22 / 60
闖入者
しおりを挟む
「前々から思っていたが、シーラはロマンチックさがない」
すかさず二人からダメ出しを喰らう。女性だというのにムードやロマンチックさがないと言われ、シーラは落ち込む寸前だ。
これでも山に登って、零れんばかりの星空に感激する心の機微は持ち合わせているつもりなのだが。
「で、では二人でじゃんけんをしてください。私がどちらかを先に選んだら、あなた達は不平に思うでしょう?」
「なるほど。それなら公平だな」
「いくぞ、ルド。じゃん、けん……っ」
二人が同時に手を振り上げ、「ぽん」という掛け声と共にグーとパーが出された。
「シーラ、ではまず私と踊ろう」
パーの手をヒラヒラとさせ、にこやかに笑ったルドガーの背後で、ライオットがグーをプルプルと震わせている。
「ライオット、後でちゃんと相手をしますから……。ええと……ステイ」
「俺は犬か」
すかさず突っ込んだライオットに二人は笑い、ワルツのファーストポジションを取った。
カルテットが軽やかな前奏を奏で、シーラとルドガーはピッタリと息の合ったワルツを踊り出す。
舞台はダンスホールの中央で、そこにカルテット四人と三人が座る椅子が用意されてある。
あとは何もなく、ガランとした巨大なホールに弦楽器の音色が響いた。
シーラの髪とドレスが翻り、一緒にルドガーのジュストコールの裾がはためく。
その様子を椅子に腰掛けたライオットが、穏やかな笑みを湛えて見守っていた。
皇竜の神殿でシーラを見つけたあと、彼女の動揺ぶりは凄まじかった。
普段どこか達観しているような、大人びてこの世ならざる雰囲気がある彼女だからこそ、人らしく感情を露わにしているのにショックを受けた。
話を聞けば、突拍子もない事を言っているのだと思った。だが彼女は冗談で「ライオットが死ぬ」など言わない。
皇竜が時を超えるという言い伝えも聞いているし、恐らくすべて本当なのだろう。
この世界には、自分の思考では考えつかない事象が多々ある。
親友が自分の命を奪ったというのもショックだったが、彼をそこまで追い詰めた『何か』がとても気になった。
もしかしたら、親友を追い詰めたのは自分かもしれない。
ライオットはその原因に心当たりがある。
『あの事』をもしルドガーが知れば、自分を憎んでも仕方がないと思う。
だが彼はすべてが明らかになるまで、慎重に見守っていこうと決めていた。
ルドガーに呪いがかかっているのなら、三人で協力して何とかしたい。
女性として愛しているシーラが悲しむのも、親友のルドガーが苦しむ姿も見たくない。
今は一時の幸せを噛みしめつつ、『次』に備え策を練るのだ。
軽やかな和音と共にシーラはルドガーと踊り終え、丁寧にお辞儀をする。
「さあ、次はライオットの番ですよ」
手を差し出せば椅子に座っていた彼が嬉しそうに立ち上がる。
こういう時、シーラはライオットをなぜか『躾のなった従順な大型犬』と思ってしまう。
もちろん彼は自分に躾けられている訳でもないし、男女として特別な関係でもない。
ただ昔から、少し頑固な所がある自分とルドガーに、一番譲歩してくれていたのがライオットなのだと思う。
彼の穏やかで人懐こい性格があったから、三人の関係も均衡が取れていたのだ。
「足を踏むなよ?」
「あら、今の華麗なステップを見ていなかったのですか? あなたの目の前に竜でも立ちはだかっていたのでしょうか?」
ニコニコとしたまま毒舌を吐くシーラの手を、ライオットがグイッと握り込んできた。
「おーおー、言うじゃないか。七歳の時に書架の本を取ろうとして、ハシゴの上から降ってきた君を忘れない。君の『できますから』には大体裏切られるからな」
言い合いをしつつワルツを踊り出す二人を、今度はルドガーが微笑ましく見守っていた。
そのようにして数曲、相手を変えて踊っていたのだが、突然の闖入者が現れた。
「まぁ、陛下! このような所にいらっしゃいましたの?」
カルテットの演奏より大きな声がし、キィンと空間が響いた気すらする。
衛兵を押しのけて現れたのは、豪奢な金髪を巻き髪にした一人の令嬢だった。
鮮やかなバラ色のドレスを身に纏い、挑戦的なブルーアイに華やかな装いがよく似合っている。
「わたくしとは一度も踊ってくださいませんのに、このような場所で三人ぽっちでだなんて……。どうして呼んでくださらなかったのです? わたくしがいれば丁度人数も合いましたでしょう」
女性は鷹揚な視線をルドガーとライオットに向け、ついでという感じでシーラを見てから、またルドガーを見る。
期待の籠もった視線を向けられたルドガーだが、彼は想像もしないほど冷たい声を出した。
すかさず二人からダメ出しを喰らう。女性だというのにムードやロマンチックさがないと言われ、シーラは落ち込む寸前だ。
これでも山に登って、零れんばかりの星空に感激する心の機微は持ち合わせているつもりなのだが。
「で、では二人でじゃんけんをしてください。私がどちらかを先に選んだら、あなた達は不平に思うでしょう?」
「なるほど。それなら公平だな」
「いくぞ、ルド。じゃん、けん……っ」
二人が同時に手を振り上げ、「ぽん」という掛け声と共にグーとパーが出された。
「シーラ、ではまず私と踊ろう」
パーの手をヒラヒラとさせ、にこやかに笑ったルドガーの背後で、ライオットがグーをプルプルと震わせている。
「ライオット、後でちゃんと相手をしますから……。ええと……ステイ」
「俺は犬か」
すかさず突っ込んだライオットに二人は笑い、ワルツのファーストポジションを取った。
カルテットが軽やかな前奏を奏で、シーラとルドガーはピッタリと息の合ったワルツを踊り出す。
舞台はダンスホールの中央で、そこにカルテット四人と三人が座る椅子が用意されてある。
あとは何もなく、ガランとした巨大なホールに弦楽器の音色が響いた。
シーラの髪とドレスが翻り、一緒にルドガーのジュストコールの裾がはためく。
その様子を椅子に腰掛けたライオットが、穏やかな笑みを湛えて見守っていた。
皇竜の神殿でシーラを見つけたあと、彼女の動揺ぶりは凄まじかった。
普段どこか達観しているような、大人びてこの世ならざる雰囲気がある彼女だからこそ、人らしく感情を露わにしているのにショックを受けた。
話を聞けば、突拍子もない事を言っているのだと思った。だが彼女は冗談で「ライオットが死ぬ」など言わない。
皇竜が時を超えるという言い伝えも聞いているし、恐らくすべて本当なのだろう。
この世界には、自分の思考では考えつかない事象が多々ある。
親友が自分の命を奪ったというのもショックだったが、彼をそこまで追い詰めた『何か』がとても気になった。
もしかしたら、親友を追い詰めたのは自分かもしれない。
ライオットはその原因に心当たりがある。
『あの事』をもしルドガーが知れば、自分を憎んでも仕方がないと思う。
だが彼はすべてが明らかになるまで、慎重に見守っていこうと決めていた。
ルドガーに呪いがかかっているのなら、三人で協力して何とかしたい。
女性として愛しているシーラが悲しむのも、親友のルドガーが苦しむ姿も見たくない。
今は一時の幸せを噛みしめつつ、『次』に備え策を練るのだ。
軽やかな和音と共にシーラはルドガーと踊り終え、丁寧にお辞儀をする。
「さあ、次はライオットの番ですよ」
手を差し出せば椅子に座っていた彼が嬉しそうに立ち上がる。
こういう時、シーラはライオットをなぜか『躾のなった従順な大型犬』と思ってしまう。
もちろん彼は自分に躾けられている訳でもないし、男女として特別な関係でもない。
ただ昔から、少し頑固な所がある自分とルドガーに、一番譲歩してくれていたのがライオットなのだと思う。
彼の穏やかで人懐こい性格があったから、三人の関係も均衡が取れていたのだ。
「足を踏むなよ?」
「あら、今の華麗なステップを見ていなかったのですか? あなたの目の前に竜でも立ちはだかっていたのでしょうか?」
ニコニコとしたまま毒舌を吐くシーラの手を、ライオットがグイッと握り込んできた。
「おーおー、言うじゃないか。七歳の時に書架の本を取ろうとして、ハシゴの上から降ってきた君を忘れない。君の『できますから』には大体裏切られるからな」
言い合いをしつつワルツを踊り出す二人を、今度はルドガーが微笑ましく見守っていた。
そのようにして数曲、相手を変えて踊っていたのだが、突然の闖入者が現れた。
「まぁ、陛下! このような所にいらっしゃいましたの?」
カルテットの演奏より大きな声がし、キィンと空間が響いた気すらする。
衛兵を押しのけて現れたのは、豪奢な金髪を巻き髪にした一人の令嬢だった。
鮮やかなバラ色のドレスを身に纏い、挑戦的なブルーアイに華やかな装いがよく似合っている。
「わたくしとは一度も踊ってくださいませんのに、このような場所で三人ぽっちでだなんて……。どうして呼んでくださらなかったのです? わたくしがいれば丁度人数も合いましたでしょう」
女性は鷹揚な視線をルドガーとライオットに向け、ついでという感じでシーラを見てから、またルドガーを見る。
期待の籠もった視線を向けられたルドガーだが、彼は想像もしないほど冷たい声を出した。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました
Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。
秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」
私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。
「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」
愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。
「――あなたは、この家に要らないのよ」
扇子で私の頬を叩くお母様。
……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。
消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】元妃は多くを望まない
つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。
このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。
花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。
その足で実家に出戻ったシャーロット。
実はこの下賜、王命でのものだった。
それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。
断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。
シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。
私は、あなたたちに「誠意」を求めます。
誠意ある対応。
彼女が求めるのは微々たるもの。
果たしてその結果は如何に!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる