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三人だけの舞踏会
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シーラは思っていた事を口にしただけだが、隣でルドガーが瞠目していた。
「君は……それをしても構わないと思うのか?」
「なぜです? 正当な皇帝であるあなたが貶められているというのに、悪辣な存在を野放しにしている必要がありません。ルドガーが正式に援助を求めれば、カリューシアもガズァルも協力するでしょう」
色素の薄い目で真っ直ぐルドガーを見つめ、シーラは思いの丈をぶつける。
彼女はルドガーが幼少の頃より、次期皇帝となるべく努力してきたのを知っている。
自分とライオットと遊ぶのはごくたまにの息抜きで、その時だけ『とても楽しい』のだと言っていた。
あとは息が詰まる勉強の日々とつまらない公務だ。
自分が皇帝の系譜である事に誇りはあれど、まだ幼い子供が没頭するには華のない日々だった。
「あなたは……幸せになるべき人なのです。大切に育てられ、美しく咲く環境を与えられた花は、様々な人に賞賛され咲き誇るはずでした。ですがあなたは温室の中に囲われ、存在する事だけを噂される『見る事のできない花』になってしまいました」
「……的確な比喩だな」
皮肉げに笑うルドガーの髪を、シーラはなおも撫でる。
「私だって、大事なあなたが蔑ろにされて黙っていられません。あなたの命を消耗品のように扱う者には、相応の罰がくだって当たり前だと思っています」
薄蒼の瞳に冴え冴えとした光を宿したシーラは、超然としてこの世ならざる美を醸し出している。
「私、以外と冷たい女なのですよ。敵と見なした者には、どれだけでも非道になれます。それが王家に生まれた者の宿命ですから」
薄らと微笑むシーラの手を取り、ルドガーは感謝を込めて甲に口づけた。
「君は私の勝利の女神になるだろう。私も覚悟を決めた。命すら捨てて両親の死の謎に縋ろうとしていたが、あいつらのために命を差し出すのは勿体ない。もっと自分を大事にして、君たち二人と堂々と光の当たる場所を歩ける人間になりたい」
ルドガーの金色の目に、グッと力が籠もる。
「このまま……食い物にされて堪るか」
低く呟いたルドガーは、二人の幼馴染みに励まされ、今一度自分のために生きる事を決意した。
翌朝日差しが燦々と差し込む朝食室で豪勢な食事をとった三人は、用事をつけて宰相に会う事にした。
勿論、例の呪い師も呼んでほしいという旨を含め、である。
急ぎの使いを出し、昼前になってルドガーの元に返事を持った侍従がやって来る。
書状には、「何かと忙しいので、二日後に」と書かれてあった。
普通、帝国の頂点である皇帝から呼びつけられれば、誰であってもすぐにはせ参じるのが当たり前だ。
だというのにこの態度は、舐められている以外の何物でもない。
渋面になったルドガーは書状を放り、溜め息をつく。
それでも幸いシーラとライオットは、特にいつまでの滞在と決めていないらしい。
彼らに二日後まで待ってもらう事にし、自分もそれまでは執務をこなしつつ彼らをもてなす事にした。
セプテアの桜まつりに合わせ、王家主催ではないが国中の貴族の館では舞踏会が行われる事になっている。
桜のシーズンの舞踏会はその年最初の社交界の交流であり、その場で一番輝いた女性が今年幸せな結婚をすると言われている。
令嬢たちがこぞって着飾り、意中の人を射止めようとするのは当たり前の事だ。
宮殿に滞在していたシーラは、何となく宮殿にいる女性が色めき立っていると感じていた。
だが彼女たちが必死になる深い理由までは、あまり理解していなかったかもしれない。
そもそもにして、シーラはあまり着飾る事や舞踏会などに興味がないのだ。
だから翌日の夜にドレスを用意され、ルドガーとライオットにダンスを申し込まれた時は、正直どうしていいか分からなかった。
薄い水色のドレスはシーラの肌の白さやプラチナブロンドを引き立て、より一層高潔で儚げな存在に見せていた。
頑固なまでに真っ直ぐな髪もサイドを軽く編まれ、白い花を挿されている。
すんなりとした首筋からデコルテは美しく、そこに真珠とカメオのネックレスが鎮座していた。
「美しいな。全部ルドからの贈り物っていうのが、実に妬ける」
「ライは一緒に旅をしていたんだから、これぐらい私に譲れ」
白と水色を基調とした美しいルドガーと、黒を基調にしたライオット。
二人は宮殿のダンスホールにシーラを招き、三人だけの舞踏会を楽しもうとしていた。
音楽隊はカルテットだけを呼び、ささやかな舞踏会に相応しい。
「どちらと先に踊ってくださいますか? 姫様」
芝居がかった口調でライオットが手を差し出し、ルドガーもすかさず手を差し伸べる。
「……不公平が生まれないように、三人で輪になってはいけませんか?」
「ムードが皆無だ」
「君は……それをしても構わないと思うのか?」
「なぜです? 正当な皇帝であるあなたが貶められているというのに、悪辣な存在を野放しにしている必要がありません。ルドガーが正式に援助を求めれば、カリューシアもガズァルも協力するでしょう」
色素の薄い目で真っ直ぐルドガーを見つめ、シーラは思いの丈をぶつける。
彼女はルドガーが幼少の頃より、次期皇帝となるべく努力してきたのを知っている。
自分とライオットと遊ぶのはごくたまにの息抜きで、その時だけ『とても楽しい』のだと言っていた。
あとは息が詰まる勉強の日々とつまらない公務だ。
自分が皇帝の系譜である事に誇りはあれど、まだ幼い子供が没頭するには華のない日々だった。
「あなたは……幸せになるべき人なのです。大切に育てられ、美しく咲く環境を与えられた花は、様々な人に賞賛され咲き誇るはずでした。ですがあなたは温室の中に囲われ、存在する事だけを噂される『見る事のできない花』になってしまいました」
「……的確な比喩だな」
皮肉げに笑うルドガーの髪を、シーラはなおも撫でる。
「私だって、大事なあなたが蔑ろにされて黙っていられません。あなたの命を消耗品のように扱う者には、相応の罰がくだって当たり前だと思っています」
薄蒼の瞳に冴え冴えとした光を宿したシーラは、超然としてこの世ならざる美を醸し出している。
「私、以外と冷たい女なのですよ。敵と見なした者には、どれだけでも非道になれます。それが王家に生まれた者の宿命ですから」
薄らと微笑むシーラの手を取り、ルドガーは感謝を込めて甲に口づけた。
「君は私の勝利の女神になるだろう。私も覚悟を決めた。命すら捨てて両親の死の謎に縋ろうとしていたが、あいつらのために命を差し出すのは勿体ない。もっと自分を大事にして、君たち二人と堂々と光の当たる場所を歩ける人間になりたい」
ルドガーの金色の目に、グッと力が籠もる。
「このまま……食い物にされて堪るか」
低く呟いたルドガーは、二人の幼馴染みに励まされ、今一度自分のために生きる事を決意した。
翌朝日差しが燦々と差し込む朝食室で豪勢な食事をとった三人は、用事をつけて宰相に会う事にした。
勿論、例の呪い師も呼んでほしいという旨を含め、である。
急ぎの使いを出し、昼前になってルドガーの元に返事を持った侍従がやって来る。
書状には、「何かと忙しいので、二日後に」と書かれてあった。
普通、帝国の頂点である皇帝から呼びつけられれば、誰であってもすぐにはせ参じるのが当たり前だ。
だというのにこの態度は、舐められている以外の何物でもない。
渋面になったルドガーは書状を放り、溜め息をつく。
それでも幸いシーラとライオットは、特にいつまでの滞在と決めていないらしい。
彼らに二日後まで待ってもらう事にし、自分もそれまでは執務をこなしつつ彼らをもてなす事にした。
セプテアの桜まつりに合わせ、王家主催ではないが国中の貴族の館では舞踏会が行われる事になっている。
桜のシーズンの舞踏会はその年最初の社交界の交流であり、その場で一番輝いた女性が今年幸せな結婚をすると言われている。
令嬢たちがこぞって着飾り、意中の人を射止めようとするのは当たり前の事だ。
宮殿に滞在していたシーラは、何となく宮殿にいる女性が色めき立っていると感じていた。
だが彼女たちが必死になる深い理由までは、あまり理解していなかったかもしれない。
そもそもにして、シーラはあまり着飾る事や舞踏会などに興味がないのだ。
だから翌日の夜にドレスを用意され、ルドガーとライオットにダンスを申し込まれた時は、正直どうしていいか分からなかった。
薄い水色のドレスはシーラの肌の白さやプラチナブロンドを引き立て、より一層高潔で儚げな存在に見せていた。
頑固なまでに真っ直ぐな髪もサイドを軽く編まれ、白い花を挿されている。
すんなりとした首筋からデコルテは美しく、そこに真珠とカメオのネックレスが鎮座していた。
「美しいな。全部ルドからの贈り物っていうのが、実に妬ける」
「ライは一緒に旅をしていたんだから、これぐらい私に譲れ」
白と水色を基調とした美しいルドガーと、黒を基調にしたライオット。
二人は宮殿のダンスホールにシーラを招き、三人だけの舞踏会を楽しもうとしていた。
音楽隊はカルテットだけを呼び、ささやかな舞踏会に相応しい。
「どちらと先に踊ってくださいますか? 姫様」
芝居がかった口調でライオットが手を差し出し、ルドガーもすかさず手を差し伸べる。
「……不公平が生まれないように、三人で輪になってはいけませんか?」
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