未来の夫が破滅するので、ハッピーエンドのために運命を変えます~竜姫は竜王子と魔導皇帝に溺愛される~

臣桜

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呪いを移す

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「ご事情、把握致しました。呪い師が来るとの事ですので、私はこの辺りで退室させて頂きます。私個人にお話がありましたら、ぜひいつでもお待ちしております」

 ドルウォートは頭を下げ、静かに部屋を出て行った。
 彼が味方になってくれて良かったと言っていると、少ししてから呪い師が部屋を訪れる。

「……何か、御用でしょうか」

 やはり陰気な声で問う呪い師に、立ち上がったシーラは己の胸に手を当てて告げる。

「ルドガーの刻印を、私の身に宿してください」

 言われた言葉を確認するように、呪い師はフードの影で目を眇めた。

「皇竜の血をルドガーが浴びるという選択肢は、とる事ができません。ならば竜樹の呪いに対抗できる私が、彼の呪いを肩代わりします」

「ですが……」

 言いよどむ呪い師に、ライオットが詰め寄る。

「ルドガー、こいつに命令するんだ。宰相よりも皇帝の方が権力がある。その命令でもって、刻印をシーラに移せ」

 身を切られそうな表情で、ライオットは親友の背を押していた。
 最後に立ち上がったルドガーは、青白い顔で呪い師の前に立つ。

「……セプテアの皇帝ルドガーの名において命ずる。ダルメアとの契約を破棄し、私と契約しろ。そして私の身にある刻印を、彼女に……移せ」

 圧し殺した声に、呪い師はしばらく口を閉ざしていた。

「……宰相殿は莫大な報酬金をお約束してくださいました。陛下にはその財がおありですか?」

「報酬とは如何ほどか」

 表情を変えず問うルドガーに、呪い師は金額を告げた。

 軽く別荘や小さな城でも建てられそうな金額に、三人ともやや瞠目する。王族・皇族としては驚くほどの額ではない。
 だが一介の呪い師にその金額を渡してでも、ダルメアはルドガーを亡き者としようとしているのだ。

「……金で命が買えるのなら、幾らでも払ってやる。国家予算は変えられないから、私の私財から出そう。ダルメアが提示した報酬の、倍額を払う」

 苦々しく頷いたルドガーに、呪い師は恭しく胸に手を当てた。

「宜しゅうございます。仰せのままに刻印を竜姫殿下に移します。その後も、私は身の安全のために宰相殿のお側にしばらくおりますが、落ち着いた頃には雲隠れさせて頂きます」

「いいだろう。だが二度とセプテアに近付いてくれるな」

 忌ま忌ましげに言ったあと、ルドガーはジャケットを脱ぎシャツをはだける。
 その姿を見て、シーラは自分も脱ぐ必要があるのか首を傾げた。

「私はどうすれば良いのですか?」

「血肉の呪いは、血肉により移されます。陛下の刻印を少し傷付けさせて頂き、そこより滴った血を竜姫殿下の体に垂らす必要があります」

「では、どこでも良いのですね? 手の甲などでも……」

 脱がなくていいと知って安堵するも、呪い師は更に言葉を重ねる。

「刻印からは常に疼痛があります。胴体ならば痛みに耐える程度で済みますが、頻繁に使う手などでしたら、手先が震えるなどの弊害があるかもしれません」

「そ……それは困りますね」

 手という場所に常に痛みがあるのなら、これから禊ぎをするのにも支障をきたしてしまうかもしれない。

「では……。背中にお願い致します」

 場所を決めた後、シーラは室内にある衝立を指差した。

「あの影で背中を出しておりますから、準備ができましたらあそこで……」

「承知致しました」

 シーラがこそこそと衝立の影に消えると、ライオットとルドガーの小声のやりとりが聞こえる。

「ルド、シーラの背中が見えるのか? いいな」

「不謹慎だぞ」

「口元が笑ってる癖に。さっきまで泣きそうだったの、どこのどいつなんだ」

「すまん」

「にやけてる」

「すまん」

 その声を聞いて呆れつつ、シーラは衝立の影でドレスを脱いでいた。
 幸いコルセットなど体を締め付ける下着はないので、背中にあるくるみボタンを外してしまえば事足りる。
 薄いブルーのドレスを肩から下ろすと、シュミーズの肩紐も左右に下げた。

 長い髪の毛を胸の前に垂らし、シーラは座り込む。

「どうぞ。後ろを向いて座っておりますので、済ませてください」

 彼女の声を聞いて二人の声がやみ、衝立の方に気配がやってくる。
 真っ白な背中を晒しているシーラを見て、誰かが息を呑んだ。

「皇帝陛下、御身に傷を付けさせて頂きます事、お許し願えますか?」

 呪い師の声がし、割と近くでルドガーの声が応える。

「構わない」

「竜姫殿下、そのお肌に多少触れてしまいます事、お許し願えますか?」

「ええ、構いません」

 二人の許可を得て、呪い師が口の中で何か呪文を唱えだした。

 腕を動かしているのか、たっぷりとしたローブの衣擦れの音がする。
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