未来の夫が破滅するので、ハッピーエンドのために運命を変えます~竜姫は竜王子と魔導皇帝に溺愛される~

臣桜

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宰相ダルメア

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 翌日は宰相ダルメアと呪い師に会う日だ。

 朝一番に約束を取り付けたので、三人は食事の後にダルメアが待っているという会議室に向かった。

 国の宰相と会うので、一応シーラとライオットは借り物の服でそれなりの装いをしている。

 衛兵が左右を固めている扉の前で、ルドガーが一瞬溜め息をついた気がする。

「大丈夫です。私とライオットがついていますから」

 シーラが声を掛けると、彼はあまり良くない顔色で薄らと笑った。

「やぁやぁ、ようこそいらっしゃいました陛下。それに竜姫殿下に竜王子殿下も、はるばるおいでくださり……」

 三人が室内に入った途端、芝居がかった声を上げたのがダルメアだ。

 頭頂部はやや薄く、だというのに頭の左右と口髭だけが濃い。
 ぎょろりとした印象の目は、娘のカティスの強気な目と似たものを思わせる。
 身長はあまり高くなく、恰幅がいいという体格でもないが引き締まってもいない。
 中途半端に出た腹を、シャツとベストが窮屈そうに押さえていた。

「秘密裏の話と聞きましたが、私の従者がいる事はご了承頂ければと思います。陛下たちをもてなすのに、茶を入れる人間なども必要ですからな」

 ダルメアの言葉の後、彼の後ろに控えていた五十がらみの男性が黙礼する。
 その隣にはいかにも胡散臭そうな、黒いローブを纏った陰気な男が立っていた。

 四人は席につき、従者が無言でお茶の準備をする。

「……で、お話とは何ですかな?」

 テーブルの上で太くて短い指を組み、不遜な態度でダルメアが切り出す。

「単刀直入に言おう。私の左胸の刻印を取る事はできないのか?」

 ルドガーの言葉に、ダルメアは額に皺ができるほど眉を上げた。

「それは……。『あの約束』を反故にしたいと言う事ですかな?」

『あの約束』とは、両親の死の真相だろう。

「私がこの身に呪を刻んで数年が経とうとしている。だというのにお前の口からは『調査中です』の言葉ばかり。私が何度使いをよこしても、適当にあしらうのみ。人の命を差し出せと言っておいて、誠実さが足りないのではないか?」

 あくまで静かなルドガーの口調に、ダルメアは口髭の端をねじりながら言う。

「あの事を調べますと言いましても、この宮殿には多くの貴族や軍部の者がいます。国外に調査を及ぼさなければならない時もあり、『すぐにはお答えできません』と申し上げたはずですが」

 このままではのらりくらりと躱されかねない。

「お話の途中に失礼致します。素人の目から見ても、あの刻印は命に関わるように見えます。皇帝陛下の玉体に傷を付けておいて、そのような言い逃れをするのですか?」

 苛立ったシーラが口を挟めば、ダルメアは大仰に驚いてみせる。

「先ほどから陛下も竜姫殿下も大げさではありませんか? あれはただの契約の印です。命を差し出せと言った覚えはありませんし、玉体に傷を付けるなど……。些か事を大げさに捉えすぎなのでは?」

「……っ!」

 脳裏に別世界の惨憺たるルドガーの姿がよぎったシーラは、カッとなって立ち上がっていた。
 椅子がガタン! と大きな音を立て、会議室にいた全員が彼女を注視する。

「……っ……、そんな『大した事がない』刻印が、なぜ心臓の上にあるのですか?」

 必死に感情を押し殺した問いに、ダルメアは嫌らしく目を細める。

「おや……。竜姫殿下は陛下の肌を見られたのですか? いつの間にそのような懇ろな仲に……」

「嫌らしい物言いはやめてもらおうか。その場には俺もいた。幼馴染みの顔色が悪く、体調も良くないという話で刻印を見せてもらったんだ。卿こそあまり安易な発言をすれば、王族に対する侮辱となるぞ」

 すかさずライオットが言葉を挟み、ダルメアの下卑た物言いを封じる。

「おお、怖い。申し訳ございません。我が娘も竜姫のお怒りを買ったとの事で、嘆いておりました」

 わざとらしい言い方に、三人は内心「嘘つけ」と突っ込んでいた。
 あのカティスが怒り狂うならともかく、愁傷に嘆くなど考えられない。

「お話がずれています。私はあまり呪術に明るくありませんが、さほど重要性のない刻印なら、手や腕などに宿るのではないですか? 心臓の上など言われれば、素人の私でも呪術が深みにはまれば命の関わると予想できます」

「さて……。私が呪いを掛けた訳ではありませんから」

 お茶を飲み言葉を濁すダルメアに、シーラは尚も言葉を重ねる。

「宮殿に来る前、民草より聞いた話です。ここのところセプテアは魔導軍事の拡大のために、あらゆる魔法生物を狩り素材にしていると聞きました。魔法生物に手を出す事は、害獣の駆除以外、一定の制限があるはずです」

 核心に迫った話に、ダルメアは目に狡猾な光を宿す。

「その場には俺もいてな。セプテアはカリューシアとガズァルの竜に対し負い目があるから、魔導力で対抗しようとしているのだとも聞いた。確かに帝国という広大な土地を束ねるには軍事力も必要だろう。だが『それ』はいま必要か? 領土拡大の話もなく、周辺国に独立を目指す動きもない。今はとても平和な世のはずだ。敵など誰もいないはずなのに、どうして力を求める?」
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