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セプテアの宣戦布告
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「君が心配だから見守っていては駄目か? 呪いがどのように作用するかも心配だし、昼夜構わずここにいるのなら、警護も必要だろ?」
「……ありがとうございます」
自分が可愛くない事を言っていた事に気付き、シーラは内心反省した。
自国にいると特に危機感がなくなる。皇竜の神殿という、カリューシアの内部も内部なら、何もないだろうという慢心があるのだ。
加えて周辺国は両親が親友同士の国。元いた世界ではきな臭い事になってしまったが、この世界はまだ安全であるという気の緩みがあった。
同時にライオットが男性として自分を守りたいと思ってくれている気持ちも、蔑ろにしてしまっていた。
ライオットとルドガーがシーラをしっかり一人の女性として見ている事に対し、シーラの方がまだ幼馴染みという関係から抜けきっていないのかもしれない。
「では、私は禊を始めますから、疲れない場所で見守っていてください」
そう告げた後、シーラは祭壇の前まで進み竜への祈りを始める。
例の竜語で日々の平和を感謝する祈りを捧げたあと、立ち上がって水場に向かう。
水場は大理石でできたプールのようで、シーラが立って胸元ぐらいまで水深がある。
溜まっているのはカリューシアが抱く霊峰から流れる霊水で、とても冷たいものだった。
しかしシーラは迷わず桶に水を汲み、頭から被った。
バシャッと水音がし、全身を切るような冷たさが襲う。
何度かそれを繰り返し、気持ちを引き締めた後、シーラは階段を下りてすっかり水に浸かってしまった。
両手を組んで祈りの形にし、そこから先はただひたすらに彼女が祈るだけとなった。
シンとした神殿内で、ライオットは微動だにせずシーラを見守る。
巫女が無言で椅子を持ってきたが、彼は静かに首を振った。
シーラが立ったまま禊をするのなら、自分も同じように立って時間を過ごしたいと思ったのだろう。
一度の禊は一時間。
冷たい水に体を浸し一時間経った後は、シーラはすっかり唇を青くさせ肌の色も真っ白になっていた。
「大丈夫か? シーラ」
すかさずライオットがフカフカのタオルで彼女を包んでくれ、シーラは微笑する。
「ありがとうございます。集中している間、背中の痛みが少し引いたような気がしました。三十分後に、また浸かります」
カリューシアに縁遠い人からすれば、ここはただ山の上にある小さな神殿だ。
だがカリューシアの王族であるシーラにとっては、竜の庇護が一番感じられる場所である。
彼女が禊をしている間も、山肌の近くを竜が飛んでゆく音が聞こえた。
カリューシアの民が竜風と呼ぶ突風も、すべて聖なる存在の息吹に思える。
「体がすっかり冷えてしまっているな。巫女が暖炉に火を焚いてくれているから、あちらで温まろう」
「はい」
シーラを抱くようにしてライオットが移動し、暖炉の前にある木の椅子に彼女を座らせた。
「これを……。何日続けるんだ?」
「まだ分かりません。一度目の禊の感覚でも、刻印の痛みが少し和らいだ程度にしか思えません。じっくりと竜気がこの体を満たし、竜樹から受けた呪いを浄化するまでは数週間は見ないと……と、思います」
「そうか」
シーラの身に宿った刻印の事なので、彼女が一番分かる。そう思っただろうライオットは、特に深く追求しなかった。
その後もシーラは日没まで禊ぎを繰り返し、夜になる頃にはすっかり体を冷やし歩くのも精一杯になっていた。
巫女が用意した熱い風呂に入り、神殿内の寝室で深い眠りに入る。
ライオットは共に生活をしてくれ、別の部屋で寝起きし、同じ食卓についた。
世話をする巫女たちも、シーラが何のために禊ぎをしているのかは知らされていない。
だが国や民のためだと思い、甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだった。
そのようにして、シーラの身さえ浄化されればすべてが解決すると思っていたのだが、事は簡単に収まらなかった。
セプテアがカリューシアとガズァルに宣戦布告したのだ。
書状によれば、二国の貴人――シーラとライオットが、セプテアの貴人を罵り貶めたという事が発端らしい。
「どういう事だ……」
どれだけ頭を悩ませても、シーラとライオットがルドガーに無礼を働き、彼が立腹して戦争を起こしたと思えない。
ここはその時空ではないのだ。
「……やはり宰相殿とカティス様の事でしょうか?」
皇竜の神殿まで駆け上がってきた使いは、巫女に渡された水をガブガブと飲んでいるところだ。
「……ありがとうございます」
自分が可愛くない事を言っていた事に気付き、シーラは内心反省した。
自国にいると特に危機感がなくなる。皇竜の神殿という、カリューシアの内部も内部なら、何もないだろうという慢心があるのだ。
加えて周辺国は両親が親友同士の国。元いた世界ではきな臭い事になってしまったが、この世界はまだ安全であるという気の緩みがあった。
同時にライオットが男性として自分を守りたいと思ってくれている気持ちも、蔑ろにしてしまっていた。
ライオットとルドガーがシーラをしっかり一人の女性として見ている事に対し、シーラの方がまだ幼馴染みという関係から抜けきっていないのかもしれない。
「では、私は禊を始めますから、疲れない場所で見守っていてください」
そう告げた後、シーラは祭壇の前まで進み竜への祈りを始める。
例の竜語で日々の平和を感謝する祈りを捧げたあと、立ち上がって水場に向かう。
水場は大理石でできたプールのようで、シーラが立って胸元ぐらいまで水深がある。
溜まっているのはカリューシアが抱く霊峰から流れる霊水で、とても冷たいものだった。
しかしシーラは迷わず桶に水を汲み、頭から被った。
バシャッと水音がし、全身を切るような冷たさが襲う。
何度かそれを繰り返し、気持ちを引き締めた後、シーラは階段を下りてすっかり水に浸かってしまった。
両手を組んで祈りの形にし、そこから先はただひたすらに彼女が祈るだけとなった。
シンとした神殿内で、ライオットは微動だにせずシーラを見守る。
巫女が無言で椅子を持ってきたが、彼は静かに首を振った。
シーラが立ったまま禊をするのなら、自分も同じように立って時間を過ごしたいと思ったのだろう。
一度の禊は一時間。
冷たい水に体を浸し一時間経った後は、シーラはすっかり唇を青くさせ肌の色も真っ白になっていた。
「大丈夫か? シーラ」
すかさずライオットがフカフカのタオルで彼女を包んでくれ、シーラは微笑する。
「ありがとうございます。集中している間、背中の痛みが少し引いたような気がしました。三十分後に、また浸かります」
カリューシアに縁遠い人からすれば、ここはただ山の上にある小さな神殿だ。
だがカリューシアの王族であるシーラにとっては、竜の庇護が一番感じられる場所である。
彼女が禊をしている間も、山肌の近くを竜が飛んでゆく音が聞こえた。
カリューシアの民が竜風と呼ぶ突風も、すべて聖なる存在の息吹に思える。
「体がすっかり冷えてしまっているな。巫女が暖炉に火を焚いてくれているから、あちらで温まろう」
「はい」
シーラを抱くようにしてライオットが移動し、暖炉の前にある木の椅子に彼女を座らせた。
「これを……。何日続けるんだ?」
「まだ分かりません。一度目の禊の感覚でも、刻印の痛みが少し和らいだ程度にしか思えません。じっくりと竜気がこの体を満たし、竜樹から受けた呪いを浄化するまでは数週間は見ないと……と、思います」
「そうか」
シーラの身に宿った刻印の事なので、彼女が一番分かる。そう思っただろうライオットは、特に深く追求しなかった。
その後もシーラは日没まで禊ぎを繰り返し、夜になる頃にはすっかり体を冷やし歩くのも精一杯になっていた。
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書状によれば、二国の貴人――シーラとライオットが、セプテアの貴人を罵り貶めたという事が発端らしい。
「どういう事だ……」
どれだけ頭を悩ませても、シーラとライオットがルドガーに無礼を働き、彼が立腹して戦争を起こしたと思えない。
ここはその時空ではないのだ。
「……やはり宰相殿とカティス様の事でしょうか?」
皇竜の神殿まで駆け上がってきた使いは、巫女に渡された水をガブガブと飲んでいるところだ。
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