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溜飲を下げてくれ
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「シーラ」
すぐにライオットが彼女を追い、ルドガーも最後にカティスに一言告げた。
「私の大切なものを大事にできない者は、人として見なさない。それだけ覚えておけ」
二人を追ってルドガーもすぐダンスホールから姿を消し、カルテットたちも役目を終え楽器をしまっているところだ。
一人ポツンと立ち尽くしているカティスは、関節が白くなるまで拳を握り震えていた。
**
「不快な思いをさせて済まなかった」
沢山の蝋燭で照らされた客間に行き、ルドガーは三人分のワイングラスをテーブルに置いた。
「秘蔵の酒を出すから、溜飲を下げてくれ」
侍従が持ってきたワインボトルは、地下のワインセラーに大事にとっておいたものらしい。
「私も少々言いすぎました。竜を悪く言われて、頭に血が上ってしまいました」
少しばかり反省しているのか、シーラも少しばつが悪そうに顔に手をやる。
「まぁ、でも。あの手のお嬢さんには、ハッキリものを言う人がいるぐらいがいいんじゃないか? およそ生まれてから、意のままにならない事はなかったんだろう。何かと勘違いしたままなのも、あのお嬢さんのためにならないし」
「ライは優しいな。私はそういう風に思えない。邪魔なものは目の端にも入れたくないし、声も聞きたくない」
ワインの封を開け、ルドガーはワイングラスに重厚な赤を注いでゆく。
心底嫌そうな顔をするルドガーを盗み見して、シーラは誰にも気づかれないよう息をつく。
正直カティスが花嫁修業をしていると聞いて、一番心が騒いだのは自分だと思っている。
ライオットとルドガーのどちらの気持ちにもまだハッキリ応えられていないのに、浅ましい自分はカティスに嫉妬したのだ。
自分のすべき事、嫁ぐ相手を決めている彼女に、少なからず羨望を抱いたのも確かだ。
竜を侮辱されたとはいえ、正論で彼女を攻撃する事によって、自分の嫉妬を発散させていたところもあったかもしれない。
(二人には絶対に言えないわ……)
内心海よりも深い溜め息をつき、シーラはグラスの脚を持つ。
「じゃあ……、どうしようかな。再開に乾杯」
少し言葉を迷わせたあとルドガーが言い、三つのグラスが透き通った音を立てて合わせられた。
「ああ、美味いな。さすが秘蔵なだけある」
深みと渋みの中に、長年寝かせられた重厚な味わいがある。
当たり年の物を、ルドガーは大切な日のために取っておいたらしい。
「……顔を合わせればあんな感じでね。私もずっと辟易としていた。私一人が何を言っても、カティスは『父の言いなりになるしかない、若輩者の皇帝』としか思わないのだろう。妻にと言っているが、私を敬う素振りすら見せない。顔を合わせれば好きだ好きだと言って、必要以上に体を押しつけてくる。彼女が見ているのは、私の表面と地位だけだと分かっている」
苦々しく言うと、ルドガーは最初の一杯をグイッと呷ってしまう。口の中に含んだ酒を転がし、嚥下する。
「……はぁ。済まないな。折角訪れてくれたというのに、私は愚痴を言ったり情けないところを見せてばかりだ」
舞踏会の装いも終わりと言わんばかりに、ルドガーはジュストコールを脱ぎベスト姿になる。クラバットも緩め、リラックスした様子だ。
「仕方ないです。私たち親世代がいる立場と違い、あなたは帝国という広大な領土を司る存在なのですから」
「そうだ。それに幼馴染みになら、弱みを見せても恥ずかしくないだろ? 俺たちはルドが苦境に立っているのなら、何があっても味方になり応援したい」
「……ありがとう」
微かに微笑んだルドガーの目が、ほんの僅かに潤んでいた気がした。
「明日宰相と呪い師に会った時、どのように話を進めるか考えておいた方がいいかもしれませんね。相手も海千山千な存在でしょうし、こちらもあらゆる手札を用意しておかなければ」
「シーラの言う通りだな。それにさっきのお嬢さんが父親に何か言わないか、少し心配だな……」
グラスの残りを飲んでしまい、ライオットが溜め息をつく。
「それも含め、話し合いましょう」
シーラは真剣な光を目に宿し、つまみのドライフルーツに手を伸ばした。
**
すぐにライオットが彼女を追い、ルドガーも最後にカティスに一言告げた。
「私の大切なものを大事にできない者は、人として見なさない。それだけ覚えておけ」
二人を追ってルドガーもすぐダンスホールから姿を消し、カルテットたちも役目を終え楽器をしまっているところだ。
一人ポツンと立ち尽くしているカティスは、関節が白くなるまで拳を握り震えていた。
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「不快な思いをさせて済まなかった」
沢山の蝋燭で照らされた客間に行き、ルドガーは三人分のワイングラスをテーブルに置いた。
「秘蔵の酒を出すから、溜飲を下げてくれ」
侍従が持ってきたワインボトルは、地下のワインセラーに大事にとっておいたものらしい。
「私も少々言いすぎました。竜を悪く言われて、頭に血が上ってしまいました」
少しばかり反省しているのか、シーラも少しばつが悪そうに顔に手をやる。
「まぁ、でも。あの手のお嬢さんには、ハッキリものを言う人がいるぐらいがいいんじゃないか? およそ生まれてから、意のままにならない事はなかったんだろう。何かと勘違いしたままなのも、あのお嬢さんのためにならないし」
「ライは優しいな。私はそういう風に思えない。邪魔なものは目の端にも入れたくないし、声も聞きたくない」
ワインの封を開け、ルドガーはワイングラスに重厚な赤を注いでゆく。
心底嫌そうな顔をするルドガーを盗み見して、シーラは誰にも気づかれないよう息をつく。
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ライオットとルドガーのどちらの気持ちにもまだハッキリ応えられていないのに、浅ましい自分はカティスに嫉妬したのだ。
自分のすべき事、嫁ぐ相手を決めている彼女に、少なからず羨望を抱いたのも確かだ。
竜を侮辱されたとはいえ、正論で彼女を攻撃する事によって、自分の嫉妬を発散させていたところもあったかもしれない。
(二人には絶対に言えないわ……)
内心海よりも深い溜め息をつき、シーラはグラスの脚を持つ。
「じゃあ……、どうしようかな。再開に乾杯」
少し言葉を迷わせたあとルドガーが言い、三つのグラスが透き通った音を立てて合わせられた。
「ああ、美味いな。さすが秘蔵なだけある」
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「……顔を合わせればあんな感じでね。私もずっと辟易としていた。私一人が何を言っても、カティスは『父の言いなりになるしかない、若輩者の皇帝』としか思わないのだろう。妻にと言っているが、私を敬う素振りすら見せない。顔を合わせれば好きだ好きだと言って、必要以上に体を押しつけてくる。彼女が見ているのは、私の表面と地位だけだと分かっている」
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