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身代わりの呪い
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やがて金属が擦れ合う音がし、呪い師が短剣を取り出した。
「陛下、失礼致します」
呪い師が低く呟いたあと、ルドガーの胸の刻印に傷が付けられたのか、彼が低く唸る声が聞こえる。
「竜姫殿下、失礼致します。陛下、竜姫殿下の背の上に」
二人の気配がグッと近付き、シーラのすぐ脇にルドガーのブーツのつま先が見えた。
背中を晒したままじっとしていると、シーラの背中に生温かいものが滴った。
「…………!」
小さく息を呑む。
思ったよりもルドガーの出血が多いからだ。
想像では数滴の血がつくぐらいを想像していたが、ボタボタと滴るほど血が出ている。
「ル――」
彼の名を呼ぼうとしたシーラの前に、呪い師がスッと手を差し出し制した。
「これから竜姫殿下のお背中に、呪いを指で描いて参ります」
「……はい」
「陛下の傷跡にも、触れさせて頂きます。多少痛むかもしれませんが、堪えてください」
その後、呪い師は口の中で呪文を唱えつつ、シーラの背中に何かの模様を描いていった。
「……っ」
(これは……)
それまで呪い師の呪文を聞いても何とも思わなかったのに、背中を彼の指が滑るのを感じながら聞くと、全身がざわざわする。
触れられた部分が熱い――というより、そこから何かが根付いてシーラを侵食するように思えた。
小さな痛みを伴う肉の根は、細かな枝を張り巡らせつつシーラを蝕んでゆく。
「ん……っ、く」
じんわりとした痛みに、シーラは歯を食いしばった。
ルドガーはずっとこれに耐えてきたのだ。
双頭の蛇が心臓に絡みつき、剣が突き立てられた模様。
表皮に刻まれたあの刻印の裏に、ギザギザのついた何かがあり体の内部に鋭い棘を立てている感じだ。
「……終わりました。身代わりの呪いは、無事竜姫殿下に移りました」
呪い師の静かな声がし、彼が何か布でシーラの背中を押さえた。
「……終わったのですか」
呪い師に触れられた部分は、ズキンズキンと疼くように痛む。
そこから根を張った何かが、自分の体にある血や肉、生命力を少しずつ吸い取っているように思える。
「ルドガー、私の背中はどうなっていますか? あなたの刻印は……消えましたか?」
思わず胸元を押さえ振り仰ぐと、左胸に止血の布を当てたルドガーが泣きそうな顔をして立っていた。
呪い師はその横を通り抜けて衝立の向こう側に消え、代わりにライオットが姿を現す。
「シーラ……。大丈夫か?」
明らかに彼も顔色を悪くし、シーラの背中を見ている。
「そんなに酷いのですか? 確かに少し痛みますが……」
触れてみようと手を探らせると、それをルドガーが掴んだ。
「触らない方がいい。移されて最初は、まだ刻印から血が滲んでいるから」
彼の方こそ痛みに耐える顔をしている。
「ルドガーも……移されたのですか?」
「ああ。元々はダルメアに言われて呪い師がその身に呪いを刻んだ。それを『国力を大きくするため』と『両親の死の真相を知るため』に、私の身に刻まれた」
「なるほど……」
ライオットが息をつく。
だからシーラがルドガーの呪いを自分に……と言った時、「そんな手段はない」と言わなかったのだ。
「ともかく、これで準備は整いました。あとは私が皇竜の神殿で禊ぎを続け、呪いを浄化すれば良いのです」
シーラがドレスを纏おうとすると、ルドガーが慌てて制する。
「君は少し傷口が乾くまで待っていた方がいい。そのままだと服の布地に傷が貼り付いてしまう。今日はもう休んでくれ。……色々、ありがとう。済まなかった」
「……ええ。分かりました」
シーラも自分の傷の状況が分かったのか、素直に頷いた。
彼女自身、ルドガーから呪いを移されて少し疲れていたのもある。
「メイドにケープのような物を持ってこさせるから、それを羽織って部屋に。あとは傷の手当てをして、休んでいてくれ」
「はい」
その後は三人ともあまりいい言葉が出なかった。
シーラは温くなったお茶を飲み、やがてメイドが持ってきたケープを羽織ると、そのまま貴賓室に戻り治療を受けた。
メイドに左腕の痣を確認してもらえば、目盛りは過ごした日にちに併せ順当に減っているようだ。
あまり、のんびりはしていられない。
**
「陛下、失礼致します」
呪い師が低く呟いたあと、ルドガーの胸の刻印に傷が付けられたのか、彼が低く唸る声が聞こえる。
「竜姫殿下、失礼致します。陛下、竜姫殿下の背の上に」
二人の気配がグッと近付き、シーラのすぐ脇にルドガーのブーツのつま先が見えた。
背中を晒したままじっとしていると、シーラの背中に生温かいものが滴った。
「…………!」
小さく息を呑む。
思ったよりもルドガーの出血が多いからだ。
想像では数滴の血がつくぐらいを想像していたが、ボタボタと滴るほど血が出ている。
「ル――」
彼の名を呼ぼうとしたシーラの前に、呪い師がスッと手を差し出し制した。
「これから竜姫殿下のお背中に、呪いを指で描いて参ります」
「……はい」
「陛下の傷跡にも、触れさせて頂きます。多少痛むかもしれませんが、堪えてください」
その後、呪い師は口の中で呪文を唱えつつ、シーラの背中に何かの模様を描いていった。
「……っ」
(これは……)
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触れられた部分が熱い――というより、そこから何かが根付いてシーラを侵食するように思えた。
小さな痛みを伴う肉の根は、細かな枝を張り巡らせつつシーラを蝕んでゆく。
「ん……っ、く」
じんわりとした痛みに、シーラは歯を食いしばった。
ルドガーはずっとこれに耐えてきたのだ。
双頭の蛇が心臓に絡みつき、剣が突き立てられた模様。
表皮に刻まれたあの刻印の裏に、ギザギザのついた何かがあり体の内部に鋭い棘を立てている感じだ。
「……終わりました。身代わりの呪いは、無事竜姫殿下に移りました」
呪い師の静かな声がし、彼が何か布でシーラの背中を押さえた。
「……終わったのですか」
呪い師に触れられた部分は、ズキンズキンと疼くように痛む。
そこから根を張った何かが、自分の体にある血や肉、生命力を少しずつ吸い取っているように思える。
「ルドガー、私の背中はどうなっていますか? あなたの刻印は……消えましたか?」
思わず胸元を押さえ振り仰ぐと、左胸に止血の布を当てたルドガーが泣きそうな顔をして立っていた。
呪い師はその横を通り抜けて衝立の向こう側に消え、代わりにライオットが姿を現す。
「シーラ……。大丈夫か?」
明らかに彼も顔色を悪くし、シーラの背中を見ている。
「そんなに酷いのですか? 確かに少し痛みますが……」
触れてみようと手を探らせると、それをルドガーが掴んだ。
「触らない方がいい。移されて最初は、まだ刻印から血が滲んでいるから」
彼の方こそ痛みに耐える顔をしている。
「ルドガーも……移されたのですか?」
「ああ。元々はダルメアに言われて呪い師がその身に呪いを刻んだ。それを『国力を大きくするため』と『両親の死の真相を知るため』に、私の身に刻まれた」
「なるほど……」
ライオットが息をつく。
だからシーラがルドガーの呪いを自分に……と言った時、「そんな手段はない」と言わなかったのだ。
「ともかく、これで準備は整いました。あとは私が皇竜の神殿で禊ぎを続け、呪いを浄化すれば良いのです」
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「君は少し傷口が乾くまで待っていた方がいい。そのままだと服の布地に傷が貼り付いてしまう。今日はもう休んでくれ。……色々、ありがとう。済まなかった」
「……ええ。分かりました」
シーラも自分の傷の状況が分かったのか、素直に頷いた。
彼女自身、ルドガーから呪いを移されて少し疲れていたのもある。
「メイドにケープのような物を持ってこさせるから、それを羽織って部屋に。あとは傷の手当てをして、休んでいてくれ」
「はい」
その後は三人ともあまりいい言葉が出なかった。
シーラは温くなったお茶を飲み、やがてメイドが持ってきたケープを羽織ると、そのまま貴賓室に戻り治療を受けた。
メイドに左腕の痣を確認してもらえば、目盛りは過ごした日にちに併せ順当に減っているようだ。
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