周辺国の姫君の姿絵を見せられた。
その時ルドガーは自分がダルメアに、『政治利用するための駒』としか考えられていない事に気づいたのだ。
遅すぎると言えば、遅すぎたかもしれない。
だがそれでも、皇帝の血筋を尊ぶ一派はいてくれた。
軍事帝国の手足である騎士団長のドルウォートは、父の時代からの忠臣だ。
会議でも大きな発言権を持っている公爵――親族たちも、懸命にルドガーの味方をしてくれている。
だがそれよりもダルメアがユーティビア侯爵家の当主となった日から、いやそれよりもずっと前より連綿と続いてきた家柄により、築き上げた貴族同士の横の繋がりは強かった。
正当な皇帝やその家系に対する馬鹿正直な畏怖よりも、自分たちの益となる利害関係を重きとした者の何と多い事か。
気がつけばルドガーは孤立無援に近い状態になっていた。
会議に顔を出すようになれても、彼が発言した事に貴族たちは取り合わない。
おざなりに「よきご意見でございますね」と言い、流すように次の発言をするのだ。
縋る両親もいない。妹を政略結婚のだしに使おうとするダルメアから守るのも、精一杯だ。
いまルドガーの妹は、行儀見習いという名目で離宮にやっている。
そこで信頼の置ける親戚筋の貴族たちに守らせ、なるべく中枢部の毒が回らないようにしていた。
兄が妹を守るというには、あまりに情けないやり方だ。
「甘い考えはもうすべて捨てる。シーラとライオットに心配をさせ、迷惑を掛けるのもこれで終わりにする。遠方に視察に行った両親の身に何があったのか知りたいが、それすらも私の弱点となるのなら謎を追わない」
一つ一つルドガーは自分に言い聞かせ、己の甘い部分を引き剥がしてゆく。
「心のどこかにあったダルメアへの期待を、すべて捨てるんだ。あいつはもう親代わりではない。敵だ。私の地位を脅かす敵……」
そこまで言った時、小さな足音を耳にしてルドガーは口を閉ざす。
現在セプテアはカリューシアとガズァルと交戦中のはずだ。
宮殿内にいる貴族たちも、皆会議や作戦で忙しいはず。
前線の状況を聞いては、周辺の町村の避難や今後の食料などの配給を考えているはず。
やがて小さな足音はドアの前で止まり、やや少ししてからトントンとノックがされた。
「シーラ? ……まさかな」
彼女が地上から来られるはずがない。
だとしたら誰だろう? ドルウォートがよこした使いか誰かだろうか?
少し期待してルドガーはドアに近付き、「誰だ?」と声を返す。
するとドアの外に立っている兵士が鍵を開けたのか、耳障りな金属音がした後にドアが開いた。
姿を現したのは――。
「陛下」
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