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皇竜の答え
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周囲は一面の草原。
時折強い風が吹いては、柔らかい春の草を撫でてゆく。
順を追って下草がこうべを垂れる様は、大海原のようにも思えた。
天を見上げれば春の薄い青がある。
雲はこれから夏が近付くにつれて、ぷっくりと太ってゆくのだろう。
腕で庇を作り、シーラはじっと天の彼方を見つめる。
(来てくれるのかしら)
晴れた空に何かを見つけるように目を眇め、彼女はそっと息をついた。
だがここで思い悩んでも何も解決しない。
惨劇の未来からやって来た自分は、ただ行動するあるのみなのだ。
(不安など、感じてはいけないのだわ。私は絶対にやり遂げる。迷った心では皇竜を呼べない)
ぐっと瞳に強い力を込めたあと、シーラは思いきり息を吸い込んだ。
「A――――」
最初の一音を迷いなく出し、しっかりと喉が開き腹に力が入った頃合いで、重なるもう一音を出す。
彼女が紡ぐ不思議な音色に、その場にいた全員が聞き惚れていた。
特にセプテアの者は野生の竜やガズァルの竜を見る事はあっても、カリューシアの王族が竜を呼ぶ光景など滅多に拝めない。
風にプラチナブロンドとドレスを嬲らせ、強い瞳で空の彼方を見つめる竜姫に、皆うっとりと見入っていた。
まるで教会のパイプオルガンのような重ねる音色を出し、気がつけばシーラは一心に皇竜に向かって祈り、話しかけていた。
もう先ほどまでの迷いはない。
自分は竜を呼び出せる竜姫であるという自負を胸に、堂々たる歌い姿で天を仰いだ。
「……見ろ! 何か来るぞ」
騎士の誰かが空の彼方を指差した。
蒼天にポツンと見えた黒い影は、そのままグングンと大きさを増してゆく。
次第に巨大な羽を三対広げた竜の姿となり、あまりの質量を認めた騎士たちは悲鳴を上げて退避しようとした。
「持ちこたえろ! あらかじめ陛下が仰ったのに、そのお心遣いを無駄にするな!」
ドルウォートが声を張り上げ、彼の声にハッとした騎士たちはそれぞれ馬の手綱を強く引き、馬車を支える。
または荷物を抱えて体勢を低くし、全員が襲い来る風圧に備えた。
巨大な竜が、地上にぶつかると思った瞬間羽ばたいた。
ドンッと音がするほど強い風が吹き、全員が声なき声で絶叫する。
シーラは両側からライオットとルドガーに抱かれ、塊のようになってそれに耐えていた。
強烈な風が吹き終わったあと、草原には優美な竜がいた。
『彼』を中心に草原には円形の模様ができ、凄まじい風の跡を見せる。
『シーラ、運命は変えられそうか?』
今回はシーラが謝辞を述べる前に、皇竜が口を開いた。
その場全員の頭に、低い男性の声が響き渡る。
セプテアの騎士たちは動揺していたが、竜が喋る事を知っているライオットやルドガー、ドルウォートや上層部の騎士は狼狽えない。
『皇竜よ。再びお姿を現してくださり、心よりのお礼を申し上げます。状況ですが、このルドガーの体に竜樹を傷付けた呪いが降りかかっています。このまま放置しておけば、彼はいずれ私たちが知る惨い姿になってしまいます』
セプテアの一般騎士までルドガーの事を知らせる訳にいかないため、シーラは竜の言葉で語りかけた。
カリューシアの王族のみが話せる竜の言葉を、勿論セプテアの者は理解できない。
竜に跨がり号令を掛けるライオットでも、断片を理解できる程度だ。
それを察してか、皇竜も自らが発する言葉が届く領域を、シーラとライオット、ルドガーの三人に狭めた。
『まだ穢れにはなっていないが、体に燻る同胞の念は感じる』
自分の事を『穢れ』と言われ、ルドガーは些かショックを受けた顔をしている。
『彼に刻印を刻みつけた呪い師は、皇竜の血を浴びれば呪が説けると言っていました。それは本当ですか?』
シーラの問いかけに、皇竜は即答する。
『半分は言葉の通り救える。だが半分は救えぬ』
『……? どういう事ですか?』
訝しむシーラに、皇竜は残酷な現実を告げた。
『確かに竜族の呪いならば、我の血を浴びる事により洗い流す事ができるだろう。だが我が身に流れる血は、ヒトの身が浴びて只で済む代物でもない』
『あ……』
失念していたという風にシーラは言葉を途切れさせ、ライオットとルドガーも息を呑む。
『その者が我が血を浴びれば、今の呪いは解ける。だがいずれ皮膚に鱗が刻まれ、竜の姿へと変貌するだろう』
「…………!」
三人の間に、激震が走る。
時折強い風が吹いては、柔らかい春の草を撫でてゆく。
順を追って下草がこうべを垂れる様は、大海原のようにも思えた。
天を見上げれば春の薄い青がある。
雲はこれから夏が近付くにつれて、ぷっくりと太ってゆくのだろう。
腕で庇を作り、シーラはじっと天の彼方を見つめる。
(来てくれるのかしら)
晴れた空に何かを見つけるように目を眇め、彼女はそっと息をついた。
だがここで思い悩んでも何も解決しない。
惨劇の未来からやって来た自分は、ただ行動するあるのみなのだ。
(不安など、感じてはいけないのだわ。私は絶対にやり遂げる。迷った心では皇竜を呼べない)
ぐっと瞳に強い力を込めたあと、シーラは思いきり息を吸い込んだ。
「A――――」
最初の一音を迷いなく出し、しっかりと喉が開き腹に力が入った頃合いで、重なるもう一音を出す。
彼女が紡ぐ不思議な音色に、その場にいた全員が聞き惚れていた。
特にセプテアの者は野生の竜やガズァルの竜を見る事はあっても、カリューシアの王族が竜を呼ぶ光景など滅多に拝めない。
風にプラチナブロンドとドレスを嬲らせ、強い瞳で空の彼方を見つめる竜姫に、皆うっとりと見入っていた。
まるで教会のパイプオルガンのような重ねる音色を出し、気がつけばシーラは一心に皇竜に向かって祈り、話しかけていた。
もう先ほどまでの迷いはない。
自分は竜を呼び出せる竜姫であるという自負を胸に、堂々たる歌い姿で天を仰いだ。
「……見ろ! 何か来るぞ」
騎士の誰かが空の彼方を指差した。
蒼天にポツンと見えた黒い影は、そのままグングンと大きさを増してゆく。
次第に巨大な羽を三対広げた竜の姿となり、あまりの質量を認めた騎士たちは悲鳴を上げて退避しようとした。
「持ちこたえろ! あらかじめ陛下が仰ったのに、そのお心遣いを無駄にするな!」
ドルウォートが声を張り上げ、彼の声にハッとした騎士たちはそれぞれ馬の手綱を強く引き、馬車を支える。
または荷物を抱えて体勢を低くし、全員が襲い来る風圧に備えた。
巨大な竜が、地上にぶつかると思った瞬間羽ばたいた。
ドンッと音がするほど強い風が吹き、全員が声なき声で絶叫する。
シーラは両側からライオットとルドガーに抱かれ、塊のようになってそれに耐えていた。
強烈な風が吹き終わったあと、草原には優美な竜がいた。
『彼』を中心に草原には円形の模様ができ、凄まじい風の跡を見せる。
『シーラ、運命は変えられそうか?』
今回はシーラが謝辞を述べる前に、皇竜が口を開いた。
その場全員の頭に、低い男性の声が響き渡る。
セプテアの騎士たちは動揺していたが、竜が喋る事を知っているライオットやルドガー、ドルウォートや上層部の騎士は狼狽えない。
『皇竜よ。再びお姿を現してくださり、心よりのお礼を申し上げます。状況ですが、このルドガーの体に竜樹を傷付けた呪いが降りかかっています。このまま放置しておけば、彼はいずれ私たちが知る惨い姿になってしまいます』
セプテアの一般騎士までルドガーの事を知らせる訳にいかないため、シーラは竜の言葉で語りかけた。
カリューシアの王族のみが話せる竜の言葉を、勿論セプテアの者は理解できない。
竜に跨がり号令を掛けるライオットでも、断片を理解できる程度だ。
それを察してか、皇竜も自らが発する言葉が届く領域を、シーラとライオット、ルドガーの三人に狭めた。
『まだ穢れにはなっていないが、体に燻る同胞の念は感じる』
自分の事を『穢れ』と言われ、ルドガーは些かショックを受けた顔をしている。
『彼に刻印を刻みつけた呪い師は、皇竜の血を浴びれば呪が説けると言っていました。それは本当ですか?』
シーラの問いかけに、皇竜は即答する。
『半分は言葉の通り救える。だが半分は救えぬ』
『……? どういう事ですか?』
訝しむシーラに、皇竜は残酷な現実を告げた。
『確かに竜族の呪いならば、我の血を浴びる事により洗い流す事ができるだろう。だが我が身に流れる血は、ヒトの身が浴びて只で済む代物でもない』
『あ……』
失念していたという風にシーラは言葉を途切れさせ、ライオットとルドガーも息を呑む。
『その者が我が血を浴びれば、今の呪いは解ける。だがいずれ皮膚に鱗が刻まれ、竜の姿へと変貌するだろう』
「…………!」
三人の間に、激震が走る。
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