29 / 60
皇竜の答え
しおりを挟む
周囲は一面の草原。
時折強い風が吹いては、柔らかい春の草を撫でてゆく。
順を追って下草がこうべを垂れる様は、大海原のようにも思えた。
天を見上げれば春の薄い青がある。
雲はこれから夏が近付くにつれて、ぷっくりと太ってゆくのだろう。
腕で庇を作り、シーラはじっと天の彼方を見つめる。
(来てくれるのかしら)
晴れた空に何かを見つけるように目を眇め、彼女はそっと息をついた。
だがここで思い悩んでも何も解決しない。
惨劇の未来からやって来た自分は、ただ行動するあるのみなのだ。
(不安など、感じてはいけないのだわ。私は絶対にやり遂げる。迷った心では皇竜を呼べない)
ぐっと瞳に強い力を込めたあと、シーラは思いきり息を吸い込んだ。
「A――――」
最初の一音を迷いなく出し、しっかりと喉が開き腹に力が入った頃合いで、重なるもう一音を出す。
彼女が紡ぐ不思議な音色に、その場にいた全員が聞き惚れていた。
特にセプテアの者は野生の竜やガズァルの竜を見る事はあっても、カリューシアの王族が竜を呼ぶ光景など滅多に拝めない。
風にプラチナブロンドとドレスを嬲らせ、強い瞳で空の彼方を見つめる竜姫に、皆うっとりと見入っていた。
まるで教会のパイプオルガンのような重ねる音色を出し、気がつけばシーラは一心に皇竜に向かって祈り、話しかけていた。
もう先ほどまでの迷いはない。
自分は竜を呼び出せる竜姫であるという自負を胸に、堂々たる歌い姿で天を仰いだ。
「……見ろ! 何か来るぞ」
騎士の誰かが空の彼方を指差した。
蒼天にポツンと見えた黒い影は、そのままグングンと大きさを増してゆく。
次第に巨大な羽を三対広げた竜の姿となり、あまりの質量を認めた騎士たちは悲鳴を上げて退避しようとした。
「持ちこたえろ! あらかじめ陛下が仰ったのに、そのお心遣いを無駄にするな!」
ドルウォートが声を張り上げ、彼の声にハッとした騎士たちはそれぞれ馬の手綱を強く引き、馬車を支える。
または荷物を抱えて体勢を低くし、全員が襲い来る風圧に備えた。
巨大な竜が、地上にぶつかると思った瞬間羽ばたいた。
ドンッと音がするほど強い風が吹き、全員が声なき声で絶叫する。
シーラは両側からライオットとルドガーに抱かれ、塊のようになってそれに耐えていた。
強烈な風が吹き終わったあと、草原には優美な竜がいた。
『彼』を中心に草原には円形の模様ができ、凄まじい風の跡を見せる。
『シーラ、運命は変えられそうか?』
今回はシーラが謝辞を述べる前に、皇竜が口を開いた。
その場全員の頭に、低い男性の声が響き渡る。
セプテアの騎士たちは動揺していたが、竜が喋る事を知っているライオットやルドガー、ドルウォートや上層部の騎士は狼狽えない。
『皇竜よ。再びお姿を現してくださり、心よりのお礼を申し上げます。状況ですが、このルドガーの体に竜樹を傷付けた呪いが降りかかっています。このまま放置しておけば、彼はいずれ私たちが知る惨い姿になってしまいます』
セプテアの一般騎士までルドガーの事を知らせる訳にいかないため、シーラは竜の言葉で語りかけた。
カリューシアの王族のみが話せる竜の言葉を、勿論セプテアの者は理解できない。
竜に跨がり号令を掛けるライオットでも、断片を理解できる程度だ。
それを察してか、皇竜も自らが発する言葉が届く領域を、シーラとライオット、ルドガーの三人に狭めた。
『まだ穢れにはなっていないが、体に燻る同胞の念は感じる』
自分の事を『穢れ』と言われ、ルドガーは些かショックを受けた顔をしている。
『彼に刻印を刻みつけた呪い師は、皇竜の血を浴びれば呪が説けると言っていました。それは本当ですか?』
シーラの問いかけに、皇竜は即答する。
『半分は言葉の通り救える。だが半分は救えぬ』
『……? どういう事ですか?』
訝しむシーラに、皇竜は残酷な現実を告げた。
『確かに竜族の呪いならば、我の血を浴びる事により洗い流す事ができるだろう。だが我が身に流れる血は、ヒトの身が浴びて只で済む代物でもない』
『あ……』
失念していたという風にシーラは言葉を途切れさせ、ライオットとルドガーも息を呑む。
『その者が我が血を浴びれば、今の呪いは解ける。だがいずれ皮膚に鱗が刻まれ、竜の姿へと変貌するだろう』
「…………!」
三人の間に、激震が走る。
時折強い風が吹いては、柔らかい春の草を撫でてゆく。
順を追って下草がこうべを垂れる様は、大海原のようにも思えた。
天を見上げれば春の薄い青がある。
雲はこれから夏が近付くにつれて、ぷっくりと太ってゆくのだろう。
腕で庇を作り、シーラはじっと天の彼方を見つめる。
(来てくれるのかしら)
晴れた空に何かを見つけるように目を眇め、彼女はそっと息をついた。
だがここで思い悩んでも何も解決しない。
惨劇の未来からやって来た自分は、ただ行動するあるのみなのだ。
(不安など、感じてはいけないのだわ。私は絶対にやり遂げる。迷った心では皇竜を呼べない)
ぐっと瞳に強い力を込めたあと、シーラは思いきり息を吸い込んだ。
「A――――」
最初の一音を迷いなく出し、しっかりと喉が開き腹に力が入った頃合いで、重なるもう一音を出す。
彼女が紡ぐ不思議な音色に、その場にいた全員が聞き惚れていた。
特にセプテアの者は野生の竜やガズァルの竜を見る事はあっても、カリューシアの王族が竜を呼ぶ光景など滅多に拝めない。
風にプラチナブロンドとドレスを嬲らせ、強い瞳で空の彼方を見つめる竜姫に、皆うっとりと見入っていた。
まるで教会のパイプオルガンのような重ねる音色を出し、気がつけばシーラは一心に皇竜に向かって祈り、話しかけていた。
もう先ほどまでの迷いはない。
自分は竜を呼び出せる竜姫であるという自負を胸に、堂々たる歌い姿で天を仰いだ。
「……見ろ! 何か来るぞ」
騎士の誰かが空の彼方を指差した。
蒼天にポツンと見えた黒い影は、そのままグングンと大きさを増してゆく。
次第に巨大な羽を三対広げた竜の姿となり、あまりの質量を認めた騎士たちは悲鳴を上げて退避しようとした。
「持ちこたえろ! あらかじめ陛下が仰ったのに、そのお心遣いを無駄にするな!」
ドルウォートが声を張り上げ、彼の声にハッとした騎士たちはそれぞれ馬の手綱を強く引き、馬車を支える。
または荷物を抱えて体勢を低くし、全員が襲い来る風圧に備えた。
巨大な竜が、地上にぶつかると思った瞬間羽ばたいた。
ドンッと音がするほど強い風が吹き、全員が声なき声で絶叫する。
シーラは両側からライオットとルドガーに抱かれ、塊のようになってそれに耐えていた。
強烈な風が吹き終わったあと、草原には優美な竜がいた。
『彼』を中心に草原には円形の模様ができ、凄まじい風の跡を見せる。
『シーラ、運命は変えられそうか?』
今回はシーラが謝辞を述べる前に、皇竜が口を開いた。
その場全員の頭に、低い男性の声が響き渡る。
セプテアの騎士たちは動揺していたが、竜が喋る事を知っているライオットやルドガー、ドルウォートや上層部の騎士は狼狽えない。
『皇竜よ。再びお姿を現してくださり、心よりのお礼を申し上げます。状況ですが、このルドガーの体に竜樹を傷付けた呪いが降りかかっています。このまま放置しておけば、彼はいずれ私たちが知る惨い姿になってしまいます』
セプテアの一般騎士までルドガーの事を知らせる訳にいかないため、シーラは竜の言葉で語りかけた。
カリューシアの王族のみが話せる竜の言葉を、勿論セプテアの者は理解できない。
竜に跨がり号令を掛けるライオットでも、断片を理解できる程度だ。
それを察してか、皇竜も自らが発する言葉が届く領域を、シーラとライオット、ルドガーの三人に狭めた。
『まだ穢れにはなっていないが、体に燻る同胞の念は感じる』
自分の事を『穢れ』と言われ、ルドガーは些かショックを受けた顔をしている。
『彼に刻印を刻みつけた呪い師は、皇竜の血を浴びれば呪が説けると言っていました。それは本当ですか?』
シーラの問いかけに、皇竜は即答する。
『半分は言葉の通り救える。だが半分は救えぬ』
『……? どういう事ですか?』
訝しむシーラに、皇竜は残酷な現実を告げた。
『確かに竜族の呪いならば、我の血を浴びる事により洗い流す事ができるだろう。だが我が身に流れる血は、ヒトの身が浴びて只で済む代物でもない』
『あ……』
失念していたという風にシーラは言葉を途切れさせ、ライオットとルドガーも息を呑む。
『その者が我が血を浴びれば、今の呪いは解ける。だがいずれ皮膚に鱗が刻まれ、竜の姿へと変貌するだろう』
「…………!」
三人の間に、激震が走る。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

妻の死で思い知らされました。
あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。
急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。
「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」
ジュリアンは知らなかった。
愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。
多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。
そしてクリスティアナの本心は——。
※全十二話。
※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください
※時代考証とか野暮は言わないお約束
※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。
第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』
第二弾『そういうとこだぞ』
それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。
※この話は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました
Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。
秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」
私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。
「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」
愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。
「――あなたは、この家に要らないのよ」
扇子で私の頬を叩くお母様。
……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。
消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる