32 / 60
呪いを移す
しおりを挟む
「ご事情、把握致しました。呪い師が来るとの事ですので、私はこの辺りで退室させて頂きます。私個人にお話がありましたら、ぜひいつでもお待ちしております」
ドルウォートは頭を下げ、静かに部屋を出て行った。
彼が味方になってくれて良かったと言っていると、少ししてから呪い師が部屋を訪れる。
「……何か、御用でしょうか」
やはり陰気な声で問う呪い師に、立ち上がったシーラは己の胸に手を当てて告げる。
「ルドガーの刻印を、私の身に宿してください」
言われた言葉を確認するように、呪い師はフードの影で目を眇めた。
「皇竜の血をルドガーが浴びるという選択肢は、とる事ができません。ならば竜樹の呪いに対抗できる私が、彼の呪いを肩代わりします」
「ですが……」
言いよどむ呪い師に、ライオットが詰め寄る。
「ルドガー、こいつに命令するんだ。宰相よりも皇帝の方が権力がある。その命令でもって、刻印をシーラに移せ」
身を切られそうな表情で、ライオットは親友の背を押していた。
最後に立ち上がったルドガーは、青白い顔で呪い師の前に立つ。
「……セプテアの皇帝ルドガーの名において命ずる。ダルメアとの契約を破棄し、私と契約しろ。そして私の身にある刻印を、彼女に……移せ」
圧し殺した声に、呪い師はしばらく口を閉ざしていた。
「……宰相殿は莫大な報酬金をお約束してくださいました。陛下にはその財がおありですか?」
「報酬とは如何ほどか」
表情を変えず問うルドガーに、呪い師は金額を告げた。
軽く別荘や小さな城でも建てられそうな金額に、三人ともやや瞠目する。王族・皇族としては驚くほどの額ではない。
だが一介の呪い師にその金額を渡してでも、ダルメアはルドガーを亡き者としようとしているのだ。
「……金で命が買えるのなら、幾らでも払ってやる。国家予算は変えられないから、私の私財から出そう。ダルメアが提示した報酬の、倍額を払う」
苦々しく頷いたルドガーに、呪い師は恭しく胸に手を当てた。
「宜しゅうございます。仰せのままに刻印を竜姫殿下に移します。その後も、私は身の安全のために宰相殿のお側にしばらくおりますが、落ち着いた頃には雲隠れさせて頂きます」
「いいだろう。だが二度とセプテアに近付いてくれるな」
忌ま忌ましげに言ったあと、ルドガーはジャケットを脱ぎシャツをはだける。
その姿を見て、シーラは自分も脱ぐ必要があるのか首を傾げた。
「私はどうすれば良いのですか?」
「血肉の呪いは、血肉により移されます。陛下の刻印を少し傷付けさせて頂き、そこより滴った血を竜姫殿下の体に垂らす必要があります」
「では、どこでも良いのですね? 手の甲などでも……」
脱がなくていいと知って安堵するも、呪い師は更に言葉を重ねる。
「刻印からは常に疼痛があります。胴体ならば痛みに耐える程度で済みますが、頻繁に使う手などでしたら、手先が震えるなどの弊害があるかもしれません」
「そ……それは困りますね」
手という場所に常に痛みがあるのなら、これから禊ぎをするのにも支障をきたしてしまうかもしれない。
「では……。背中にお願い致します」
場所を決めた後、シーラは室内にある衝立を指差した。
「あの影で背中を出しておりますから、準備ができましたらあそこで……」
「承知致しました」
シーラがこそこそと衝立の影に消えると、ライオットとルドガーの小声のやりとりが聞こえる。
「ルド、シーラの背中が見えるのか? いいな」
「不謹慎だぞ」
「口元が笑ってる癖に。さっきまで泣きそうだったの、どこのどいつなんだ」
「すまん」
「にやけてる」
「すまん」
その声を聞いて呆れつつ、シーラは衝立の影でドレスを脱いでいた。
幸いコルセットなど体を締め付ける下着はないので、背中にあるくるみボタンを外してしまえば事足りる。
薄いブルーのドレスを肩から下ろすと、シュミーズの肩紐も左右に下げた。
長い髪の毛を胸の前に垂らし、シーラは座り込む。
「どうぞ。後ろを向いて座っておりますので、済ませてください」
彼女の声を聞いて二人の声がやみ、衝立の方に気配がやってくる。
真っ白な背中を晒しているシーラを見て、誰かが息を呑んだ。
「皇帝陛下、御身に傷を付けさせて頂きます事、お許し願えますか?」
呪い師の声がし、割と近くでルドガーの声が応える。
「構わない」
「竜姫殿下、そのお肌に多少触れてしまいます事、お許し願えますか?」
「ええ、構いません」
二人の許可を得て、呪い師が口の中で何か呪文を唱えだした。
腕を動かしているのか、たっぷりとしたローブの衣擦れの音がする。
ドルウォートは頭を下げ、静かに部屋を出て行った。
彼が味方になってくれて良かったと言っていると、少ししてから呪い師が部屋を訪れる。
「……何か、御用でしょうか」
やはり陰気な声で問う呪い師に、立ち上がったシーラは己の胸に手を当てて告げる。
「ルドガーの刻印を、私の身に宿してください」
言われた言葉を確認するように、呪い師はフードの影で目を眇めた。
「皇竜の血をルドガーが浴びるという選択肢は、とる事ができません。ならば竜樹の呪いに対抗できる私が、彼の呪いを肩代わりします」
「ですが……」
言いよどむ呪い師に、ライオットが詰め寄る。
「ルドガー、こいつに命令するんだ。宰相よりも皇帝の方が権力がある。その命令でもって、刻印をシーラに移せ」
身を切られそうな表情で、ライオットは親友の背を押していた。
最後に立ち上がったルドガーは、青白い顔で呪い師の前に立つ。
「……セプテアの皇帝ルドガーの名において命ずる。ダルメアとの契約を破棄し、私と契約しろ。そして私の身にある刻印を、彼女に……移せ」
圧し殺した声に、呪い師はしばらく口を閉ざしていた。
「……宰相殿は莫大な報酬金をお約束してくださいました。陛下にはその財がおありですか?」
「報酬とは如何ほどか」
表情を変えず問うルドガーに、呪い師は金額を告げた。
軽く別荘や小さな城でも建てられそうな金額に、三人ともやや瞠目する。王族・皇族としては驚くほどの額ではない。
だが一介の呪い師にその金額を渡してでも、ダルメアはルドガーを亡き者としようとしているのだ。
「……金で命が買えるのなら、幾らでも払ってやる。国家予算は変えられないから、私の私財から出そう。ダルメアが提示した報酬の、倍額を払う」
苦々しく頷いたルドガーに、呪い師は恭しく胸に手を当てた。
「宜しゅうございます。仰せのままに刻印を竜姫殿下に移します。その後も、私は身の安全のために宰相殿のお側にしばらくおりますが、落ち着いた頃には雲隠れさせて頂きます」
「いいだろう。だが二度とセプテアに近付いてくれるな」
忌ま忌ましげに言ったあと、ルドガーはジャケットを脱ぎシャツをはだける。
その姿を見て、シーラは自分も脱ぐ必要があるのか首を傾げた。
「私はどうすれば良いのですか?」
「血肉の呪いは、血肉により移されます。陛下の刻印を少し傷付けさせて頂き、そこより滴った血を竜姫殿下の体に垂らす必要があります」
「では、どこでも良いのですね? 手の甲などでも……」
脱がなくていいと知って安堵するも、呪い師は更に言葉を重ねる。
「刻印からは常に疼痛があります。胴体ならば痛みに耐える程度で済みますが、頻繁に使う手などでしたら、手先が震えるなどの弊害があるかもしれません」
「そ……それは困りますね」
手という場所に常に痛みがあるのなら、これから禊ぎをするのにも支障をきたしてしまうかもしれない。
「では……。背中にお願い致します」
場所を決めた後、シーラは室内にある衝立を指差した。
「あの影で背中を出しておりますから、準備ができましたらあそこで……」
「承知致しました」
シーラがこそこそと衝立の影に消えると、ライオットとルドガーの小声のやりとりが聞こえる。
「ルド、シーラの背中が見えるのか? いいな」
「不謹慎だぞ」
「口元が笑ってる癖に。さっきまで泣きそうだったの、どこのどいつなんだ」
「すまん」
「にやけてる」
「すまん」
その声を聞いて呆れつつ、シーラは衝立の影でドレスを脱いでいた。
幸いコルセットなど体を締め付ける下着はないので、背中にあるくるみボタンを外してしまえば事足りる。
薄いブルーのドレスを肩から下ろすと、シュミーズの肩紐も左右に下げた。
長い髪の毛を胸の前に垂らし、シーラは座り込む。
「どうぞ。後ろを向いて座っておりますので、済ませてください」
彼女の声を聞いて二人の声がやみ、衝立の方に気配がやってくる。
真っ白な背中を晒しているシーラを見て、誰かが息を呑んだ。
「皇帝陛下、御身に傷を付けさせて頂きます事、お許し願えますか?」
呪い師の声がし、割と近くでルドガーの声が応える。
「構わない」
「竜姫殿下、そのお肌に多少触れてしまいます事、お許し願えますか?」
「ええ、構いません」
二人の許可を得て、呪い師が口の中で何か呪文を唱えだした。
腕を動かしているのか、たっぷりとしたローブの衣擦れの音がする。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

妻の死で思い知らされました。
あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。
急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。
「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」
ジュリアンは知らなかった。
愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。
多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。
そしてクリスティアナの本心は——。
※全十二話。
※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください
※時代考証とか野暮は言わないお約束
※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。
第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』
第二弾『そういうとこだぞ』
それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。
※この話は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました
Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。
秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」
私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。
「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」
愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。
「――あなたは、この家に要らないのよ」
扇子で私の頬を叩くお母様。
……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。
消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる