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無礼な女
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「カティス嬢、このダンスホールの前に衛兵が立っていて『取り込み中だ』と言ったのは耳に入らなかったのだろうか?」
シーラとライオットが思わず驚くほどルドガーは冷たい声を出したと言うのに、カティスと呼ばれた女性は何も感じていないようだ。
「ですがわたくしはユーティビア侯爵家の娘ですわ。お父様は宰相として陛下をお支えしております。その娘が通りたいと言うのですから、衛兵は言う事を聞いて当然ではなくて?」
遠慮というものを知らない女性の言葉に半ば呆れつつも、シーラとライオットは彼女が宰相の娘だと理解した。
「だが君よりも私の方が立場が上だ。それにこの二人は王子と王女。侯爵家の娘である君が並べる存在ではない」
氷のように冷たい声と視線に晒されているというのに、カティスは一方に引き下がる様子はない。
心臓に毛が生えているのではと思うほどだ。
「ああ……、竜信仰の国の王女殿下と、竜に跨がる王子様ですわね」
どこか小馬鹿にした言い方に、ルドガーの方が感情的になった。
「君は『不敬』という言葉を知っているか?」
「あら、それぐらいの言葉は知っていましてよ。ですがわたくしも王族の血は流れておらずとも、自分の父がどれぐらいの権力を持っているかは知っているつもりです」
まるでカティスは言葉が通じない、別の世界の人間に思える。
シーラはただただポカンとし、ライオットは犬の糞でも踏んだような顔をしていた。
「回りくどい事を言えば誤解を生むだけですから、ありのままに申し上げますわ。わたくしは陛下の妻となるべく花嫁修業をしております。陛下もわたくしを娶る未来を想像しておいた方が、何かと得策だと思いますわ」
なんとカティスは、もう自分が婚約者になったつもりでいる。
「ユーティビア家を後ろ盾としましたら、陛下の存在は揺るぎないものとなります。今からわたくしを妻だと思って尊んでも良いと思うのです。ぞんざいにすればするほど、後からの結婚生活がぎこちなくなりますわよ?」
これ以上カティスと話しても無駄だと悟ったルドガーは、シーラとライオットにこの場を離れるよう促す。
「行こう。妙な流れに付き合わせてしまって済まない。別の場所で改めて飲もう」
「あら、それではわたくしも参りますわ」
「君は来ないでいい!」
とうとうルドガーが声を荒らげ、ダンスホールにビリビリと彼の怒気が響き渡った。
「……っな、何ですの!? その扱いは! わたくしはあなたの妻になる女ですよ?」
「誰も頼んでいない。自分の妻ぐらい自分で決める。……もっとも君のような女性は頼まれても娶らないがな」
シーラの背に手を当て踵を返すルドガーに、カティスはギリギリと眦をつり上げる。
「そんな竜臭い女がいいと仰るのですか!? 小国の田舎者の癖に!」
豪奢なドレスが皺になるのも構わず、カティスはドレスを握りしめ金切り声を出す。
初めて見た時は華やかな顔立ちと思った彼女は、今や醜悪なまでに顔を歪めシーラに憎悪をぶつけていた。
だが流石に自分が尊いと思う存在を「臭い」と言われ、シーラも黙っていなかった。
左右から二人にいざなわれ出入り口に向かっていたが、くるりと体を反転させると真正面からカティスを見据える。
「失礼ですが、耳障りなお声で喚かないでくださいますか? わたくしだけならともかく、国を挙げて信仰している至高の存在を愚弄するとは、カリューシアとガズァルを敵に回してもいいと仰るのですね?」
「な……っ、喚くって失礼ですわね!? あなたこそセプテアを敵に回そうとお思い?」
食って掛かるカティスに、シーラは凍てつく視線を向ける。
「今この場で。竜を呼びあなたを喰らうよう命じてもいいのですよ。あなたにセプテアの軍を動かし、身を守る事ができるのですか?」
「……な、何を野蛮な……」
肉体に害が及ぶ脅され方をされては、さすがにカティスも言葉を詰まらせる。
「私の声一つで、この一帯にいる竜すべてが動きます。ガズァルの竜騎士が跨がっている竜も一匹残らず従うでしょう。竜騎士の竜はともかく、野生の竜に国境など意味をなしません。この宮殿を包囲し、竜の魔力であなたが呪われても……私は何も申し上げられる事ができないのですが」
「おっ、脅すつもりですの!?」
「あなたが先に私たちを侮辱したのでしょう。それに竜は私たちなどより、ずっと誇り高い生き物です。浅慮なあなたより賢く、巨大で美しい。化粧と布きれで飾り立てたあなたは、口先と父君の威光の他に何か誇れるものがありますか?」
「な……っ、な……」
口をパクパクさせているカティスに向け、シーラはとどめと言わんばかりにつけ加える。
「竜とヒトを比較する前に、あなたには女性としての魅力が欠如しています。相手の気持ちや立場も考えない女性が、本当に皇帝の妻になれると思っているのですか? 他国の王家相手に礼も尽くせない女性が、夫を立て国母となれると私には思えません」
それだけ言うと、シーラは長いプラチナブロンドをサラリと翻し、先に歩き出してしまった。
シーラとライオットが思わず驚くほどルドガーは冷たい声を出したと言うのに、カティスと呼ばれた女性は何も感じていないようだ。
「ですがわたくしはユーティビア侯爵家の娘ですわ。お父様は宰相として陛下をお支えしております。その娘が通りたいと言うのですから、衛兵は言う事を聞いて当然ではなくて?」
遠慮というものを知らない女性の言葉に半ば呆れつつも、シーラとライオットは彼女が宰相の娘だと理解した。
「だが君よりも私の方が立場が上だ。それにこの二人は王子と王女。侯爵家の娘である君が並べる存在ではない」
氷のように冷たい声と視線に晒されているというのに、カティスは一方に引き下がる様子はない。
心臓に毛が生えているのではと思うほどだ。
「ああ……、竜信仰の国の王女殿下と、竜に跨がる王子様ですわね」
どこか小馬鹿にした言い方に、ルドガーの方が感情的になった。
「君は『不敬』という言葉を知っているか?」
「あら、それぐらいの言葉は知っていましてよ。ですがわたくしも王族の血は流れておらずとも、自分の父がどれぐらいの権力を持っているかは知っているつもりです」
まるでカティスは言葉が通じない、別の世界の人間に思える。
シーラはただただポカンとし、ライオットは犬の糞でも踏んだような顔をしていた。
「回りくどい事を言えば誤解を生むだけですから、ありのままに申し上げますわ。わたくしは陛下の妻となるべく花嫁修業をしております。陛下もわたくしを娶る未来を想像しておいた方が、何かと得策だと思いますわ」
なんとカティスは、もう自分が婚約者になったつもりでいる。
「ユーティビア家を後ろ盾としましたら、陛下の存在は揺るぎないものとなります。今からわたくしを妻だと思って尊んでも良いと思うのです。ぞんざいにすればするほど、後からの結婚生活がぎこちなくなりますわよ?」
これ以上カティスと話しても無駄だと悟ったルドガーは、シーラとライオットにこの場を離れるよう促す。
「行こう。妙な流れに付き合わせてしまって済まない。別の場所で改めて飲もう」
「あら、それではわたくしも参りますわ」
「君は来ないでいい!」
とうとうルドガーが声を荒らげ、ダンスホールにビリビリと彼の怒気が響き渡った。
「……っな、何ですの!? その扱いは! わたくしはあなたの妻になる女ですよ?」
「誰も頼んでいない。自分の妻ぐらい自分で決める。……もっとも君のような女性は頼まれても娶らないがな」
シーラの背に手を当て踵を返すルドガーに、カティスはギリギリと眦をつり上げる。
「そんな竜臭い女がいいと仰るのですか!? 小国の田舎者の癖に!」
豪奢なドレスが皺になるのも構わず、カティスはドレスを握りしめ金切り声を出す。
初めて見た時は華やかな顔立ちと思った彼女は、今や醜悪なまでに顔を歪めシーラに憎悪をぶつけていた。
だが流石に自分が尊いと思う存在を「臭い」と言われ、シーラも黙っていなかった。
左右から二人にいざなわれ出入り口に向かっていたが、くるりと体を反転させると真正面からカティスを見据える。
「失礼ですが、耳障りなお声で喚かないでくださいますか? わたくしだけならともかく、国を挙げて信仰している至高の存在を愚弄するとは、カリューシアとガズァルを敵に回してもいいと仰るのですね?」
「な……っ、喚くって失礼ですわね!? あなたこそセプテアを敵に回そうとお思い?」
食って掛かるカティスに、シーラは凍てつく視線を向ける。
「今この場で。竜を呼びあなたを喰らうよう命じてもいいのですよ。あなたにセプテアの軍を動かし、身を守る事ができるのですか?」
「……な、何を野蛮な……」
肉体に害が及ぶ脅され方をされては、さすがにカティスも言葉を詰まらせる。
「私の声一つで、この一帯にいる竜すべてが動きます。ガズァルの竜騎士が跨がっている竜も一匹残らず従うでしょう。竜騎士の竜はともかく、野生の竜に国境など意味をなしません。この宮殿を包囲し、竜の魔力であなたが呪われても……私は何も申し上げられる事ができないのですが」
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「な……っ、な……」
口をパクパクさせているカティスに向け、シーラはとどめと言わんばかりにつけ加える。
「竜とヒトを比較する前に、あなたには女性としての魅力が欠如しています。相手の気持ちや立場も考えない女性が、本当に皇帝の妻になれると思っているのですか? 他国の王家相手に礼も尽くせない女性が、夫を立て国母となれると私には思えません」
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