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代われるなら、代わってあげたい
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「な……っ」
蒼白になったルドガーは何かを言いかけ、口を喘がせた。
そんな事あり得ないと否定したく、だが皇竜という絶対的存在が言うのなら間違いない。
救いはないのか。
――そんな、様々な感情が入り乱れた表情だ。
「…………」
シーラは足を肩幅に開き、ただじっと皇竜を見上げていた。
表情に悔しさを滲ませ、それでも絶対に諦めないという意志が、薄い色の目に浮かんでいる。
睨むかのような厳しい目は、眼前の美しく残酷な生き物を映している。
「絶望……するのは、容易い事です。ヒトは竜に比べ、愚かな生き物です。ですがみっともないまでの執念と多様な策を講じ、ヒトは今日まで生き残ってきたのです」
悔しげに歪んだ唇から、そのような言葉が漏れる。
食い縛った歯も、握った拳も、シーラが諦めていない事を示している。
――代われるなら、代わってあげたい。
そう思った時だった。
「!」
ハッとシーラが息を呑み、自分の思いつきに震えつつも皇竜に提案した。
『私たちカリューシアの王家と、あなたは繋がっています。ガズァルの竜騎士と竜の間に、絆が結ばれるように、あなたの加護が私たち王家にあります。もしかしたら、私の体にルドガーの刻印を移せば、あなたの加護によって消滅させる事も可能なのではないですか?』
『…………』
珍しく、皇竜は口を閉ざす。
だがシーラはそれが「是」だと察した。
「ライオット、ルドガー。急ぎ宮殿に戻り、ルドガーのアレを私に移します」
ヒトの言葉で彼らに語りかけると、当たり前に二人はギョッとして目を剥いた。
「何を言っているんだ! 下手をすれば死ぬんだぞ!?」
「そうだ! 君にアレを渡すぐらいなら、私はこのままでいい!」
激しく反対する二人に、シーラは哀願する。
「お願いです。何の手立てもないルドガーがそのままでいるより、皇竜の加護がある私の方が助かる可能性が高いのです。竜への祈りが高められる皇竜の神殿で禊ぎを続ければ、きっとアレは消滅します」
「そんな……」
どうしても頷けない二人に、皇竜が声を掛ける。
『我もシーラに試練を課すのは気が進まぬ。だがそれが最適解だろう。このままではその者は死ぬ。唯一竜樹の呪いに対抗できるのは、竜より祝福されたシーラの一族だ』
「…………」
皇竜に言われては、二人もそれ以上言葉を続ける事はできなかった。
だが愛する女性に呪いを移すというルドガーは、ライオットよりも苦渋に満ちた顔をしている。
「急がなければならないのです。あなたにも、私にも、時間がありません」
心が定まったシーラは、凛とした佇まいでルドガーに告げる。
「……分かった……」
溜め息と同時に返事をしたものの、ルドガーはまだ他にいい選択がないか考えているようだった。
『しかし皇竜。なぜ前にお会いした時に、その道を示してくださらなかったのです?』
シーラは再び皇竜を仰ぎ、素朴な疑問を投げかける。
『我はシーラ達カリューシアの声には応える。だが我らより何かを提案する事はない。それにあの時の状態では、シーラに呪いを移したところで、禊ぎにより呪いが浄化されるよりもシーラが先に朽ちてしまう可能性が高かった。時空を曲げたこの時だからこそ、呪いを移すという方法は可能なのだ』
彼女だけに聞こえる声に、シーラは「そうですか……」と納得する。
確かにこの超越した存在は、シーラが求めればほとんどの事に応えてくれるだろう。
だがその超越した存在から人間に、何かを求めるという事はないのだ。必要がないと言っていい。
人間にとっての危機は、竜種にとっての些事に過ぎない。だがその逆はあり得ないのだ。
「皇竜、ありがとうございました。私は準備ができ次第、カリューシアの神殿に籠もりたいと思います。それで事態がすべて解決した後は……、またあなたを呼ばせて頂きます」
『構わぬ』
シーラが皇竜に向かって一礼し、ライオットとルドガーも倣う。周囲でも騎士団長や騎士たちが、同様にしていた。
「……帰還の準備を」
どこか重たいルドガーの指令に、騎士団はキビキビと動き出す。
皇竜は前回自分の羽ばたきで騎士団が吹っ飛んでしまったのを見たからか、皆が去るまで待っていてくれるようだ。
荷物を積み終え、あとは貴人である三人が馬車に乗り込むだけになった。
「皇竜、本当にありがとうございます。あなたに助けて頂いたご恩に報いるためにも、私は運命を変えてみせます」
もう一度シーラは深々と頭を下げ、控えている騎士団長の手を借りて馬車に乗り込んだ。
「済まない。シーラ」
行きとは異なり、重苦しい空気の中ルドガーが言葉を絞り出す。
蒼白になったルドガーは何かを言いかけ、口を喘がせた。
そんな事あり得ないと否定したく、だが皇竜という絶対的存在が言うのなら間違いない。
救いはないのか。
――そんな、様々な感情が入り乱れた表情だ。
「…………」
シーラは足を肩幅に開き、ただじっと皇竜を見上げていた。
表情に悔しさを滲ませ、それでも絶対に諦めないという意志が、薄い色の目に浮かんでいる。
睨むかのような厳しい目は、眼前の美しく残酷な生き物を映している。
「絶望……するのは、容易い事です。ヒトは竜に比べ、愚かな生き物です。ですがみっともないまでの執念と多様な策を講じ、ヒトは今日まで生き残ってきたのです」
悔しげに歪んだ唇から、そのような言葉が漏れる。
食い縛った歯も、握った拳も、シーラが諦めていない事を示している。
――代われるなら、代わってあげたい。
そう思った時だった。
「!」
ハッとシーラが息を呑み、自分の思いつきに震えつつも皇竜に提案した。
『私たちカリューシアの王家と、あなたは繋がっています。ガズァルの竜騎士と竜の間に、絆が結ばれるように、あなたの加護が私たち王家にあります。もしかしたら、私の体にルドガーの刻印を移せば、あなたの加護によって消滅させる事も可能なのではないですか?』
『…………』
珍しく、皇竜は口を閉ざす。
だがシーラはそれが「是」だと察した。
「ライオット、ルドガー。急ぎ宮殿に戻り、ルドガーのアレを私に移します」
ヒトの言葉で彼らに語りかけると、当たり前に二人はギョッとして目を剥いた。
「何を言っているんだ! 下手をすれば死ぬんだぞ!?」
「そうだ! 君にアレを渡すぐらいなら、私はこのままでいい!」
激しく反対する二人に、シーラは哀願する。
「お願いです。何の手立てもないルドガーがそのままでいるより、皇竜の加護がある私の方が助かる可能性が高いのです。竜への祈りが高められる皇竜の神殿で禊ぎを続ければ、きっとアレは消滅します」
「そんな……」
どうしても頷けない二人に、皇竜が声を掛ける。
『我もシーラに試練を課すのは気が進まぬ。だがそれが最適解だろう。このままではその者は死ぬ。唯一竜樹の呪いに対抗できるのは、竜より祝福されたシーラの一族だ』
「…………」
皇竜に言われては、二人もそれ以上言葉を続ける事はできなかった。
だが愛する女性に呪いを移すというルドガーは、ライオットよりも苦渋に満ちた顔をしている。
「急がなければならないのです。あなたにも、私にも、時間がありません」
心が定まったシーラは、凛とした佇まいでルドガーに告げる。
「……分かった……」
溜め息と同時に返事をしたものの、ルドガーはまだ他にいい選択がないか考えているようだった。
『しかし皇竜。なぜ前にお会いした時に、その道を示してくださらなかったのです?』
シーラは再び皇竜を仰ぎ、素朴な疑問を投げかける。
『我はシーラ達カリューシアの声には応える。だが我らより何かを提案する事はない。それにあの時の状態では、シーラに呪いを移したところで、禊ぎにより呪いが浄化されるよりもシーラが先に朽ちてしまう可能性が高かった。時空を曲げたこの時だからこそ、呪いを移すという方法は可能なのだ』
彼女だけに聞こえる声に、シーラは「そうですか……」と納得する。
確かにこの超越した存在は、シーラが求めればほとんどの事に応えてくれるだろう。
だがその超越した存在から人間に、何かを求めるという事はないのだ。必要がないと言っていい。
人間にとっての危機は、竜種にとっての些事に過ぎない。だがその逆はあり得ないのだ。
「皇竜、ありがとうございました。私は準備ができ次第、カリューシアの神殿に籠もりたいと思います。それで事態がすべて解決した後は……、またあなたを呼ばせて頂きます」
『構わぬ』
シーラが皇竜に向かって一礼し、ライオットとルドガーも倣う。周囲でも騎士団長や騎士たちが、同様にしていた。
「……帰還の準備を」
どこか重たいルドガーの指令に、騎士団はキビキビと動き出す。
皇竜は前回自分の羽ばたきで騎士団が吹っ飛んでしまったのを見たからか、皆が去るまで待っていてくれるようだ。
荷物を積み終え、あとは貴人である三人が馬車に乗り込むだけになった。
「皇竜、本当にありがとうございます。あなたに助けて頂いたご恩に報いるためにも、私は運命を変えてみせます」
もう一度シーラは深々と頭を下げ、控えている騎士団長の手を借りて馬車に乗り込んだ。
「済まない。シーラ」
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