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混乱した竜たち

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 皇竜や神そのものとされる神竜の存在はさておき、現王家に一番寄り添っているのは白竜の一族だ。

 祝福の白竜と呼ばれる彼らの一族は縁起がいいとされ、カリューシアの民は白竜が上空を飛ぶと「いい事がある」と信じている。

 カリューシアの王家が竜の背に跨がる事は行事以外にないが、有時ではこのようにして白竜が従ってくれるのだ。

『シーラ、苦しくないか? もう少しスピードを落として障壁を厚くしてもいいのだが……』

「いいえ、ナーガ。空の道を急いでください。私たちには時間がないのです」

 息を詰まらせつつも白竜――ナーガに返事をすれば、彼は『応』と返事をして速度を上げた。

 体勢を低くして鞍に掴まり、シーラは一心にルドガーを思っていた。

 彼女が手紙を両親に見せれば、勿論夫婦は困惑していた。
 しかしシーラが強い意志でもって「行きたい」と言い、何とか押し通したのだ。

 両親にはこちらの世界での『自分』に時間があまりない事も話してある。
 運命を変えるためだけに、できる事をすべてやらせてほしいと願った。

 こちらの世界でも戦争は起きてしまったが、元の世界のものとは質が違う。
 王家同士がいがみ合っている訳ではなく、まだダルメアさえ倒してしまえば救いがある。

 怪我をすれば、命に関わる何かがあれば――、シーラが曲げた運命がどうなってしまうかまでは分からない。

 だが何よりもシーラは「後悔をしたくない」と強く思っていた。

 結果こうして竜に跨がり、セプテアの宮殿を破壊する決意をするに至ったのだ。



**



 一方ライオットは、長年の相棒ベガの様子がおかしく地上で指揮を執っていた。

 レティ河上空では竜が耳障りな咆吼を上げ、規則性もなく飛び回っている。
 時たま竜同士でぶつかる事もあり、地上にその巨体が落ちてくる事もあった。

 竜は地上に落ちたぐらいでどうって事はないが、人間は堪ったものではない。

「王子……。一体どうしたって言うんでしょう。俺の相棒はともかく、王子のベガまでおかしくなっちまったというのは……」

 竜騎士の一人が言い、竜から下りた彼は一般騎士の手伝いをしていた。

 ライオットもベガを手放してからは、地上の作戦本部に混じって騎士団長などと作戦を話し合っている。
 作戦本部はレティ河付近にある丘の上にあり、見晴らしがいいので地形的には有利だ。

「セプテアの陣に、あの積み荷が来てからだな」

 苦々しい表情でライオットは遠眼鏡を出し、ピントを合わせて片目を瞑る。

 レティ河のずっと向こう、セプテアの天幕がある奥地に妙な積み荷があるのだ。
 荷台の上に何かを封じたかのような箱があり、それに誰も触れられないよう檻がついている。

 竜たちは明らかにそれを気にしていて、その積み荷が戦場に現れてから竜騎士の戦力は当てにならなくなったのだ。

「一体あれは何なんだ……。竜たちを乱すような大きな力を発する何か……」

 遠眼鏡を下ろし、ライオットは眉間に皺を寄せる。

 思い当たるものがない訳ではない。
 セプテアが竜樹を傷付けたというのなら、竜を乱す影響力がある呪具と言えばそれしか思いつかない。

 だがそれがどういった形をし、何をすれば竜たちが元に戻るのか、すべてが分からないのだ。

 手詰まりのまま、カリューシアとガズァルの連合軍はセプテアの魔導軍も相手にしなければいけない。
 今もレティ河の上空には火の玉が飛び、魔術が及ぶ範囲で地面が隆起したり陥没し、こちらの騎士たちが損害を被っている。

 セプテアにお忍びで行った時、ヒラの魔導士が『量産型』だとしても、その数が集まれば立派な戦力となる。

「シーラ、急いでくれ……」

 ライオットの元にも、ドルウォート将軍からの手紙が届いていた。

 すべて上手くいけば、シーラがこの場にルドガーを連れてきてくれる。
 皇帝が直接戦場に赴けば、きっと軍は言う事をきいてくれる。

 ダルメアがいない状況では、誰も皇帝に逆らえないのだ。

「ルドガーも、内部で上手くやってくれていればいいんだが……」

 祈るように呟き、ライオットは自分を呼ぶ部下の声に気付き、気持ちを取り直した。



**



 ルドガーはぼんやりと寝転がり、窓の外を見上げていた。

 宮殿の東の端に塔があり、そこはずっと昔に皇族や貴族を幽閉するために使われていた。

 一般的な罪人であれば宮殿の地下に牢獄があるし、最終的には首都ウルの北に監獄がある。

 しかし貴人を隔離するためという意味合いで、昔はこの塔が頻繁に使われていたらしい。

 塔の上だけあって多少狭いが、一応貴人が住むに相応しい家具類はある。
 ソファセットやベッドは豪華な物で、絵画なども壁に掛かっている。

 望めば楽器や本なども好きなだけ与えられるそうだ。
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