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呪い師の話
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ライオットは悠然と腕を組み、シーラの援護に回る。
自分が熱くなりかけたと悟ったシーラは、椅子に座り直しお茶を飲む。
「加えて、私はそのような命令、一度もした事がないのだがな」
静かなルドガーの声に、ダルメアは明後日の方向を向いて口髭を捻り続けている。しかし目に狡猾な光を湛えたまま、チラリとルドガーを見た。
「陛下もこのセプテアが巨大に、より盤石になる事をお望みではないのですか?」
そういう言い方はとても狡いと、三人の誰もが思った。
一国の頂点に立つ存在が自分の国を大事にし、栄えさせる事は当たり前だ。
臣下の立場から「あなたのためを思ってやったのに」という言い方をされれば、何も言えなくなってしまう。
「……だが周辺国との協定を守り、自然界を保護する事も大切だ。お前の発言や命令を見聞きしていると、我が国が強力にさえなれば他はどうでもいいという姿勢が窺える。この一帯の国が竜を大事にし、中でも竜樹には決して手を出さないと約束しているのは分かっているだろう」
苦々しげに言っても、ダルメアはとぼけた顔をして紅茶を飲む。
「竜樹を傷付けたからと言って、確実に呪いが掛かるとお思いですか? 見たところ陛下はお元気そうです。呪い師が陛下のお体に刻印を……と言ったのも、あくまで保険です」
どこまでも責任逃れをするダルメアに、またシーラの目が鋭くなる。
「ルドガーのこの顔色を見ても、元気そうと仰るのですか?」
「顔色と言われましても……。ねぇ? お元気そうではないですか」
「あなたは……っ! この国にずっといるのでしょう!? ルドガーと執務で毎日顔を合わせているのでしょう? そんなあなたが、たまにしか会えない私たちより彼の顔色が分からないと言うのですか? 一国の宰相たる方が、そのような節穴の目をお持ちで良いのですか?」
シーラの辛辣な言葉に、ダルメアはあからさまに不愉快な顔をした。
「……竜姫殿下につきましては、それほど我が国の皇帝陛下が大切と見られます……」
彼の嫌みに、シーラは毅然として答える。
「当たり前です。大切な幼馴染みですから」
ダルメアがまた口髭をねじり、重い沈黙が落ちた。やや経ってライオットが紅茶で喉を潤し、話題を本筋に戻した。
「俺たちはこのままではルドガーの体が心配だから、刻印を外してほしいと言っているんだ。別にセプテアの国政まで顔を突っ込もうという気は、今はない」
「今は……と言いますと、別の機会ではあるという事ですかな?」
「ガズァルの王子として、この目で見て聞いた事は父に報告する義務がある。改めて会議の場で言及されるかもしれない事は、覚えておいた方がいい」
落ち着いたライオットの言葉に、ダルメアは「ふん……」と鼻で荒く息をつく。
「ダルメア。お前は先ほどから、皇帝と王族に対して敬意がない。一国の宰相と名乗るのなら、その身に合った態度を示せ。あまりに恥ずかしい態度を取るのなら、宰相の首をすげ替える事も検討する」
とうとうルドガーが低く言い、ダルメアは短い首をすくめた。
「申し訳ございません。皇帝陛下の目にそのように見えていたのでしたら、謝罪致します。私の代わりが見つかるかどうか分かりませんが、私も自分の地位は大切ですからね」
暗に自分はルドガーよりも権力があると匂わせつつ、ダルメアは一応愁傷に謝る。
「刻印についてですが……。おい、どうなんだ?」
そこで初めて、ダルメアは呪い師に話を振った。
少し離れた場所に座っていた彼は、黒いフードの下から視線を動かし、やはり陰鬱な声で返事をする。
「……血肉に掛かりました呪いは、血肉により解かれます。今この場で解く事は不可能です。今まで陛下の身に様々な呪い返しがありましても、最大の要因は竜樹を傷付けた事によるもの。それを解くには、竜たちの頂点に立つ存在……皇竜の血をその身に浴びる以外ないでしょう」
今まで散々ダルメアがおちょくって言葉を濁していたのに、呪い師はあっさりと必要な事を口にする。
シーラとライオットはいかにダルメア相手に無駄な時間を過ごし、心をすり減らしたかを思い知った。
同時にルドガーが毎日『これ』を体験しているのだと思うと、気の毒で堪らない。
(皇竜の血……)
呪い師の言葉を聞き、元いた世界でなぜルドガーが皇竜の血を欲していたのか理解した。
血で血を洗うという事をしなければ、解く事のできない強い呪いなのだ。
(そんなものをルドガーに……)
同時に強い怒りが沸き起こる。
「……という事ですが、どうですかな? 竜姫殿下。あなたのお力で皇竜は呼べますか? 竜にご縁のない我が国でも、皇竜という存在は特別なのだと聞いております。竜姫殿下の歌は格別だと聞き及んでおりますが、殿下は皇竜を呼ぶ歌を歌えますかな?」
シーラの腕前を舐めた言葉に、ライオットが何か言いかけた。
すかさずそれを腕で制し、シーラは立ち上がる。
自分が熱くなりかけたと悟ったシーラは、椅子に座り直しお茶を飲む。
「加えて、私はそのような命令、一度もした事がないのだがな」
静かなルドガーの声に、ダルメアは明後日の方向を向いて口髭を捻り続けている。しかし目に狡猾な光を湛えたまま、チラリとルドガーを見た。
「陛下もこのセプテアが巨大に、より盤石になる事をお望みではないのですか?」
そういう言い方はとても狡いと、三人の誰もが思った。
一国の頂点に立つ存在が自分の国を大事にし、栄えさせる事は当たり前だ。
臣下の立場から「あなたのためを思ってやったのに」という言い方をされれば、何も言えなくなってしまう。
「……だが周辺国との協定を守り、自然界を保護する事も大切だ。お前の発言や命令を見聞きしていると、我が国が強力にさえなれば他はどうでもいいという姿勢が窺える。この一帯の国が竜を大事にし、中でも竜樹には決して手を出さないと約束しているのは分かっているだろう」
苦々しげに言っても、ダルメアはとぼけた顔をして紅茶を飲む。
「竜樹を傷付けたからと言って、確実に呪いが掛かるとお思いですか? 見たところ陛下はお元気そうです。呪い師が陛下のお体に刻印を……と言ったのも、あくまで保険です」
どこまでも責任逃れをするダルメアに、またシーラの目が鋭くなる。
「ルドガーのこの顔色を見ても、元気そうと仰るのですか?」
「顔色と言われましても……。ねぇ? お元気そうではないですか」
「あなたは……っ! この国にずっといるのでしょう!? ルドガーと執務で毎日顔を合わせているのでしょう? そんなあなたが、たまにしか会えない私たちより彼の顔色が分からないと言うのですか? 一国の宰相たる方が、そのような節穴の目をお持ちで良いのですか?」
シーラの辛辣な言葉に、ダルメアはあからさまに不愉快な顔をした。
「……竜姫殿下につきましては、それほど我が国の皇帝陛下が大切と見られます……」
彼の嫌みに、シーラは毅然として答える。
「当たり前です。大切な幼馴染みですから」
ダルメアがまた口髭をねじり、重い沈黙が落ちた。やや経ってライオットが紅茶で喉を潤し、話題を本筋に戻した。
「俺たちはこのままではルドガーの体が心配だから、刻印を外してほしいと言っているんだ。別にセプテアの国政まで顔を突っ込もうという気は、今はない」
「今は……と言いますと、別の機会ではあるという事ですかな?」
「ガズァルの王子として、この目で見て聞いた事は父に報告する義務がある。改めて会議の場で言及されるかもしれない事は、覚えておいた方がいい」
落ち着いたライオットの言葉に、ダルメアは「ふん……」と鼻で荒く息をつく。
「ダルメア。お前は先ほどから、皇帝と王族に対して敬意がない。一国の宰相と名乗るのなら、その身に合った態度を示せ。あまりに恥ずかしい態度を取るのなら、宰相の首をすげ替える事も検討する」
とうとうルドガーが低く言い、ダルメアは短い首をすくめた。
「申し訳ございません。皇帝陛下の目にそのように見えていたのでしたら、謝罪致します。私の代わりが見つかるかどうか分かりませんが、私も自分の地位は大切ですからね」
暗に自分はルドガーよりも権力があると匂わせつつ、ダルメアは一応愁傷に謝る。
「刻印についてですが……。おい、どうなんだ?」
そこで初めて、ダルメアは呪い師に話を振った。
少し離れた場所に座っていた彼は、黒いフードの下から視線を動かし、やはり陰鬱な声で返事をする。
「……血肉に掛かりました呪いは、血肉により解かれます。今この場で解く事は不可能です。今まで陛下の身に様々な呪い返しがありましても、最大の要因は竜樹を傷付けた事によるもの。それを解くには、竜たちの頂点に立つ存在……皇竜の血をその身に浴びる以外ないでしょう」
今まで散々ダルメアがおちょくって言葉を濁していたのに、呪い師はあっさりと必要な事を口にする。
シーラとライオットはいかにダルメア相手に無駄な時間を過ごし、心をすり減らしたかを思い知った。
同時にルドガーが毎日『これ』を体験しているのだと思うと、気の毒で堪らない。
(皇竜の血……)
呪い師の言葉を聞き、元いた世界でなぜルドガーが皇竜の血を欲していたのか理解した。
血で血を洗うという事をしなければ、解く事のできない強い呪いなのだ。
(そんなものをルドガーに……)
同時に強い怒りが沸き起こる。
「……という事ですが、どうですかな? 竜姫殿下。あなたのお力で皇竜は呼べますか? 竜にご縁のない我が国でも、皇竜という存在は特別なのだと聞いております。竜姫殿下の歌は格別だと聞き及んでおりますが、殿下は皇竜を呼ぶ歌を歌えますかな?」
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